第203話 提案と拒絶

「……ここらへんで断ち切ってくれねえか?」


「できません」


「っ…………本当に男と全面戦争になっちまうぞ?」


「それでも私たちは神が守護してくれるでしょう」


「そんな得体の知れねえもんに縋って実際に殺されたらお前らは本望なのかよっ!」




 ドンッとテーブルを叩きながら怒りを露わにした崩原に対し、反射的に信者たちが小百合さんを守ろうと武器を突きつける。


 しかし小百合さんは、持っている錫杖で床を叩いて、信者たちに武器を下ろすように示す。




「……お前らも結構な組織だ。だからもう分かってると思うけどな……ある組織が動き出してる」




 ある組織? 俺は初耳だ。この話に関わる重要な者たちのようだが……。


 そんな中、崩原が続けて口を開く。




「――『火口ひぐち組』。お前ら……ヤクザにも手ぇ出しやがったな?」




 その組織の名前は俺も聞いたことがあった。




 日本の関西地区に本部を置く暴力団だ。日本の各地に系列組織を置いていて、組員数は一万人を超えると言われている。日本最大規模の指定暴力団だ。




 世界豹変前は、度々『火口組』に関するニュースがお茶の間を賑わせていた。




「つい最近も、そいつらと抗争があったって聞くが?」




 つい最近? そういや……。






『現在、ある組織と抗争中なのです』






 以前小百合さんが言っていた言葉だ。抗争自体は勝利をしたらしいが、そのせいで多くの信者たちが傷つき、俺も駆り出された。




 あの組織ってのは『火口組』のことだったのか……?




「お前らが殺しちまったのは『火口組』の系列組織――ここら一体を取り仕切ってた『宝仙ほうせん組』の組長とその部下どもだ。今も『宝仙組』の連中とドンパチやってんだろ?」




 向こうにしてみれば組長の仇だ。黙っていられるわけがない。




「『宝仙組』の連中、他の組にも声をかけて人を集めてるって話だ。このままじゃ、どっちかが根絶やしになるまでやり合うことになるぞ?」




 ヤクザと聞いて、さすがに少し動揺を見せ始める信者もいるが、小百合さんの表情に揺らぎはなかった。




「好都合です。この機により多くの浄化をこなせるというものですから」


「ヤクザを甘くみてんじゃねえか? 奴らが本腰入れれば、たかが数百人規模なんて一瞬で潰されちまうぞ? いや、もう奴らはその気だ。お前らはやり過ぎちまった」


「ではあなたが言う、断ち切ったとしても無意味なのでは?」


「だから今すぐ教団を解散して、この街から逃げろって話だ。連中だって一人一人の顔なんて覚えてねえだろう。死にたくなけりゃ、さっさと出てけ」


「……どうしてあなたはそのようなことを忠告しに? 何のメリットもないでしょう?」


「この街で戦争なんか起こされたくねえからだよ。ただでさえダンジョンやモンスターで問題だらけだってのに、この上ヤクザと教団の全面衝突なんて誰が望むってんだよ」




 確かに。戦争なんて始まったら、益々この街に居場所がなくなる。




 もしかしたらモンスターが刺激されて活発化してしまう危険性だってあるのだ。今は人同士が争っている場合じゃない。手を取り合う時だって崩原は考えているのだろう。




「戦争なんか誰も得しねえ。いや、むしろ巻き込まれる側にとっちゃ理不尽この上ねえんだよ。だからこうして話に来た。まだお前らの方が話が通じるって思ってな」




 確かに被害が出てるヤクザ側に戦うなって言っても聞きはしないだろう。




 しかし……。




「お断りします」


「っ……理由は?」


「男から逃げる。それは我々の理念に反することだからです。それに相手が暴力団ならなおさら。そのような社会の害虫に背を向けるなど、決してあってはなりません」


「死人が大勢出るぜ?」


「覚悟もなく教団に在しているとでも?」




 バチバチと互いに視線をぶつけ合い火花を散らす。




 どちらも引かない。崩原も、せっかく流堂という悪を排除できた街を、大きな戦争で壊したくないのだろう。せっかくここらは『平和の使徒』や彼ら『イノチシラズ』によって、最近平和になりつつあったのに、だ。




「……ちっ、おい鳥本」




 膠着状態の中、崩原が俺に声をかけてくる。




「お前はどう思うんだ?」


「どう、とは?」


「コイツらとヤクザが前面衝突したらどうなるかなんてお前なら分かんだろうが」


「そうだね。確かに控えめに行っても地獄絵図だろうなぁ」


「だったら……」


「けれど小百合さんは……『乙女新生教』は止まりはしない。ですよね、小百合さん?」


「もちろんです。神の名の下に、女の敵を討ち続けるだけですから」




 彼女の決意は固い。それに他の信者たちも、だ。




「崩原さん、他人の俺たちが何を言おうが彼女たちを変えることなんてできないよ」


「け、けどよぉ……」


「たった一つ、戦争を止める方法があるとするなら、教団のトップの首を差し出すこと」


「そのようなことができるわけがないっ!」




 青頭巾の一人が食い気味に怒鳴ってきた。これまで俺の案内や、信者への注意などをしていた人物だ。それにつられて、他の信者たちもそうだそうだと頷いている。




 ただもう一人の青頭巾は、無感情のままジッと場を見極めているような感じだが。




「そう。できない。そして逃げるのも拒む。なら……戦い続けるしかないんじゃないかな」


「あのな、それが嫌だから止めてくれって言いに来たんだぜ?」


「だから彼女たちはそのつもりがないんだから諦めるしかないだろう?」


「巻き込まれる連中はどうしろってんだ!」


「逃げるか安全な場所に引きこもるか……戦うか」


「戦う? 戦争に参加するってことか?」


「大事なものがあるなら、奪われる前に何とかするのは当然。俺だったら戦って守るよ」


「っ…………そんなの……最悪じゃねえか」




 グッと力強く拳を握りながら声を絞らせる崩原。






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