第202話 不器用な男

「まずは会談に応じてくれたことに感謝する」




 先に口火を切ったのは崩原の方だった。




「お気になさらないでください。私も少し確かめたいことがありましたので」


「確かめたいこと?」


「『イノチシラズ』の件についてです」


「! そういやそこに座ってるお節介野郎が言ってたが、流堂のことを聞いてもあんただけはあんま驚いてなかったよな」




 お節介野郎とは酷い言い草だ。今度薬を売る時に三割増しに決定だな。




「私自身が、その流堂という男に捕まっていた過去がありましたから」


「そういやチャケが流堂の拠点に『平和の使徒』と一緒に襲撃をかけた時に、そこにあんたもいたって話だったな」


「はい。ですからあなたが率いる『イノチシラズ』と、流堂が率いていた『イノチシラズ』は別物だということは分かっておりました」




 きっと捕まっていた時に、それらしい話を聞いたのだろう。もしくは解放されたあとに調べたのか。




「ですから腑に落ちないのです。何故流堂の肩を持つようなことをあなたがするのかが」


「別に奴の肩を持ってるわけじゃねえよ。アイツが『イノチシラズ』を騙って悪さしてたのも、すべては俺に対する嫌がらせだったってだけだ」


「あなたに対する嫌がらせ?」


「……奴の恨みを買ってたからな。だがもう全部終わらせた」


「流堂は死んだ。調べではそうなっておりますが、本当なんですね?」


「ああ……俺がこの手で殺した」




 それにしても流堂かぁ。アイツはマジで救いようのない奴だったな。死んで当然の命なんてないって言う奴もいるかもしれないが、アイツはその枠には入らないくらいのクズだった。




 王坂もそうだったが、人の命を何とも思わず、ただ自分の欲望のために人を傷つけ殺すような連中は死んだ方が良いと思っている。




「そう、ですか。できれば我々『乙女新生教』が報復したかったですね」




 流堂のせいで傷ついた信者たちもたくさんいるだろう。せっかく復讐できる力を持つことができたのに、復讐できないのはやはり辛いものなのだろうか。




 小百合さんにしたって、夫である弥一さんや子供たちの仇でもある。そして先程俺が攻撃を止めた女性は、どうやら弟を奪われたようだし。


 もし俺が親父やお袋を無惨に殺されたらきっと許せないし、必ず復讐すると思う。




「一つ聞きます。先程、あなたはここにいる信者の一人に刃を突きつけられたにもかかわらず動こうとすらしませんでした。……死ぬつもりだったのですか?」




 それが小百合さんが真に聞きたいことだったのかもしれない。


 彼女の問いに対し、崩原は表情を崩さずに真っ直ぐ小百合さんの瞳を見据えて言う。




「何だろうな。そいつの攻撃を避けちゃいけねえ気がしたんだ」


「それは何故?」


「理由なんてねえよ。ただそう心が感じて、身体が動いただけっつう話だ」


「勘違いで殺されても悔いはなかったと?」


「さあな。多分殺されたあとに意識があるとしたら、すっげえ後悔すんだろうな。けどさっきも言ったように、俺がいなきゃ悲劇は生まれなかったかもしれねえ。そう思ったら、身体が動かなかった」




 どうも俺にしてみれば、崩原は考え過ぎのような気もする。自身だって決して平坦な人生を送ってきたわけじゃない。それこそここにいる者たちに匹敵するような凄惨な過去を経験してきている。


 そしてそのすべてが流堂の起こしたもので、彼もまた被害者に違いないのだ。




 それなのに崩原は、何もかもを背負おうとし過ぎである。


 本当に不器用な男だ。




「なるほど。あなたがどういう人物なのか、何となくですが分かったような気がします。私からの質問は以上です。答えて頂き感謝します」




 さあ、ここからは崩原のターンだ。彼がここへ来た目的が告げられる。




「俺は遠回しな言い方は好かねえ。だから単刀直入に聞く。あんたたち『乙女新生教』が男を殺し回ってるってのはホントか?」




 崩原たちは街の治安を維持するための活動をしている。『乙女新生教』の存在を知らないわけがない。




「わたしたちは神の名の下に浄化を行っているだけです」


「浄化、だと?」




 うん、その気持ちは分かる。ピンとこないよな?




 案の定、崩原も「コイツ何言ってんだ?」的な表情で眉をひそめている。




「世界が豹変してからこれまで多くの血と涙が流されてきました。理不尽や不条理に嘆いてきたことでしょう。その中には、人が人を傷つけるケースも多い」


「……! そういうことか。あんたたちの目的は、自分たちを傷つけた男への復讐ってわけか?」


「復讐などという言葉で一括りしないでもらいたいのです。これは浄化。世界を安寧に導くために、穢れを持つ者を輪廻の輪に送り返しているだけなのですから」


「……たくマジかよコイツら」




 気持ちは分かるぞ崩原。でも小百合さんたちは心からそう信じて行動してるんだよ。




「けど俺の調査によると、だ。何の落ち度もねえ男も対象って話じゃねえか。無関係の奴を殺すことが浄化なのかよ?」


「無関係ではありません。男である以上は浄化の対象となります」


「確かにお前らは男に傷つけられたかもしれねえ。こんな世の中になって、男が起こす事件は増えてるし、特に女が被害者になってる。けどよ、真面目に生きてる奴だっているんだよ」


「わたしたちも真面目に生きていましたよ。誰に迷惑をかけることもなく。しかし男は問答無用にわたしたちの人生を捻じ曲げてきました」


「だからって、男がすべて悪いわけじゃねえだろうが! 友を想い、恋人を想い、家族を想い、必死に毎日を生きてる連中だっている。お前らのしてることは、下手に憎しみを広げてるとしか思えねえ!」




 その通りだ。人である以上は、親や兄弟、恋人や友人がいるのが普通。誰かに殺されれば、その繋がりを持っている者が憎しみを抱くだろう。




 そして憎しみを抱いた者が、小百合さんたちの誰かを殺す。そのせいでまたさらに憎しみが生まれ戦いが勃発する。


 堂々巡り。憎しみの連鎖は終わらない。






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