第196話 沙庭のスキル

「俺が高校生の頃だ。友達もそれなりにいて、教師たちとも上手く付き合って、何も不自由のない学生生活を送ってた。強いていえば彼女がいないことが残念ではあったけどね」


「……はあ」


「けれど学校には唯一絶対的なルールが存在したんだよ」


「ルール、ですか?」


「ある男子生徒に逆らわないこと」


「え……ど、どういうことですか?」




 ま、そんなこと言われてもピンとこないのが普通だろうな。




 そして俺は王坂って暴君の存在や、それにそいつに逆らって学校中が敵に回ったことを告げた。




「そ、そんな酷い……!」


「だろ? まったくもって残念な限りだよ。それまで友達だと思っていた連中からは無視をされ、それだけじゃなく逆に暴君と一緒になってイジめてくる始末だ。友情なんて存在しないことを知った瞬間だったね」


「…………っ」


「それから俺は人を信じたり期待することを止めたんだ。どうせ人は裏切る。君が信じていた幼馴染が、君たちを裏切ったようにね」




 俺の言葉に息を飲む沙庭。


 悲痛な面持ちではあるが、俺の話の残酷さも想像以上だったようで、すっかり涙は引いてしまっていた。




「誰も信じない……誰も期待しないって……そんなの寂し過ぎます」


「そうかい? 俺は真理を得たって思ってるよ。そのお蔭で、今の人生はかなり楽しい」


「そんな……嘘です」


「嘘じゃないよ。そうだなぁ、もし釈迦原さんが君を裏切ったらどうかな?」


「ケイちゃんはそんなことしませんっ!」


「あーごめんごめん、もしの話だよもしの。……もし釈迦原さんにまで酷い裏切り行為をされたら、君はこれからも人間を信じられるかい?」


「そ、それは……」


「だから忠告しておいてあげるよ。人との繋がりは利害関係だけに留めた方が良いよ」


「…………それじゃ悲しいです。たった一人……じゃないですか」




 そうだな。孤独なのは悲しいし寂しい。辛い人生を送ることになるかもしれない。




 しかし俺にはソルやシキたちがいてくれる。だから本当に今の人生は楽しさしか感じていないのだ。


 ただしそのことを正直に告げるわけにはいかない。




「俺は一人じゃないよ」


「え?」


「一人じゃない。今も俺を支えてくれる……傍に居てくれる存在がいるんだ」


「で、でも誰も信じないって!」


「誰もって言ってないだろ? あくまでも人間を信じないって言ってるだけさ」


「???」




 まあそういう感情にはなるだろうな。何せ普通に考えたら人間=誰もがってことになるはずだし。




 彼女の中では、『使い魔』……つまりモンスターや異世界人の存在が抜け落ちている。当然といえば当然だが。




「まあそれ以上は秘密ってことで。言えることは、俺は今、結構幸せだってことだよ」


「幸せ…………ケイちゃんもそうでしょうか?」


「さあ、それは俺には分からない。でも君と一緒にいる時の彼女は楽しそうだけどね」


「そう……だったら嬉しいな」




 ようやくフッと緊張を緩ませ笑みを浮かべる沙庭。




「あ、長々とお時間を使わせてしまってすみませんでした!」




 慌てて立ち上がり、沙庭が頭を下げてくる。




「いやいや、俺も良い暇潰しになったからね。それに美少女との会話は男の潤滑油だしさ」


「そ、そんな美少女だなんて……ケイちゃんの方が可愛いですぅ!」


「えーそうかな?」


「そうですよ! ケイちゃんってば私みたいにデカ女じゃなくてちっちゃくてお人形さんみたいじゃないですか! それに抱きしめると良いニオイがするし、とても柔らかくてそれでそれで――」


「ストップストップ」


「!? ……す、すみません、取り乱してしまって」




 恥ずかしそうに小さくなる沙庭を見て、俺は苦笑を浮かべながら言う。




「本当に釈迦原さんのことが好きなんだね」


「はい、大好きです!」


「うん、良い笑顔だ。じゃあその笑顔で釈迦原さんを迎えに行ってあげな。そろそろ頭も冷えている頃だろうしね」


「あ……その、いいんですか?」


「いいよ。今のところ別に君らに頼むことは……あ、一つあった」


「何でしょうか? 何でも仰ってください!」


「あはは、ありがとう。けど男に何でもって言葉は使っちゃダメだよ?」


「はぅ……しゅ、しゅみません……」




 この子はきっと純粋なんだろう。真っ直ぐで一途で。俺にはもう存在しないものだ。




「実はスキルについて聞きたかったんだ」


「スキル……ですか?」


「うん。普通の人にはない力。興味はあるからね。聞いてもいいかな?」


「あ、はい。別に仲間がいるここで隠すつもりはないですから」




 こらこら、俺は一応部外者のつもりだぞ。まあ俺にとっちゃ手っ取り早いからラッキーな勘違いだが。




「私のスキルは《強化》です!」


「《強化》?」


「はい。私自身の力を強化することもできますし、触れたものの強度とかを強くすることができるんです」


「へぇ、ずいぶんと応用が効きそうな能力だ。見せてもらうことってできるかい?」


「あ、えっと……たとえばこのティッシュですが。――《強化》!」




 ペラペラなティッシュを持った沙庭がスキルを使うと、ゆらゆらと揺れていたのにピタリと止まった。


 そしてそれをパッと離すと、床に落ちてゴトッと有り得ない音を立てたのである。




 俺は興味が引かれて、落ちているティッシュを拾い上げた。








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