第195話 男嫌いの原因

「追いかけなくていいのかい?」


「……今のケイちゃんに何を言ってもダメですから」




 さすがは幼馴染といったところか。釈迦原の扱いを良く理解しているようだ。




「その、ケイちゃんがすみません」


「いいや、別に構わないよ。誰にだって譲れないものはあるしね。俺は嫌いなものを好きになれなんて言わないさ」




 俺は《ボックス》から《オーロラティー》が入ったポットと二つのカップを取り出し、一つをテーブルの上に置く。




「良かったら飲んで。心が落ち着くから」




 そう言って、もう一方のカップを手に取って、テーブルから距離を取る。




「あ、ありがとうございます。その……いただきます。……んふ……美味しい」




 ホッと息を吐いて表情を緩ませる沙庭。


 どうやら口に合ったようだ。沙庭が泣きそうな顔だったので、ここで泣かれるのだけは阻止できたらしい。




「……その、ケイちゃんを悪く思わないであげてほしいんです」


「ん?」


「ケイちゃんはとても面倒見が良くて……強くて……優しくて……私の憧れで……」


「君は釈迦原さんのことが大好きなんだね」


「はい。これからもずっと一緒にいたい……家族みたいな子です」




 確かに二人を見ていると、本当の姉妹のようだからな。




「……ケイちゃんが男の人にああいう態度を取るのは…………私のせいなんです」




 何やら聞いてもいないことを語り始めた。これは断れない流れだ。




「私たちには……もう一人……幼馴染がいたんです」


「そうだったんだね。その子はここにはいないのかい?」


「いません。というより……いてほしくありません」




 明らかな怒気が言葉に込められている。彼女の表情も不愉快さを滲ませていた。


 どうもその幼馴染とやらが何かしでかしたようだが……。




「……もしかしてその幼馴染ってのは男かい?」




 その質問に、沙庭が下唇を噛み締めて頷いた。




 ああ、これは間違いなくそいつのせいでトラウマを抱えた感じだな。




「小さい頃から三人一緒で。小学校も中学校も……高校だって同じでした」




 悲し気に目を伏せ、僅かにカップを握りしめた両手を震わせながら彼女は続ける。




「ある時、その幼馴染から相談を受けたんです。……ケイちゃんが好きだって」




 おお、ラブコメにありがちな幼馴染ラブってやつか。けどこういう場合、もう片方……つまり沙庭が男の幼馴染が好きっていう流れだけどな。




「私は二人のことが大好きだったから、とても嬉しくなりました。だから私はその人を応援することにしたんです」




 あれ? ……まあ、そんなテンプレはそうそうねえか。


 いや、もしかしたら自分の気持ちを押し殺して、二人をくっつけようとするパターンのやつか?




 デリカシーがないだろうが、少し気になったので尋ねてみることにした。




「君はその幼馴染の男の子のことをどう思ってたんだい? 好きって言っていたけど、それは友人として? それとも……」


「あ、友人としてです。その……恋愛ってよく分からなくて……。それに昔から男の子は苦手でしたし」




 なるほど。もしかしたらこの子は初恋を初恋だって分からずに過ごしてきた口かもしれない。何故なら男が苦手なのに、幼馴染の奴は好きなんだから、そういう感情があったとしても不思議じゃない。


 まあそんなことはどうだっていいか。




「その幼馴染の男の子が釈迦原さんのことが好きだったのは分かった。それで君は応援することにしたわけだけど、肝心の釈迦原さんの気持ちはどうだったのかな?」


「その……ケイちゃんからも実は相談は受けてたんです」


「! ……もしかして」


「はい。二人は両想いでした」




 はいリア充でした、ちくしょうめ。




 けど幼馴染同士で恋愛関係が成立するなんてあるんだな。てっきり物語だけの話だって思ってたが。




「じゃあ二人は?」


「はい。付き合うことになりました」


「おお、そりゃめでたいね。……けどその顔、何かあったわけだ」




 苦々しそうな沙庭の表情を見て、そこからが本題だということが分かった。




「二人が付き合ってからなんですけど、諒吾くん……あ、幼馴染の男の子の名前なんですけど、その諒吾くんが最近不良グループとの付き合いがあるって分かったんです」


「やんちゃしたい年頃だったわけかな?」


「やんちゃだけで済めば……良かったんですけど」




 眉をひそめ嫌なものを見るような表情を見せる沙庭。


 そしてそこから先は言い辛いのかジッと沈黙が続く。




「…………あー、別に言いにくいなら無理に言わなくていいよ」


「ごめんなさい……」




 どうやら相当なことが彼女らに降りかかったようだ。そしてその事件が、ここに彼女たちを導くきっかけになったことは容易に想像できた。




「ただ……諒吾くんが引き起こした出来事で、ケイちゃんは酷く傷つきました。あんなこと……何で……できるのか……ひぐっ」




 あーマジか。ここで泣かれるのはなぁ。




 きっとその地獄のような光景を思い浮かべてしまったのだろう。




 彼女が泣いているのを誰かに見られると厄介なことになりそうだ。特に釈迦原が戻ってきたら、そのまま銃で頭を撃ち抜かれるかもしれない。




 ……やれやれだな。




「あー実はね、俺は学校でイジめられてたんだよ」


「……ふぇ?」




 涙を浮かべていたが、嗚咽は止まり俺の方をジッと見つめてきた。


 俺は苦笑を浮かべながら、何でこんなことを喋ることになったのかと自嘲しつつ続ける。




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