第194話 それでも認めたくない者
――翌日。
俺は昨日小百合さんが言っていたように、地下室から部屋を移動することになった。
小百合曰く、いつまでも『神の御使い』を、暗い地下室へ押しやっているわけにはいかないとのこと。別に暗くはないし、俺にとっては快適ではあったが、今度の部屋は高級ホテルの一室のような美しい造形をしていた。
日当たりも良好だし、内側からロックもできる素晴らしい部屋だ。
当然監視カメラや盗聴器などが隠されているかもと疑い調べてみたが、地下室同様にそれらは発見できなかった。
「完全にVIP待遇だよなこれ……」
一日でどえらい出世をしたもんだ。ただそれだけ小百合さんが俺に期待しているってことなのだが。
一人で使うには広過ぎる部屋の中央に立って溜息を漏らしていると、扉からノックの音が響いた。
「どうぞ。鍵はかけていませんので」
そう言うと、向こう側から「失礼致します」という声とともに扉が開き、青頭巾一人と釈迦原に沙庭コンビが姿を見せた。
釈迦原と沙庭は、前に見たようなアタッシュケースを持っている。
「教祖様からこちらを捧げるようにと言われて参りました」
青頭巾がそう言うと、釈迦原たちが俺の目の前でアタッシュケースを開いた。
その中には、大量の貴金属類や現金そのものが入っている。見ただけで分かる。現金だけでも五千万近くはあるだろう。それだけでも十分元は取れそうだ。
小百合さんがきちんと、昨日の報酬を用意してくれたというわけか。もし支払いを拒むなら、今すぐ金目のものを頂戴してから逃亡しようと思っていたところである。
「ありがとうございます。それでは頂戴しますね」
俺は彼女たちが持ってきてくれた報酬を《ボックス》に入れる。
その光景を見た釈迦原と沙庭は目を丸くするが、青頭巾は一度目にしているからか驚いてはいない。
「できればこちらに受け取りのサインをお願いします」
そう言って青頭巾が一枚の紙とペンを渡してきた。一応形だけでも報酬を受け取ったという証拠が欲しいらしい。別に二度に渡って要求するようなことはしないが、大金でもあるからか、ここはキッチリしておくつもりのようだ。
サインをすると、青頭巾が満足したように頷く。
「では私はこれで。お前たち、あとは任せるぞ」
「「はい」」
青頭巾だけが部屋を出て行く。
「えっと……何故君たちは残ってるのかな?」
するとそれまで大人しくしていた釈迦原がキッと俺を睨みつけてくる。
「昨日も言ったでしょ。アタシたちはアンタの世話係なのよ。だから毎日、アンタが何をしたいのか聞いて、それを記録しておく仕事があるの。ったく、マジで最悪よ」
「ご、ごめんねケイちゃん。私がその……立候補したから」
「別に凛羽のせいじゃない……とは言えないけど、まあ……気持ちは分かるし」
「うん……ありがと、ケイちゃん」
礼を言われ、照れ臭そうにそっぽを向く釈迦原。だがすぐにハッとなって、
「それよりもアンタ! さっきは何したのよ! お金とか一瞬で消えたし!」
やはり先程の現象に対し疑問に思ったのか聞いてきた。
「まあ沙庭さんのスキルのようなものだよ」
「!? みんなに聞きましたけど、やっぱりスキルを持ってたんですね! 私と同じ!」
少し興奮気味に沙庭が声を荒らげる。
「ああいえ、スキルのようなものと言ったよ。俺のは生まれつき備わっている異能でね」
「異能……ですか?」
「何よそれ、気持ち悪い」
どこが気持ち悪いんだ? ただコイツは俺に対しイチャモンをつけたいだけっぽいんだが。
「もう、ダメだよケイちゃん、そんな言い方をしたら! 教祖様も仰ってたじゃない。このお方は『神の御使い』様だって!」
「フン、悪いけど信じないわよアタシは。大体男が神様の使いってサイッテーだし」
どちらかというと男の神様の方が数多く描かれていると思うんだけど、それは良いのかねぇ。
「そ、その……『御使い』様」
「待ってくれ沙庭さん」
「ふぇ?」
「悪いけど俺は釈迦原さんの言う通り『神の御使い』じゃないし、そう呼ばれるのも好きじゃないんだよ」
「で、でも昨日も神の御業をみんなの前で見せたって……」
「まあ、普通の人たちからすれば奇跡みたいなものだろうけどね。でも神の御業なんて大層なもんじゃないよ。ただ俺が調合した薬ってだけだし」
正しくは〝SHOP〟で購入しただけだがな。
「ほらぁ、だから言ったでしょ? こんな奴が『御使い』様なわけがないって」
「ケイちゃん! ……でも私は御使……鳥本様に命を救われたんだよ?」
「う……」
「この世界の誰が、失った腕と足を元通りにできると思う?」
「そ、それは……」
「本来なら私は死んでた。私は救われたんだよ?」
「……分かってるわよそんなこと」
「ケイちゃん、きっと鳥本様は悪い人じゃないから」
いやいや、あくどいことを考えたりもするし、実際に人も殺してる罪人ではあると思うけどな。そもそも俺は自分の利益にならないことはしない主義だし。
「そんなこと……分からないわよ。男なんて……外面だけ良くして、腹の中では何考えてるか分かったもんじゃないのよ! だって……だってそうだったじゃん!」
「ケイちゃん、落ち着いて!」
「男なんて! 男なんて女を傷つけることしかできない存在なんだからっ!」
釈迦原はそう叫ぶと、勢いよく扉を開けて出て行ってしまった。
沙庭が「ケイちゃん……」と呟きながら、ひとりでに閉じられた扉をジッと見つめている。
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