第193話 戦場後の奇跡

 そこはまさに戦場だった。




 病院のような、ベッドが幾つも陳列している部屋には、担ぎ込まれた女性たちがいて、あちこちから呻き声や叫び声がこだましている。


 軽傷な者はともかく、重傷者は総出で治療に当たっていた。




 その喧噪の光景は、思わず息を飲むほどである。




 そんな中、皆が尊敬してやまない教祖が姿を見せたのだから、全員がギョッとして意識を彼女に向けてしまう。


 そこへ一人の女性が足早にやってきて、小百合さんの前に立って頭を垂れる。




「このようなところへご足労痛み入ります」


「朝峰さん、状況はどうですか?」




 どうやらさっき青頭巾が言っていたのが、この目の前にいる人らしい。


 朝峰は白衣を着た二十代の女性で、その白衣も血で汚れてしまっている。




「軽症者は十二人で、こちらはココの設備でも治療はできます……が、重傷者に関して非常に厳しい現状かと」


「あなたの目から見て、危険な状態なのはどれくらいいるのですか?」


「四人が銃弾を身体に受けています。それと三人が骨折を抱えている模様です。詳しくはレントゲンを撮らないと分かりませんが」


「そうですか。……神の身元へ向かった者は?」


「………………二人です」


「そうですか。遺体は回収しましたか?」


「はい。安置所へ」




 小百合さんが両手を組んで祈るように天を仰ぐ。そしてすぐにまた朝峰に向かって口を開いた。




「命に関わる者のところへ案内してはもらえませんか?」


「はい。ですがその……」




 チラチラと俺を見てくる。まあ当然か。けれどあまり嫌悪感を催している感じはしないが。




「ああ、このお方こそ我らに神の奇跡を与えてくださる存在です」


「……! では彼が致命傷だった沙庭さんを一瞬で治したという?」


「その通りです。さあ、あなたにも奇跡を見せて差し上げます。重傷者のもとへ、早く」


「りょ、了解しました! こちらです!」




 朝峰が前に立って部屋の奥へと向かっていく。途中、俺を見た信者たちには、それぞれ十人十色の反応を示していた。


 男の存在に対し、驚愕して固まる者、青ざめてしまう者、怒りで睨みつけてくる者など様々だ。




 俺は多種多様な感情に晒されながらも、重傷者が横たわるベッドのもとへと到着した。




 なるほど。こいつは酷いな……。




 沙庭も酷いものだったが、そこに横たわっている者も、足や腕、そして腹部や肩からも鮮血を流している。全身包帯に巻かれミイラ状態だ。




「銃撃を浴びてしまい、この通りです」




 自分の無力感に苛まれているような様子で、悔しそうな表情を浮かべる朝峰。




「体内には今も弾が残っているので、それを取り出さないといけないのですが……」


「ここの設備では難しいですか」


「はい。それに抗生物質も足りませんし、何より輸血ができません」




 そこへ小百合さんが俺に振り向いて「お頼みできますか?」と尋ねてきた。




「奇跡を見せれば良いんですね?」




 俺にとっては奇跡でも何でもない、ただのファンタジーアイテムなんだがな。




「お願いします。朝峰さん、よく見ておくといいでしょう。このお方が起こす奇跡を」




 俺は購入しておいた《エリクシル・ミニ》を手に取り、横たわっている彼女に近づいて上半身を起こして飲ませてやる。


 俺が彼女に触れたことで、昨日の沙庭の件を知らない者たちは「あっ」とする。




「大丈夫、ゆっくりと飲めば良い。そう……そうだ、良いぞ」




 沙庭よりまだ意識があるので、進んで薬を飲んでくれた。




 そして飲み終わったあとに、女性の身体が発光し始め、傷口から弾がひとりでに押し出されてきて、そのまま全身に負った傷を塞いでいく。




「う、噓……!?」




 当然朝峰だけでなく、奇跡のような光景に誰もが目を奪われて愕然としている。




「…………ぁ」


「もう大丈夫ですよ。よく頑張りましたね」


「ぇ……ぁ……ありがとう……ございます……」




 俺が男だとハッキリ分かっていないのか、治った女性は俺を熱っぽい表情で見ながら感謝の言葉を述べた。




 そして俺は彼女から離れ小百合さんを見ると、彼女は嬉しそうに微笑む。すると持っていた錫杖を掲げ、皆の注意を自分へと向けた。




「これがこのお方――鳥本健太郎様の奇跡です! 皆さん、安心してください。この場にいる者は全員救われます!」




 そんな茶番をしてるより、さっさと怪我人を治した方が良いと思うのは俺だけだろうか?


 それからまだ困惑している朝峰に、他の重傷者たちのもとへ案内してもらい、次々と怪我を治していった。




 せっかくだからと、軽症者にも、大分安めの薬で完全回復してやったのである。


 数分前、戦場のような慌ただしさだった現場が、一瞬にしてその暗い喧噪を吹き飛ばした。




 今では助かった仲間たちに抱き着いたり、泣いて喜んだりして、歓喜の声が飛び交っていた。




「教祖様、何とお礼を言っていいやら」


「朝峰さん、先にも言いましたが、この光景を生み出したのは私ではありません。こちらにおられる『神の御使い』――鳥本健太郎様です」




 あれぇ? 何かいつの間にか黒歴史になりそうな二つ名がつけられてるんですが?




 小百合さんの言葉を真に受けたのか、中には「おぉ……」と感嘆の声を上げている者もいる。ただやはり男というところがネックなのか、複雑そうな人たちも多いが。


 それでも最初の頃よりは、敵意が薄まったと言えよう。




「あ、あの……鳥本健太郎様?」


「え? 何ですか……えっと、朝峰さん?」




 それまで俺と距離を取っていた朝峰さんが話しかけてきた。




「仲間の命をお救いくださり、本当にありがとうございました」


「ああ、いえいえ、これが俺の仕事ですから」




 俺はただ報酬と引き換えに依頼をこなしただけ。だから別に感謝なんて望んでいない。




「鳥本さん、私からも感謝致します。やはりあなたは我々にとって必要な方ですわ」


「小百合さんまで……。とにかくもう怪我人はいないのなら俺の仕事は終わりですよね?」


「はい。朝峰さん、あとはお任せしていいですね?」




 朝峰さんが「はい」と返事をすると、俺は小百合さんとともに部屋を出て行った。






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