第188話 世話役

 ――翌日。




 意外にもスッキリとした目覚めを得られたことが予想外だった。


 てっきり深夜のうちに、何者かが暗殺でも仕掛けてくるのではと思っていたからだ。




 だからシキとカザには、夜中のうちに警戒していてもらっていたのだが、起こされなかったということは、誰の襲撃もなかったということ。




 現在の時刻は七時半。昨日就寝したのは午後十一時半頃だったので、普通に考えれば《変身薬》の効果は寝ている間に解けているはずだが、目覚めてもなお鳥本の姿になっている。




 これはまた新たにアップデートされた《変身薬》の上位互換である《変身薬S》を購入し服用したからだ。


 これまで六時間が限界だった変身が、倍の十二時間へと効果が増したのである。




 この《変身薬S》さえあれば、半日間は変身が解けないので、大分気が楽に仕事や睡眠を取ることができるのだ。




 俺は資料室のトイレへ行き、その近くにある洗面台で顔を洗う。


 そしてまた自分の部屋へ戻ろうとした時、トレイを持った人物が部屋の前に立っていた。




「……君は」


「!? あ、あのあの! おおおおおはようございますっ!」


「おはよう、沙庭さん」




 沙庭凛羽だった。彼女がいるということはもちろん……。




「朝食を持ってきてあげたわ。本当は男なんかにくれてやる食料なんてないんだけど、教祖様のご命令だから仕方なくよ」




 朝から相変わらずのツンッぷりである。もちろんデレなんてあるはずもない。今日も釈迦原は絶好調に男が嫌いらしい。




「あ、あの! ここに置いておきますね! 食べ終わったら、トレイをまたここに置いておいてください。取りにきますから!」




 部屋の傍には台車があり、沙庭がその上にトレイを置いた。




「ったく、何でアタシたちがこの男の世話役なんか……」




 マジで嫌そうにブツブツ言っている釈迦原。そんなに嫌なら来るなと言いたいが、沙庭がいる限り、コイツとセットだと考えた方が良い。


 だが少し気になるワードも聞こえた。




「世話役? 君たちがかい?」


「何よ、話しかけてこないでよね」




 釈迦原は説明をする気がないようだ。




「あ、あのですね……その、わ、わたしが担当を名乗り出まして……はい」


「沙庭さんが?」


「は、はい……そのぉ……ご、ご迷惑でしたでしょうか?」




 泣きそうな顔で恐る恐る俺の顔を見てくる。




「いや、逆にこっちが驚いただけさ。進んで男の世話をする人がいるなんて思わなかったから」


「それは…………助けてもらったので」




 つまりは男に借りを作ったままじゃ我慢ならないってことだろうか。意外だ。ここに住む連中は、たとえ男に助けられてもあっさりと踏み躙るような残忍さを持っていると思っていたが。




「ほら、もう行くわよ凛羽! 宿舎の掃除が残ってるんだから!」


「あ、うん! じゃ、じゃあわたしたちはこれで!」




 そう言いながら慌ただしく去って行った。


 俺は去って行く彼女たちから、トレイへ視線を向ける。




 そこには銀の食器に、それぞれ料理が入っていた。


 コッペパンにマーガリン。目玉焼きが二枚にレタスとミニトマトがあって、コップに入った牛乳が置いてある。




「何だか小学生の時に食べてた給食を思い出すな」




 とはいっても、給食の方がまだバリエーションが豊富ではあったけれど。


 俺はトレイを持って部屋の中へと入る。




〝殿、まさか口にされるわけではありますまいな?〟




 どうやらシキは毒などの、こちらを害する何か混入していることを危惧しているようだ。




〝ああ、もちろん食べるつもりはない〟




 ただしこのままゴミ箱に捨てるのは、見つかった時に問題になりそうなので止めておく。


 俺は料理すべてを《ボックス》の中に収納する。これで傍目では食べたと思われることだろう。




 まあ仮に毒物が混入してあったら、毒殺しようとした奴だけには俺が食べなかったことが分かるだろうが。


 食器だけになったトレイを、部屋の中にある棚の上に置いてベッドに腰かける。




 さて、今日はどうしようかねぇ。




 小百合さんは力を貸してほしいと言っていた。ならここにずっと閉じ込めておくようなことはしないはずだ。


 何かしらの行為を俺に求めてくるだろう。今日にも動きがあるかもしれない。




 それまでは大人しくしておくことにするか。……あ、そういや昨日の報酬を換金してなかったな。


 凛羽を助けた時にもらった貴金属類である。




 さっそく《ボックス》から売却して、4000万以上の利益を得た。


 《エリクシル・ミニ》の倍以上の値になったので、まずまずの成果だろう。




「そろそろ何かしらのスキルでも購入して習得しておくか……?」




 別に購入したところで、まだまだ懐には余裕がある。しかしやはり考えてしまうのだ。この先、もっと良いスキルが現れるのでは、と。




 ゲームでもよくある。頑張ってお金を貯めて良い武器をやっとこさ購入したが、次の街に行ったら、さらに良い武器があったというようなことが。




 ここでスキルを購入したあと、またすぐにそのスキルの上位互換のスキルが出現するかもしれない。


 例えば崩原が所持していた《衝撃》だが、これは確かに便利な戦闘スキルではある。しかし戦闘スキルの中で、もっと良いものが絶対にあるはずだ。




 できれば最上級のスキルだけを購入し、余計な出費は控えたいのである。


 幸い現状では、それほど急を要する事態に遭遇してもいないので、スキル購入を急がなくても良いのだが。






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