第182話 眼帯少女

「どういうことでしょうか?」


「あなたを治した時も、弥一さんからちゃんとそれなりの対価は頂いています。それとも俺が無償で誰彼構わず助ける正義の味方とでも思っているんですか?」


「っ……あなたは、こんなにも苦しんでいる彼女を見ても何もしないというのですか?」


「問答無用で人を殺しているあなたがそれを言いますか?」




 ちょっと彼女の身勝手さにイラっとしたので言ってしまった。


 するともう我慢できないといった感じで、全員が武器を俺に向けてくる。


 それでもまた小百合さんが錫杖を鳴らし、彼女たちの感情を押し留めた。




「……鳥本さん、慈悲はないのですか?」


「なら男に対し、それはあるんですか?」


「あります」


「ほぅ……とてもそうは思えませんが?」


「彼らを浄化するのも、また清い心をもって生まれてくるための慈善行為なのです」




 殺害することを浄化って言い変えるか。




「ずいぶんと勝手な言い分ですね。俺も男ですよ? あなたはともかく、周りの者たちは男の手なんか借りたくないでしょう?」


「確かに男を信頼していません。期待も同様にです。何故なら女にとって男は害虫でしかないのですから」




 やれやれ、本当に歪んでしまったなこの人。




「しかし私個人でいえば、あなたに恩義があるのもまた事実。恩を仇で返すなど、神に示しがつきません」




 俺と小百合さんは睨み合う形で、しばらく沈黙が続く。


 すると静寂を突き破る形で一人の女性が声を上げる。




「ああもう! 教祖様、だから男を招き入れるのは止めましょうって言ったんです!」




 この声は、護送車で俺のすぐ後ろに座っていた奴だ。




 後ろを振り返り確認してみると、そこにはリボルバーらしき銃を俺に向けた女性……いや、俺とそう変わらない少女が居て睨みつけてきていた。




 ……眼帯?




 その少女は右目に黒い眼帯をしていた。そして残った片方の目を吊り上げ、殺意のこもった視線をぶつけてきている。




「男なんてクズで汚物で存在価値なんてないんですっ! 同じ空気を吸うのだって嫌! ここで殺した方が神だって喜んでくれるはずです!」




 どうも男に対し並々ならぬ憎しみを持っているようだ。




「それに凜羽りんはだって男なんかに治してもらいたくないはずですっ!」




 どうやら横たわっている彼女は凜羽という名前らしい。




釈迦原桂華しゃかはらけいか! 立場を弁えろっ!」




 少女に向かって怒鳴ったのは、俺をここまで先導してきた青頭巾だった。




「で、でも!」


「でもではない! それともお前は、神聖なる教会を血で穢すつもりか!」


「っ!? …………すみませんでした」




 やはり青頭巾とは立場が違うようで、眼帯少女はギロリと悔しそうに俺を睨みつけながらも、構えていた銃を下ろした。




「鳥本さん、彼女が申し訳ありませんでした。彼女もまた、男に酷いことをされた経験があり……」


「別に構いませんよ。男が嫌い。大いに結構。彼女の人生ですから、俺に害を為さない限りはどうでもいいことです」


「安心してください。先程も申し上げた通り、あなたには恩義があります。一方的に害するようなことは、この私が許していませんので」




 さすがは教祖様だ。始めてこの人に恩を売っておいて良かったと思った。




「……対価を……対価を支払えば、彼女を治してくださるのですね?」


「そう依頼されるのでしたら」


「……どの程度のものを要求されるのでしょうか?」


「心配せずとも食料などの生活必需品を要求なんてしませんよ。俺が欲しているのは金ですからね」


「お金……ですか?」




 当然怪訝な表情を浮かべる小百合さん。傍で控えている者たちも同様にだ。


 こんな時代で金を要求する者なんてそうはいないだろうから。




「……前の時もあの人からお金を要求されたと聞いてはいましたが、本当だったのですね」


「そういうことです。理由については面倒なので省きます。それで? 俺の望むものを用意できますか? ああ、別に現金だけじゃなく、いわゆる金目の物ならそれでいいですよ。宝石、アクセサリー、時計など高価なものであればあるほど」


「……そうですか。では……」




 小百合さんが青頭巾の一人に顔を向けると、小百合さんの意思を察したように頷きを見せたあと、椅子に座っていた信者数人に近づき何かを指示する。


 指示された者たちが立ち上がり、そそくさと教会から出ていった。




「すぐにご用意致しますので、しばらくお待ちください。ところで鳥本さん、聞いてもよろしいですか?」


「何です?」


「あなたはあれからも『再生屋』としてお仕事を?」


「『再生師』です。日本各地を回っていましたね」


「だからでしたか。探してもなかなか見つからなかったのは。どうしてまたこの街へ?」




 正直に言えば、虎門としてや異世界人たちとの交渉などで、忙しくて鳥本として仕事ができなかっただけなのだ。ここらへんは《コピードール》ではこなせないから。




「この街はお気に入りでしたので。それにあれからまた情勢も変わり、俺の力を活用することができると思いましたから」


「なるほど。では本当にタイミングが良かったというわけですね。……彼女は半月ほど前にモンスターにやられてしまったのです」




 そう言いながら悲しげに目を伏せ、横たわっている凜羽とやらを見やる。




「ダンジョンにでも入りましたか?」


「任務で捜索していた建物が突如ダンジョン化してしまったのです」




 それはまた……運の無い。




「同じ任務についていた者は軽傷だったのですが……」


「アタシのっ!」




 そこへまたもあの少女――釈迦原が会話に割って入ってきた。








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