第181話 予想外の再会
「お久しぶりです。覚えていますか、田中小百合です」
まるで聖母のような穏やかな笑みを俺に向けてくる。
田中小百合。彼女は以前、俺が用意した《エリクシル・ミニ》によって、顔に負った大火傷を治癒させた人物だ。
福沢家へ身を寄せていた頃、その長男の親友――田中弥一が困っているということで、無論対価をもらうことを約束して田中家へ向かったのだ。
そこで弥一の奥さんである彼女と出会った。
怪我自体はその場で問題なく治すことができたし、報酬だって頂くこともできたので、特にそれ以上関わることがない家だと思っていたのである。
しかしそのすぐあと、田中家が暴徒に襲われたという報が入った。
調べてみると、田中家は全滅していたのである。弥一さんや、二人いた子供の遺体も発見された。ただ一つ、小百合さんの遺体だけは発見されていなかったので、恐らくは暴徒に攫われたのだと判断したのである。
こんな時代、美しい女性が暴徒に攫われたあとにどうなるかなど、誰にだってすぐに予想することができるだろう。
その身体を満足いくまで蹂躙された挙句、用済みになったら殺される。そんな非道が世界のあちこちでまかり通っているのだ。
恐らく小百合さんも、結果的には殺されたのではと判断していたが……。
「生きてらっしゃったんですね、小百合さん」
「ええ、神の思し召しによって生かして頂きました」
神の思し召し?
「……もしかしてあなたがこの教団の?」
「はい。身の丈に合わないとは思いますが、この『乙女新生教』の祖を務めさせて頂いております」
名前からしても明らかに男を拒絶してる感が半端ない。
「こうして再びあなたと会えたのも、きっと神のお導きに他なりません。やはり神は、敬虔な信者を見捨てはしないということですね」
俺は彼女の瞳を見てゾッとしたものを感じた。
確かに彼女は俺と目を合わせている。しかし人間らしい輝きが存在せず、まるで俺ではない〝ナニカ〟を見ているような感じだ。
「弥一さんやお子さんのこと、知りました。心からお悔やみ申し上げます」
すると初めて小百合さんの瞳に光が走ったと思ったが、すぐにまたドロッとした暗闇に戻る。
「ああ……安心してください。あの人やあの子たちも、今頃は神の下へ降りているはずですから。私もいつかそこへ行きます。ですから何も心配などしてはおりません」
「……そう、ですか」
何だかこの人、マジでヤバイ気がしてきた。早々にここから立ち去った方が良いような……。
「そこにおられる方に聞きました。あなたが俺と会いたいと」
俺は小百合さんの傍で黙って控えている青頭巾の女性に視線を向けた。
「その通りです。実は鳥本さんのお力を見込んで、お願いしたいことがあり探しておりました」
「俺の力? ……誰かが怪我や病を?」
小百合さんがコクッと一つ頷くと、錫杖をシャランシャランと揺らし「こちらに」と口にした。その言葉を聞き、座っていた信者が二人ほど立ち上がり、俺から見て右端にある扉の奥へと消えていく。
だがすぐにまたそこから現れる……が、何やら病院などにあるようなストレッチャーを引いて出てきたのだ。
その上に横たわっているのは一人の女性で、右足と左腕が切断されていて、患部に巻いた包帯が真っ赤に染まっている。
激痛に耐えるような表情で、息も荒い。相当辛いのは見ても明らかだ。
「彼女を治してあげてほしいのです」
「なるほど。確かにこれは酷いですね。……病院へは行かなかったのですか?」
よく見れば病院で治療したようには見えない。
「医者のほとんどは男です。彼女の身体に男が触れて良いわけがありませんから」
「小百合さん……あなたが男を毛嫌いしているのは理解していますが、事情が事情です。素直に病院に行って治療をしてもらうべきでしたよ?」
俺が少しキツイ物言いをすると同時に、周りにいる信者たちが立ち上がり敵意を膨らませる。
しかし小百合さんが錫杖を床に一度叩き、「鎮まるように」と言うと、静かにまた椅子に座り出す信者たち。
「まだ説明をしていませんでしたね。ここに集った子らは、男に身体を、心を……いえ、魂そのものを傷つけられた者たちです。故に男という存在を認めていません」
「弥一さんも……ですか?」
その質問に、小百合さんはピクリと眉を動かしたが、すぐに優しげに微笑み、
「彼はもうこの世には存在しませんから」
と、淡々と言い放った。
どうも彼女の中で、男に対する価値観がガラリと変わったようだ。それは間違いなく田中家壊滅が引き金になっているはずだが……。
囚われた先で、見たくないほどのものを見てきた、あるいは体験した結果なのだろう。
この人の心は壊れちゃったってことか……。
愛する旦那と子供を奪われ、囚われた先で男の非道を経験する。トラウマになっても仕方ないと思うが……。
「鳥本さん、あなたならばあの不思議なお薬で、彼女を治せますよね?」
「……可能か不可能かと言えば可能です」
「! やはり、こうして彼女の魂が神の下へ行く前にあなたを見つけられたのも、神の采配でしたのでしょう」
神、神、ちょっとうるせえなこの人。
どんだけ神に縋ってるんだか。そもそもこの世に神なんてもんは存在しない。誰にも救いを与える神がいれば、俺はこんなにも人嫌いになっていないはずだ。
「ではさっそく彼女を治して頂けませんか?」
「……対価は?」
「え?」
「対価を支払えるんですか?」
俺のその言葉に、ざわつき始める信者たち。
そして小百合さんもまた、笑顔を崩し真剣な表情で俺を見つめてきた。
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