第179話 男嫌いな者たち
人が一人通れるような道ができあがり、その奥から一人の女性が歩いてくる。他の連中とは違って、白い外套だけじゃなく青い頭巾を被っていた。
俺の目前に立つと、凛とした佇まいのまま口を開く。
「ご安心を。今、あなたを害する予定はありません」
……今は、ね。
「ならこの状況は何かな? 銃を突き付けてる人もいるし、とてもじゃないが君の言葉は信じられないんだがね」
「私たちは弱い生き物です。臆病な生き物です。ですから自衛のために警戒しているだけです」
よく言う。臆病ならわざわざ俺の前に出てくんなよな。
「さっさと要件を言ってほしいな。こう見えても結構忙しい身の上でね。今すぐ家に帰って大好物のマグロの刺身を食べるっていう仕事もあるんだよ。ほら、魚は鮮度が命だろ? だからトロトロなんてしてられないんだよ――――マグロだけに、ね」
「「「「………………………………」」」」
俺の場を和ませるためのユニークな冗談に、周囲がシーンとなる。うん、滑ったね。
芸人だったら三日間寝込むような体験をしてしまった。
いや、俺も結構ダメージ受けてるけどね。……面白くなかったかぁ。
「マグロは御用意できませんが、美味しい紅茶なら幾らでも。ですからどうぞ、私どもについて来て頂きたい」
「ついていって何をさせたいのかな?」
「それは教祖様にお聞きください」
やっぱコミュニティってよりは、宗教団体のようだ。
さて……どうしたものか。断ることは容易だが、その瞬間に戦闘になるのは目に見えている。
それにこれから商売していくにも、コイツらの頭がどんな奴かを知っておく必要もありそうだ。
「ああ、それとあなたのお仲間に、これ以上暴れないように通達をお願いします」
どうやらカザがこちら側だということには気づいているらしい。まあ当然か。
俺はカザに《念話》で、コイツらに手を出さないように命令を出す。
「さあ、ついてきて頂けますか? それとも……」
女性の瞳が怪しく光る。断れば殺す……ってことらしい。
「……分かった。ご招待を受けることにしよう」
そうして俺は、謎に包まれた女性たちに囲まれ、彼女たちの拠点へと向かうことになった。
単純なシチュエーションから見れば、周りは女ばかりで、まさに男が羨むハーレム展開だろうが、それは周りから発せられる敵意や殺意が無ければの話だ。
四方八方に大勢の女性に囲まれ歩いている間も、尋常じゃないほどの痛烈な視線を感じる。
目の前には青い頭巾を被った女性が先導しているが、彼女はこの中でも少し特別な存在なのは明らかだ。
この異常な宗教団体にも、やはり幹部とかいるんだろうか。
教祖が俺に用があるらしいが、十中八九面倒ごとのような気がする。
カザには、気配を消して後を追ってくるように言っていた。一応コイツらの仲間には手を出さないという指示も出している。
すると住宅街を抜けだだっ広い道路に出てくると、そこには陳列された車が幾つも並んでいた。
その一つ――真ん中に駐車されている護送車のような頑丈そうな車に乗るように言われる。
目的地はここから歩いて行くような距離じゃないようだ。
カザなら車で高速を走っても追いついて来られるはずなので問題はない。
俺は言われるがままに車へと乗り込み、その車をまた別の車が囲う形で走り出した。
ずいぶんと警戒してるようで。俺が逃げてもすぐに対処するためだろうな。
何だか本当に犯罪者になって護送されている気分になってくる。凶悪犯を護送する時は、こんな感じなのだろうか?
周りの景色を確認したいが、鉄格子の上、カーテンで目隠しをされていて外を見ることができない。
後ろをチラリと振り返れば、同じように席に着いている者たちが銃口を向けている。
やれやれ、マジで物騒な女たちだこと。
俺が何か怪しい動きをすれば、即座に頭を撃ち抜くつもりらしい。
仕方なく大人しく前だけを向いていると、
「何で教祖様は男なんかに……っ」
すぐ後ろから、そんな呟きが耳に入った。
「聞こえてるでしょ? 教祖様がお会いになってくださるからって勘違いするんじゃないわよ。アンタに温情なんてないわ。できれば今すぐにでもこの手で殺してやりたいんだからね」
これまた反応に困ることを言ってくる。下手に返事をすればどうなるか分からない。
だから俺は押し黙るという選択をした。
「男なんてこの世から消えてなくなればいいのよ」
あ、まだ話しかけてくんのな。
せっかく無視すれば大人しくなると思ってたのに。
「どうせアンタもいろんな女性を傷つけてきたんでしょ? そうよ、そうに決まってるわ。アイツらは……そういうことしかできない生き物なんだから」
どうやら俺の後ろにいる奴は、男に相当な恨みを持っているようだ。恐らくそんな憎しみを持つほどのことを過去に経験しているのだろうが。
だからこうして問答無用で男を排除しているのだ。
復讐……ってわけか。
人間は最初から復讐心なんて持たない。そこには何かしら強い感情が発生したからこそ生まれるもの。
その感情の揺れ幅が大きければ大きいほど、強い憎しみや反発心を形成する。
男が苦手、男が嫌いを通り越して、男を殺すところまで辿り着いたということは、きっとコイツは男に大きな期待と信頼を寄せていたのだろう。
それが裏切られた結果、一気に殺意へと駆け上がったのである。
そして恐らく、コイツだけじゃなくて、ここに集った連中が少なからずそうした裏切りに遭ってきたのかもしれない。
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