第178話 ヤバイ集団

「では、こちらの預金通帳はお返ししますね」




 俺は目の前に立つ男性に、先程まで少し借りていた通帳を返した。




 現在、久々に鳥本健太郎としての仕事をこなしていたのだ。それというのも、地球の異世界化が激しくなったせいもあり、怪我人や病人が続出したのである。




 病人というのは、異世界特有の病を発症させるフィールドなども存在し、その環境に適応できない地球人には治す術がないのだ。


 しかし俺が持つ薬は、たとえどんな病にかかろうと一発で回復するので大忙しというわけである。




 無論ターゲットは富裕層狙いで、あまり過激な思考を持たないような人物を選別はしていた。


 何せ中には鳥本である俺を脅して、無理矢理治療方法を聞き出そうとしたり、薬を強奪しようとする輩がいたからだ。




 もっとも、そういう連中はすぐに返り討ちにしてやったが。


 通帳を返すと、完全回復した男性は礼を言って去って行った。




 俺は新しく開拓した高級住宅街の中を、ゆったりと歩き始める。




「ふぅ、これで立て続けに五件か。昨日も五件、一昨日なんて六件だったしな。儲かってはいるが、さすがにしんどいわ」




 体力的には問題ない。消耗してもファンタジーアイテムで復活することが可能だ。


 これは鳥本健太郎として演技をし続けている気疲れである。




 自分を偽るのは慣れているといっても、こうも毎日長時間続けていれば精神力も摩耗していくというものだ。


 そろそろここらで休息を取るべきか。それとも稼げる時に稼いでおく方が良いか。




 もしかしたらこれからやってくる異世界人の中に、俺のような回復を専門に行えるスキル持ちがいた場合、せっかくの独占市場が崩壊してしまう。


 今のうちにできるだけ稼いでおいた方が、後々のためになるかもしれない。




 ただ結構稼いだということもあって、しばらくは骨休めをしても良いのではという欲求もある。




〝殿、それがしからも少しは休まれた方が良いと進言致しますぞ〟






 シキも俺の身を案じて言葉をかけてくれる。




〝それにいざとなれば《コピードール》でもこなせる仕事ですし〟




 それはそうなのだが、《コピードール》は確かに俺を模倣してくれる存在で助かっているのだが、何らかのダメージを受けた場合、人形に戻ってしまうし、その場で大事な選択を迫られた時は、やはり俺が自分で思案した結果を得たい。




 だから危険がない場合は、できる限り自分自身で行動したいのである。




〝たまには温泉でのんびり過ごすというのはいかがですかな?〟




「……温泉かぁ。いいなそれ」




 実は【幸芽島】にも、近々温泉を作ろうと思っていたところだったのだ。




 地面を掘って温泉は出てこないが、温泉そのものを生み出すことのできるアイテムは存在する。それを使用すれば一発だ。




 管理もモンスターたちに任せれば大丈夫だし、何なら温泉街でも作ってやろうか。




「じゃあ一旦島に帰って……!」




 俺は表情を引き締めると、ピタリと足を止めた。




〝……殿〟


〝ああ、分かってる。どうやら囲まれてるみたいだ〟




 これまで多くのダンジョンを攻略し、その度に殺意や敵意を向けてくるモンスターたちと対峙してきたからか、気配や敵意などを察知する能力が養われてきた。




 シキやカザほどではないものの、俺は鍛えられた感知能力で周りに何者かがいることに気づく。




「……俺に何か用なら顔を見せてほしいな」




 すると建物の陰からゾロゾロと姿を見せる者たちがいた。




 ……コイツらは。




 顔には出さないが、現れた者たちの顔ぶれを見て驚く。




 何せ全員が純白の外套を纏った女性だったからだ。しかもその手には様々な武器を持っていて、中には銃を突き付けている輩もいる。




 やれやれ。本当に物騒な世の中になったもんだな。もし殺されたら皆殺しにしてやるか。




 俺には《リスポーンタグ》があるので、一度死んでもタグに刻まれた場所で生き返ることができる。


 しかしかなりの高額だし、殺されるのは腹が立つので、もし殺されたらコイツらに復讐すると誓う。




「「「「男は敵。男は獣。男は屑」」」」




 一斉にお経のように唱え出した。




 ええ、怖いんですけど……。




 全員能面のような表情なので、それも相まって恐怖が助長されている。


 ただし全員、その目に宿る炎だけは燃え盛っていて、まるで仇でも見るような感じだ。




「「「「排除。駆逐。滅却」」」」




 怖いことを次々と口を揃えて言っている。




「「「「殺菌。殺菌。殺菌。殺菌。殺菌。殺菌」」」」




 男はウィルスか何かかよ……。




 俺はコイツらが何者なのか見当はついていた。


 最近、台頭してきたコミュニティの一つであり、女性だけで構成されている。




 それだけなら別に気にすることはないが、彼女たちは過激派集団であり、男性の排斥を謳っている。 


 実際に彼女たちが男を排除している様子を目にしたこともあった。




 今みたいに集団で男を取り囲み、一気に殺し尽くすという人海戦術。肉体的に個人では勝っていても、これだけの大人数で迫られれば、男だって成す術なく殺される。


 常に一定の人数で行動しているので、男たちに反撃することができず逃げるしかない。




 しかも最近ではどんどん数も増やし、日本のあちこちから同志を募っているらしい。


 ほぼ全員が、男に恨みを持ち、男は汚い存在だと、この世から消してしまいたいと願う連中だ。




 近いうちに俺もターゲットに入るかもしれないと思っていたが、とうとうその時が来たようである。




〝殿、どうされますか?〟


〝調査したところ、話など聞く耳持たないし、問答無用で襲ってくるはずだ。銃を持つ相手の排除を頼めるか?〟


〝承知。カザ殿ももう動いているようですし、いつでも合図を〟




 カザは常に俺から少し離れた場所で警戒をしてくれている。動いているということは、恐らくスナイパーのような奴も近くにいたのだろう。きっとカザが倒してくれているのだ。




 二人がいれば、人間がいくらいても大した武器を装備していないのなら問題なく瞬殺することが可能である。




〝よし、じゃあシキ、銃持ちを今すぐ――〟




 そう指示を出そうとした直後だ。


 突然俺の目前にいる連中たちだけが身を引き始めた。






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