第175話 隠し通路

 一方その頃、俺はモニターを通してドラギアたちから逃げ遂せたゼーヴたちを見ていた。




 ジュラフが《コピードール》を持っているので、ソレにつけている《カメラマーカー》のお蔭で常にモニタリングすることができるのだ。




「ふぅ……ここまで来れば大丈夫だな」




 ジュラフがゼーヴに肩を貸しながら安堵したような声音を出す。


 彼らがいるのは宮殿外に広がる街の中。建物が林立する薄暗い路地で身を隠していた。




「いや……ここじゃすぐ見つかるぜ。あっちには感知に長けたウラキオがいやがるからな」


「ああ、あの羊人か。さすがは『四天闘獣士』だな。特化能力を持った者が多い」


「まあ普段はサボりたがり眠たがりの奴だけどな。さすがにこの状況でのんびりなんてしてられねえだろ。多分ドラギア王が直接指示を出したはずだしよ」




 ゼーヴの懸念は当たっていた。俺はドラギアがオウザたちに命令を出したことは、モニター越しに聞いていたから。




「どうやってこっから逃げるか……?」




 ゼーヴが顔をしかめながら独り言のように呟く。




「……一番安全なのは、この都市から離れることだろうな」


「でもよぉ、門を通るのは恐らく不可能に近えぞ。絶対に兵で固められてるだろうしな」


「……あっちだ」




 そう言いながらジュラフが指を差す。どうやら路地を突き進めと言っているらしい。


 その先には外壁。つまりは行き止まりである。それでもジュラフは、とにかく壁まで行けと言う。




 釈然としない様子のゼーヴだが、ジュラフには何か考えがあるようで、大人しくついていくことになった。


 俺から見ても、その先には何も無いように思える。




 だが壁に近づいて奇妙な光景に気づく。




 ここは都市の北西エリア。住宅街の一角であり、壁に面して多くの建物が並んでいるのだが、壁にピッタリと張りつくように建てられている小屋を発見した。




「何だこの小屋、向こう側に行けねえじゃねえか?」




 どの建物も壁との間にはある程度の隙間があり、通過できるように建てられているにも関わらず、ゼーヴの目の前の建物だけは通路を塞ぐように建っていた。




「いいからこの建物の中に入るぞ」


「鍵はどうすんだよ?」


「こうやって開ければいい」




 そう言うと、あろうことかジュラフが蹴りを一発かまして扉をぶち壊してしまった。




「お前……無茶しやがる。元お貴族様だとは到底思えん」


「ははは、今はしがない冒険者なんでね」




 爽やかな笑顔を見せながら、ジュラフはゼーヴと一緒に小屋の中へと入る。




 そしてそのまま外壁に面している側の小屋の壁に対面した。小屋自体はレンガでできているが、何故か外壁に面している側の壁は木造だったのだ。これは外からでは確認できない。




「ちょっと離れてろ、ゼーヴ」


「ジュラフ……お前まさか……!」




 ゼーヴを小屋の端の方に追いやり、ジュラフがまたも壁に向かって蹴ると、木造の壁はものの見事に蹴り破ってしまった。




 しかし俺は不思議に思う。幾ら木造の壁を破壊したところで、すぐ後ろは外壁の分厚い装甲が待っている。それなのに、何故木造の壁を破壊したその先に空洞があるのか。




 今の一撃で外壁まで一緒に破壊したとでもいうのか。だとしたら尋常ではない脚力ではあるが。


 ただジュラフの視線の先には、壁の向こう側に広がるはずの大地が見えない。まだ貫通はしていないようだ。




「お、おい……どういうこったこれは?」




 ゼーヴも、驚いた様子で蹴り破られた場所に近づいて確認している。


 そこはちょうど身を屈んで、人間一人が通れるくらいの空洞が真っ直ぐ繋がっていた。




「お前は知らないだろうが、ここは隠し通路になってるんだよ。つっても、俺がまだ帝都に住んでたガキの頃に作ったもんだけどな」


「ジュラフが作った?」


「ああ。まあ俺がっていうか、リューイ様と一緒にな」


「リューイって……第二王子と仲が良かったのか?」


「昔は遊び仲間だったんだよ。リューイ様はやんちゃでな。いつも俺は引っ張り回されてた。けどこの帝都から出ることは当然許されてなかった。兵士に見つかれば、当然連れ戻されてしまう。そこでリューイ様は、別の場所に隠し通路を作ることをしたんだよ」


「それがここってか?」


「ああ。ここに小屋を建てて、住民たちには根回しまでちゃんとするって用意周到ぶりを発揮されていたな。何せ一日でこの小屋ができてたのだからな」




 どうやらリューイっていう第二王子は、行動力のバケモノだったらしい。思い立ったが吉日と言わんばかりに、好奇心が疼けば即実行していたようだ。




 ただ人懐っこさと大らかな性格から、国民には好かれていたみたいだが。




「けどお前……外壁に穴開けるって……下手しなくても大問題だぞ?」


「まあ、ここもずいぶん昔のことだし、あれから穴も塞がっているかもって思ったんだが……ラッキーだったな。ほら、行くぞ」




 子供が通っていた穴だからかなり狭い。それでも無理矢理進んでいくと、その先には岩がポツンと置かれていた。




 岩を横にずらすと、向こう側から光が漏れ出てくる。どうやら外へと通じているようだ。


 外壁の周囲は高い茂みで覆われていて、匍匐前進をしながら茂みの中へと入って行く。




 二人が無事都市の外へと脱出でき、茂みの中で座り込んで溜息を吐く。




「まさかこんなところに侵入経路が隠されてるなんてな。帝都攻略の時に言っとけよ」


「悪い悪い。ガキの頃だったし、すっかり忘れてた。思い出したのはつい最近だしな」


「……けどこっからだ。外壁の上には見張りの兵士もいるだろ? このまま出てったら見つかっちまうぜ?」




 ゼーヴの言う通り、今も外壁の上で兵士たちが徘徊し目を光らせていた。


 しかし次の瞬間、ゼーヴたちの頭上で兵士の呻き声が響く。




「! 今の聞こえたか?」


「あ? 何かあったか?」




 どうやらジュラフは気づいていないようだ。ゼーヴは『ガーブル』で、聴力も優れているからこそ聞き取れた声だったらしい。


 そして、二人の前に小さな存在が降り立つ。




 ――ソルである。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る