第174話 現れた理由
「タンヴッ! おのれっ、全員でヴォダラを狙え!」
ドラギアの命により、兵士たちが弓を構えると同時に、さらにヴォダラの指輪の輝きが増す。
その瞬間、兵士たちが次々と両膝を地面につき、またそのまま両手まで同じように地面について四つん這いになってしまう。中にはタンヴのように全身横たわる形になっている者もいる。
そしてそれは兵士だけでなく、ゼーヴやドラギアたちにも及んでいるようで、全員が何かに耐えるような表情で踏ん張っている。
「一体あの指輪は何だ?」
俺は《鑑定鏡》でヴォダラが有する黒い指輪の正体を見極めた。
するとアレは《グラヴィテの指輪》というアーティファクトで、重力を操作することができる能力を持っていることが分かったのだ。
なるほど。周りの重力を数十倍化でもして、皆の動きを奪っているらしい。
タンヴが空からいきなり落ちてきたのもそういうことである。
「厄介なもんを持ってやがるな」
一応〝SHOP〟で検索してみると、5億の値がついた稀少品だということが分かった。しかもヴォダラのお手製らしく、異世界であの指輪を持っているのは奴だけ。
そういえば『ヒュロン』はアーティファクトの作成に長けた人種だと聞く。そのお蔭で、身体能力に長けている『ガーブル』や、スキル持ちが多い『エルフィン』に対抗できているのだ。
この流れだと、ヴォダラは他にも面倒くさいアーティファクトと幾つも所有している可能性が高い。
よく見れば他にも指輪をしているようで、そのまま鑑定してみると、やはりどれも一点もので強力無比な能力を宿していることが分かった。
イズに聞いたことがあるが、自然の力を操作することができるアーティファクトは絶大な力を持つらしい。
ただしあまりにも強力過ぎるが故に、未熟な者が使用すればコントロールを失い暴走する危険性もあるという。
扱うには力に飲み込まれないほどの強い精神力と、力をコントロールするための想像力と意思が必要になってくる。
そんな危険な代物を、奴が幾つも所持していることが分かり、ヴォダラという人物の強さが理解できる。
「ぐっ……うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
皆が操作された重力に苦しんでいる中、ドラギアが咆哮を上げて、あろうことかそのまま跳躍したのである。
狙いはもちろんヴォダラだ。爆発的に膨れ上がった筋肉を有する右腕を振り上げ、ヴォダラの頭上から一気に振り下ろす。
しかしヴォダラは空中を飛翔し、ドラギアの反撃を軽やかに回避してみせた。
だがドラギアは、背中から巨大な翼を広げ、そのまま空中に待機しヴォダラを睨みつける。
「ほう、さすがは現在、『ガーブル』の中でも最も強い種とされる『竜人族』だな。かの『四色獣』にも匹敵すると言われるだけはある」
「ヴォダラ、貴様だけは必ずここで殺す。貴様の存在は百害あって一利なしだ」
「ククク、言ってくれる。だがまあ……本来はお前たちに姿を見せるつもりはなかったのだがな。ここに来たのは私にとって必要なものを取りに来ただけ。だが少々予定外なことが起こってストレスが溜まってしまったのだよ。その鬱憤を晴らそうと思ってな」
「予定外……だと? どういうことだ?」
「……その様子だと知らないようだな」
「……何を言っている?」
「ドラギア、一つ聞こう。白と黒に彩られたキューブを知っているか?」
「……?」
ヴォダラの言葉の真意が掴めないのか、ドラギアは訝しみながら思案している様子だ。
だが俺は今のヴォダラの言葉で、何となく予想できるものがあった。
ヴォダラにとって必要なもの。そして白と黒のキューブ。
俺はすぐさま《ボックス》を開いてあるものに視線を落とす。
それは――《ギア》。
使い道がまったく不明なもので、ヴォダラの隠し金庫にあった謎のアーティファクトだ。
「ちっ……本当に知らぬようだな。ならば一体誰がアレを……」
「先程から何を訳の分からぬことを言っているか知らないが、よそ見をしている暇があるのか?」
「何?」
するとそこへヴォダラの頭上から流星のように襲い掛かってくる存在があった。
「!? 貴様は――オウザ!?」
皆と同じように重力で動けないと思われていたオウザだが、いつの間にか空へと上がっていたようだ。
しかも驚くべきは、四足歩行で空を駆けていることである。まるで空に足場があるかのように、どんどん加速していく。
そのまま大きな口を開けて、ヴォダラを噛み砕かんとする――が、彼らが接触しようとした直後に、ヴォダラの身体が熱したように、全身が赤くなっていく。
「! オウザ、そこから離れろっ!」
嫌な予感でも察したのか、ドラギアが指示を出し、それを忠実に守ってオウザがブレーキをかけ方向転換をしようとしたその時、ヴォダラの身体が風船のように一気に膨らみ大爆発を引き起こしたのである。
「「「「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」
爆発の影響は凄まじく、地上にいた者たちも爆風で吹き飛ばされてしまう。
比較的爆心地の近くにいたドラギアやオウザもまた例外ではなく、身を庇いながら吹き飛んでいく。
そして爆発が収まると、どこからともなくヴォダラの声が聞こえてくる。
――――次に会う時を楽しみにしていよう。それまで精々支配者ごっこを楽しむがよい。
笑い声がこだまする中、ヴォダラの気配は消失した。
「くっ……ヴォダラめ!」
地上まで吹き飛ばされたドラギアが、悔しそうに地面を殴りつける。
オウザも無事だったようで、ドラギアの傍へと降り立った。
しかしそこへ――。
「――あーっ!? アイツらいないしっ!」
声を上げたのは、『四天闘獣士』の一人であるメイクーリだった。
彼女の視線の先には、先程までそこにいたゼーヴとジュラフの姿がなかったのである。
「っ……今の爆発の騒ぎで逃げたか。どうされますか、ドラギア王?」
「次から次へと……無論探せ! ただしまだヴォダラが潜伏している可能性もある! 十分に警戒して事に臨め!」
「しかし負傷者が多いですが」
「立てぬわけでもあるまい! いいから動け!」
「……承知」
ドラギアの命を受け、何か言いたげな様子のオウザだが、そのまま部下たちに指示を出し始めた。
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