第172話 牢獄脱出

「そう言うな。これでも全速力で準備をしたんだぞ?」


「その様子だと、直談判は無駄に終わったみてえだな」


「ああ。だからこその強硬策だ」


「いいのか? んなことしてバレたら、もう帝都にはいられねえぞ?」


「言ったろ? 帝都には未練はない。俺は――冒険者だ」


「だったら何で顔隠してやがんだよ?」


「いやぁ、こういう時のヒーローってやっぱ顔を隠すもんだろ? 結構カッコ良いだろ?」


「……お前の美的センスは相変わらずだな」




 突然現れた人物は、バレたくないということよりも、ヒーローのシチュエーションにこだわっているようだ。変な奴である。




「とりあえず、今自由にする。にしてもずいぶんこっぴどくやられたな」


「はんっ、こんなもん前におめえと二人でSランク狩りに出掛けた時に負った傷と比べたらわけねえぜ」


「あはは、あれは死を覚悟したもんなぁ。俺たち二人とも瀕死で、危うく死にかけた。……よし、これでOKだ。立てるか?」


「っ……あたぼうよ。俺を誰だって思ってやがる?」


「とりあえずコレを飲め、回復薬だ。少しはマシになるだろ」




 覆面から小瓶を受け取ったゼーヴだったが、




「そうだ、そいつも解放してやってくれ」




 と、ハクメンを助けるように頼んだ。




「ん? ……え? あなたは……ハクメン殿?」




 あ、気づいてなかった様子。




「私のことを知っているということは、あの会議室にいたということか。それにゼーヴ殿と親しい様子からして……ジュラフ殿かな?」


「!? ま、まさかこんなにも早く俺の正体がバレるなんて……!」




 いや、かなり簡単に推察なんだけどな。俺もすぐに分かったし。




「ジュラフ、彼の解放を」


「お前がそう言うなら」




 ジュラフがハクメンの拘束を解いてくれた。




 お、これで《コピードール》を無傷で回収できるかもしれない。本当は失うこと前提での作戦だったが。




「よし、じゃあすぐにでもここから――」




 ジュラフがそう口にしようとした直後、彼の背後からムクッと立ち上がった人物がいた。


 先程ジュラフに倒されたはずのグリベアである。その手には例の小刀を持っていた。




「ジュラフッ、危ねえっ!」




 ゼーヴが助けようと一歩踏み出すが、やはり相当なダメージが蓄積されていたのか、ガクンと腰が落ちる。


 グリベアの凶刃が情け容赦なく、ジュラフへと迫っていくのだが……。




「――なっ!?」




 ジュラフが声を上げる。しかしそれは決して痛みによるものではない。


 驚きに満ちている声音。何故ならば、ジュラフの前に立ち彼を庇ったのがハクメンだったからだ。


 ただグリベアの突き刺してきた小刀は、見事にハクメンの腹部を貫いてしまっている。




「ぐっ……こんの野郎がぁぁぁっ!」




 そこへ再び動き出したのはゼーヴだ。疲労を押して駆け寄り、グリベアの顔面を殴りつけた。


 その際に鉄仮面が砕かれたのだから、凄まじい威力である。


 グリベアは弾かれたようにまたも壁に激突し、今度はその壁すらも突き破った。




「はあはあはあ……ざまぁ……みやがれってんだ」




 ゼーヴがハクメンの仇を討った矢先、




「……お、おい、ゼーヴ!」




 彼の背後から焦ったような声でジュラフが呼び掛けた。




「どうしたって……んだ?」




 ゼーヴは、ジュラフが手にしているものを見て唖然とする。




「何で人形なんか持ってんだおめえさんは?」


「い、いや、これがハクメン殿……なんだが?」


「……は? ……何言ってたんだ? もしかして酒飲んでから来たのか?」


「ち、違う! 本当にこの人形がハクメン殿なんだ! ほら、小刀も刺さっているだろうが!」


「……! おめえが刺した……なわけねえよな」


「当たり前だ! ……ハクメン殿は『ガーブル』じゃなかったのか?」


「おいおい、だったら何か? ハクメン殿の正体は人形で、人形だから……人形だし……だからどういうわけだ?」




 どうやらゼーヴの頭の中は混乱状態のようだ。


 そのすべての解答を知っている俺は、モニターを見ながら溜息を漏らしていた。




 《コピードール》は大きなダメージを負うと機能不全になって元に戻ってしまう。先程の小刀によってそうなってしまったのは間違いない。




「あ~あ、無傷で回収できなくなっちまったな」




 あそこで咄嗟にハクメンが、ジュラフを庇ったのは、別に俺が指示を出したわけではない。ある程度、《コピードール》の考えのもとに行動するように伝えていたから、あれはハクメンとしての人格を持った俺の意思というわけだ。




 つまりあの場に俺自身がいたら、きっとそう行動した可能性が高いということ。


 ジュラフには拘束を解いてもらった恩があり、見捨てることは自分の美学に反することだと判断したのだろう。




「と、とりあえずその人形を持ってここを出たらどうだ?」


「そうだな。それにずいぶんと時間も食った。他の警備の連中が気づいてもおかしくない。急いでここから出るぞ、ゼーヴ!」




 そうして二人は、騒ぎに気づかれる前に地下牢から脱出することにしたのであった。


 しかし地下牢から出ることができたのはいいが、宮殿の外へ出た直後に、ある人物たちが立ち塞がったのである。




「――お二人さんよぉ、どこに行くってんだぁ? ああ?」




 彼らの目前に現れたのは『四天闘獣士』だった。そしてその中の猿人…確か名前がタンヴが代表して言葉をかけたのである。




「くっ……見つかったか……!」




 悔し気に言葉を放つジュラフ。




「ゼーヴ、大人しく牢へ戻れ」




 四人の中で最もガタイが大きくかつ、強者のオーラを放つ獅子人――オウザって奴が、ゼーヴを睨みつけながら口を開いた。




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