第171話 窮地に現れる者

「ふん、だったら最後まで信じてやればいいものを」




 俺は思わずドラギアに対し落胆の溜息を吐く。




 初めて会った時、覇王という印象をドラギアに受けたが、それが間違いないことだったと今感じた。




 アイツはきっと誰も信じていないのだ。昔はどうだったかは知らない。だが今、ドラギアは表向きではたくさんの部下に信を預けているみたいに見えるが、それはただ利用価値があるだけで、心の底から信頼しているわけではないのだろう。




 だからほんの些細な引っかかりや疑いを持ったら、それが風船のように一気に膨らんでしまい〝敵〟として位置付けてしまう。




 ゼーヴが良い例だろう。




 俺ならどうだろうか。もしソルやシキたちが疑わしい行動を取ったら? 


 恐らく俺は全身全霊で、その疑いが晴れるように調べるだろう。調べて調べて、最後に残った真実を掴む。




 その真実が、もし辛い選択をしなければならないものだとしたら、俺は躊躇いなどしないと思う。


 でもドラギアは違う。明確な反逆の証拠なんて無かったはずだ。




 何せ俺たちとゼーヴには繋がりなどなかったのだから。ラジエに関しても、ゼーヴとは親交などなかったと聞いた。


 それなのにドラギアは、疑心暗鬼に陥り、あっさりと絆を断ち切った。




 まあそれも俺のせいといえば俺のせいだが。不可抗力でもあるけど。




「……貴殿は私を恨んでいないのか?」


「あ? 何で恨むんだよ」


「私がここへ来なければ、貴殿が疑われることもなかったのではないか?」


「……まあそうだろうなぁ。けど俺はおめえさんを恨んだりしてねえよ。もちろんあのべっぴんのこともな」


「何故か聞いてもよいか?」


「んなもん、おめえさんたちの方が正しいことをしたって思ってるからだ」


「その言い分。私がニケ殿下拉致事件に関わっているような言い方だな。ドラギア王にも申したが、事件に関し私は何の関わりもない」




 するとゼーヴが、ジッと見定めるようにハクメンを見つめてくる。




 そしてしばらく両者が目を合わせた状態で時間が経ち、最初に溜息を漏らしながら目線を切ったのはゼーヴだった。




「おいおい、嘘言ってる感じじゃねえし。マジで関係ねえのかよ」




 ゼーヴもハクメンが関わっていると踏んでいたらしい。


 いや、その考えは合っている。ドラギアの推測も的を射ているのだ。




 しかし残念ながら、そこにいるのは俺じゃない。あくまでも俺に扮した《コピードール》だ。


 事件に関し、《コピードール》は関わっていない。だからハクメンが言ったセリフに嘘など無いのである。




「じゃあマジで濡れ衣なんじゃねえか。……ドラギア王がすまねえな。謝って許されることじゃねえけど」


「……貴殿が謝罪することではない。それに他人を慮るより、自身のことを考えた方が良いのではないか? このままではいずれ殺されてしまうぞ?」


「ああ……アイツ、グリベアの拷問はエグイからな。よく今まで耐えて来られたわ。けど……」




 ボタボタとゼーヴの身体から血が滴り落ちている。先程の小刀のせいもあるが、ハクメンが来る前にも受けた傷からの出血もあって、大分ヤバイことになっていた。




「そろそろ限界っぽいなこりゃ……はは」




 見れば肌も青ざめている。確かに致命傷に手が届いているのかもしれない。




「ここで殺されてよいのか? 貴殿こそ濡れ衣ではないのか?」


「……あの人が考えを変えてくれる…………そう期待してたんだけどな」




 期待……そんなものを他人にするからこうなる。恐らくその場にいたら、俺はゼーヴにそう言い放っていたことだろう。


 するとそこへ、招かざる変態が戻ってきた。




「お、ま、た、せ! 待ったかぁぁい、僕の実験体ちゃんたちぃぃ」




 その手にはいかにも怪しさ爆発の注射器を何本も持っていた。




「あぁ、これが気になるかぁい? これは《増痛剤》さぁぁ。ほらぁ、さっき言っただろぉぉ、痛みを倍加させる薬を取ってくるってぇぇ。それがこれさぁぁ。まあ副作用は、九割の確率で血管が破裂して死んでしまうんですけどねぇぇ」




 マジでそんなもんがあるなんて、どんなマッドサイエンティストだよ。てかそれもう《即死剤》でいいんじゃね?




「……おいこらドS野郎」


「んん? 何かなぁぁ、ゼーヴさぁん?」


「死ぬ前におめえに言っておくことがあってよぉ」


「ほうほう、聞きましょうかぁぁ」


「俺が死んだら化けて出てやっからな」


「わぁお、それはそれは怖いですねぇぇ。でも……それも面白そうですぅぅ」




 ゼーヴの最期の嫌みでさえコイツには笑い話にしかならないようだ。


 グリベアが、徐々にゼーヴに近づき、その腕に注射器を宛がう。




「ではではぁぁ、最後の実験を始め――」




 ゼーヴの命の灯が消えようと思われたその時だ。




「ぐわぁぁぁぁぁっ!?」




 突然奥の方から叫び声が聞こえた。




「もう、今良いところなのに何ですかぁぁ?」




 すると牢の扉が突き破られ、その破片がこっちまで飛んできた。




「な、何ですかぁぁ!?」




 さすがのグリベアも、予想外なことだったようで怯えたように後ずさりする。




 そこへ――開け放たれた入口から、凄まじい速度で室内へ入ってきた人物がいて、そいつが瞬く間にグリベアに詰め寄ると、グリベアの顔面を殴り飛ばした。


 グリベアは、そのまま壁に激突して倒れてしまう。




 ……誰だ?




 いきなりの事件勃発に、俺は食い入るようにモニターを凝視する。




 どうやらその人物は顔に包帯を巻き、姿を隠している模様だった。その人物が、グリベアを倒したあと、真っ先にゼーヴのもとへ近づき、拘束錠を外しにかかる。




「遅くなってすまんな、ゼーヴ」


「お前っ…………ったく、遅えよ」




 どうやらゼーヴには、そいつが何者か分かっているようだ。








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