第170話 求める者と諦めた者

「ドラギアは、それほど焦っているのやもしれませぬな」


「焦る……か。ラジエの爺さんの見解だと、ドラギアは帝都を統べる王の座に就くことが目的みてえだが」




 だから帝王の血を引くニケの生存を恐れてる? すぐにでも見つけて殺したいってわけか。




「っ……だ……から……何度も言ってん……だろうが。俺は……知らねえ」


「…………キヒ」




 またも小刀を彼の左肩に刺し悲鳴を上げさせるグリベア。




「タフですねぇぇ。常人なら死ぬか発狂してるってのにぃぃ。あ、そうだぁぁ。僕が開発した感じる痛みを数倍化させる薬を試してみようかぁぁ。まあ……まだ試作段階だからぁぁ、副作用もあると思うけどぉぉ、まあいいよねぇぇ?」




 よくねえよ。ちゃんと治験はしようぜ。それに薬は容量・用法は守って使わねえとダメなんだぞ。




「薬ぃぃ、取ってくるから待っててねぇぇ。……あ、君にも同じことをしてあげるから楽しみにしててねぇぇ」




 そう言うと、グリベアは鼻歌交じりに牢から出て行った。




 ハクメンの隣にいるゼーヴは、瀕死状態に見えて憐れでしかない。勘違いでここまでされるなんて悲劇でしかないからだ。




「よ、よぉ……ハクメン……あのべっぴんさんは元気……か?」




 まだそんなお茶らけたことを聞く元気があるなんて驚きだ。




「虎門のことか?」


「……あの子なんだろ? ニケ殿下を奪還したのは……賊の風貌を聞いて……知った」




 そういやゼーヴは虎門として会っていたことを思い出す。


 なら待てよ。だったらゼーヴが、虎門のことをドラギアに伝えているのではないか?




「ニケ殿下は……無事か?」


「…………」


「安心しろって……別に話しゃしねえ……よ。あのべっぴんのことも喋ってねえ……しな」




 虎門のことを言ってない?




「何故だ? 少なくとも賊の情報を伝えれば、少しは信用してもらえるかもしれないといいうのに」


「……俺はよぉ、国ってもんに飽き飽きしてんだ」




 ゼーヴが目を細めながら、掠れた声で発していく。




「『ヒュロン』だ『ガーブル』だって、種族の違いが何だってんだよ。んなもんただ見た目がちょっと違うだけじゃねえか」




 一体何を言いたいのか分からず、俺はモニター越しで眉をひそめ見守る。




「昔はよぉ……どんな種族も一つの街で暮らす楽園みてえな場所があったらしいんだ」




 俺は気になったので本当のことかどうかシキやカザに聞いてみた。


 しかしシキは聞いたことはないと言う。ただカザはそういう話を聞きかじったことはあるらしい。




「何でも『ヒュロン』、『ガーブル』、『エルフィン』と、すべての種族が手を取り合って暮らす都市があったとのことでござるよ。詳しくは知らぬでござるが」




 異世界の現状から考えても、とても有り得なさそうなことである。個人個人はともかくとしても、『ヒュロン』と『ガーブル』は戦争を繰り返しているし、『エルフィン』は他種族とは一切関わらないような生活を送っているのだ。




 いや、けど戦争をしていた二つの種族が、帝国を倒すために手を取り合ったのも事実か。




「もしかしたらよぉ、今回のことで……『ヒュロン』と『ガーブル』が互いの垣根を超えた絆を結べるかもって思ったんだ。だから……戦争にも参加した。まあ、俺の相棒が力を貸してくれって頼んだこともあったけどな」




 相棒といえば、確かジュラフっていう『ヒュロン』だったはず。




「帝国っつう巨大な敵を前に、二つの種族が力を合わせて倒した。つまりそうやって手を取り合うことだってできんだ。なのに……」




 悲しげに目を伏せるゼーヴ。この男が種族の違いに思うところがないのは分かった。それどころか差別主義者でもなく、命に貴賎無しといった考えを持っているようだ。




「どいつこいつも……他人を怖がりやがる。だから奪う、殺す」




 それは仕方無いだろう。地球人だってそうだ。相手が信頼できないから、何をされるか分からず怖い。いずれその牙が自分に向けられるのではと怯えてしまう。




 だからそんな恐怖に押し潰される前に、逆に相手を殺したり、牙そのものを奪ったりする。




 特に権力者ってのは支配欲が強く、敵意に敏感で臆病だ。たとえ相手に敵対する意思がなくとも、過去の因縁から放置できないと攻めることだってある。


 自分の周りを味方のみにしなければ落ち着かないのだ。安心できないのだ。




 人類の歴史から見ても、そんな個人的な感情で戦争に発展するケースが多い。




「……もう……戦は終わったってのによぉ。何で……分かり合おうとしねえんだか」


「仕方なかろう。人というものは自分の幸せを追求する生き物だ。その幸せに繋がる道筋を描き、道の上に障害物があれば排除する」


「……同じ命が障害物だってのか?」


「少なくとも、ドラギア王は自分に与しない者はそうだと判断しておるのだろう」


「…………」




 ゼーヴもハクメンの言うことに賛同しているのか何も言わない。いや、実際に障害物扱いされている自分のことを顧みて反論できないのかもしれない。




「ドラギア王と貴殿の関係は、これほど簡単に断ち切れるほどのものだったのか?」


「っ……あの人は……昔はあんなんじゃなかった。俺がガキん頃は……俺みたいに楽園を夢見てたんだ」




 楽園……どんな種族もともに暮らしていたという場所か。




「とても信じられぬな。状況証拠だけで、同じ『ガーブル』であり、ともに国家を支えていた同志を拷問にかけるくらいだぞ。疑わしきは罰せよというが、やり過ぎとしか思えぬ」


「はは……それ言えてるわ。マジでやり過ぎ。クソ痛えしよぉ」




 苦笑を浮かべるゼーヴの表情は、身体の痛みよりも心の痛みで嘆いているように見えた。


 恐らくドラギア王とはかなり親密な仲だったのだろう。それこそ親友や、もしくは家族みたいな繋がりでさえあったのかもしれない。




 だからこそ……ともに辛い。




 あの時、ここを去って行く時に見せたドラギアの顔。一瞬だが悲痛な表情に見えた。




 彼もまたゼーヴに裏切られたと思い悲しみに胸を貫かれたのか、それともたとえ裏切られたとしても、こんなふうに拷問をしなければならない状況に苦しんでいるのか。




 ドラギアの心中をハッキリと察することはできないが、二人にそれなりの関係が構築されていたなら、互いに辛い気持ちを抱えているのは間違いないだろう。










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