第169話 牢獄

「よく来てくれた、ハクメン殿」


「こちらこそ、良き商談ができることを楽しみにしている」


「それはこちらとて同じだ。我々には圧倒的に情報が足りていない。主の手腕に期待したいところだな。では案内するのでついてきてもらいたい」




 ドラギアが、兵士を連れて先に歩いていく。そのあとをハクメンも追う。


 和やかに歓迎されているようだが……。




〝ご主人、ハクメンの周りにはたくさんの兵が配置されているです〟




 空から確認しているソルからの情報だ。


 すでに宮殿の門は固く閉じられ、外にも中にも門番を立てて厳重に守っている。




 また外壁にはハクメンに分からないように多くの兵を配置し、ハクメンが空に逃げようものなら弓などで撃ち落とす算段だろう。それに建物の陰にも同じように、取り押さえられるように相当の数の兵を忍ばせている様子。




「何が商談がしたいだ。捕縛する気満々じゃねえか」




 そうでなければ、この厳重さは納得できない。




 ハクメンはそのまま何故か地下へと続く階段を下ろされ、その先に辿り着いた直後に、後ろから押し倒されてしまった。




 もう動きやがったか。ま、相手に不信感を与えて逃げられたら事だしな。




 どうやらここは地下牢のようで、薄暗くてジメジメした殺風景な場所だ。




「くっ、ドラギア王! これは一体何の真似だ!」




 ハクメンが怒りの形相で、見下ろしているドラギアを睨みつける。




「……貴様に問わねばならぬことがあってな。牢に入れて拘束しろ」




 ドラギアの命令を受け、ハクメンを押さえつけている兵士が返事をして、数人がかりでハクメンを一つの牢へと引きずり込んだ。




 だがそこで俺はモニター越しにギョッとする。


 牢の中は、だだっ広く、様々な道具が置かれており、明らかに拷問に使うであろうものも多数あった。




 しかしそれよりも驚いたのは、壁に磔にされている一人の人物である。




「アイツは…………ゼーヴ?」




 上半身を裸にされ、全身傷だらけでぐったりと項垂れている。




「何故彼がこのようなことになっておるのでしょうか?」




 さすがにシキも疑問を浮かべた。俺だって分からない。彼はドラギアとも親しい感じだった……と思う。少なくともラジエから聞いた話では、ゼーヴはドラギアの信頼が厚い人物だと。




 それなのに一体何があってこんなことになっているのか……。




 ハクメンがゼーヴ同様に衣服を脱がされたあと磔にされてしまう。幸い背中の《コピードール》特有のスイッチは見られなかったようだ。




「ドラギア王! この対応に納得のいく説明があるのだろうな?」


「この期に及んでその態度。さすがは敵地のど真ん中に単身乗り込んでくるだけの度量を持つ者よ。それに……ニケ殿下を拉致するという大胆不敵な行動も起こせる」


「! ……何を言っている?」


「誤魔化さずともよい。こちらはすでに分かっているのだ。貴様がラジエ卿と手を組み、ニケ殿下を奪取したことはな」




 やはり疑われていたようだ。本当に《コピードール》に向かわせて大正解だった。




「さあ吐け、ニケはどこだ?」


「先程から言っていることが理解できない。ニケとは誰だ?」


「まだ白を切るか。先日、先代帝王の息子であるニケ殿下が賊に拉致された。そしてその手引きをしたのが貴様だということは分かっている」


「分かっている? そのようなことは初めて聞いた。何か証拠でもあるのか」


「どうあっても認めぬというわけか。……グリベア」


「はっ、ここに」




 ドラギアの背後から現れたのは、全身にベルトを巻いた不気味な変態だった。しかも顔にはフルフェイスの鉄仮面をつけていてまさに異様。


 ただし臀部近くから細長い尻尾が出ているので、『ガーブル』なのは間違いないだろう。




「何としても吐かせろ、いいな?」


「おっまかせを~、キヒヒヒヒ」




 ドラギアは兵士を連れてその場から消え去る。その際に少し物憂げな表情でゼーヴを一瞥したが、彼にとってもゼーヴを拘束している状況は望まれたことじゃなかったのか……。




「さてさぁてぇぇ、あったらしいエモノがきましたねぇぇ」


「……ここにいる男がゼーヴであろう。彼が何かしたのか?」


「おやおんやぁぁ? や~っぱりお仲間さんのことが気になっちゃいますかぁぁ?」


「仲間だと? 彼と会ったのはこれで二度目だぞ」


「キヒヒヒヒ、そんなウソはど~だっていいんですよぉぉ。どうせすぐに真実を口にしたくなりますからねぇぇ。ああでも、ちょ~っとぉ、待っててくださいねぇぇ」




 グリベアと呼ばれた男が、真っ直ぐゼーヴの方へ向かう。その手には小刀が握られている。


 すると何を思ったか、その小刀を勢いよくゼーヴの右腕に突き刺したのだ。




「っがぁぁっ!?」




 当然激痛によりゼーヴが覚醒する。




「よぉやぁく、お目覚めですかぁぁ?」


「ぐっ……て……めえっ」


「おほぉぉ、怖いですねぇぇ。でもぉぉ」




 また別の小刀を取り出し、今度はゼーヴの左太ももに突き刺した。




「うがぁぁぁっ!?」


「キハハハハ! 良い声! 良い声ですよぉぉ! ああ……だからこの仕事止められなぁぁい」




 どうやらコイツ、まともな『ガーブル』じゃないことは確かだ。


 間違いなく拷問官であり、根っからのサディストであり、歪んだ人格を持っている。




「さあゼーヴさぁぁん、そろそろ吐いてくださいよぉぉ。ニケ殿下の居場所をねぇぇ? 分かってんですよぉぉ? あなたがぁぁ、こっちの人と組んで悪さしちゃったのはねぇぇ」




 なるほど。ゼーヴもどうやら俺たちの仲間だと疑われたようだ。しかし何故そんなことになったんだ?




「もしやハクメンと一緒に帝都へ来たという理由で怪しまれたのでは?」


「いやいやシキ、さすがにそれは暴論だろ。ハクメンとしてはあれが初対面だったんだぞ?」


「しかしハクメンが犯人だとされている以上、少しでも繋がりがあると思わしき者を疑っているのでは?」


「まさか……」




 そんな軽はずみな判断を、一国の王がするとは思えない……が。




 ハクメンがこの地球について説明した際に、ゼーヴが後押ししてくれたのも事実。けどあれはゼーヴが自分の目で見た結果だ。しかしドラギアには、それが前もって打ち合わせしたように見えた?




 確かに状況から見て、無理矢理ハクメンとゼーヴが繋がっていると決めつけることはできるかもしれないが、あくまでも状況証拠でしかない。




 それなのに、かつて信頼していた部下をこうも残虐に攻めることができるのか?








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