第168話 怪しい歓迎

「――――ここが日本国か」




 今、二人の人物が日本の北海道の地に足を踏み入れていた。




 少し前、アメリカのホワイトハウスに在する大統領を殺害したヴォダラと、ローブ姿の『呪導師』である。




 彼らが今立っているのは牧場地であり、周りには牛と山羊が放牧されていた。


 そこへ作業服を着た一人の男性が、二人の存在に気づいて恐る恐る近づいてきたのである。




「お、お前ら、いきなり現れて何者だ!?」




 モンスターを警戒してか、その身には猟銃が握られていて、ヴォダラたちを不審人物と思ったようで、銃を突き付けて威嚇していた。




「ほほう、この私に兵器を向けるか。それは怖い怖い」




 少しも怯えていない様子でヴォダラが言葉を発すると、左手を男の方へ向けた。


 直後、左手の人差し指に嵌められた紫色の指輪から、雷撃が迸り男へと直撃してしまう。




「うぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」




 男の叫びによって、周りにいた牛たちは一斉にどこかへと逃げ去っていった。


 数秒後、雷撃をその身に受けた男は、全身を焦げ付かせながら大地に倒れていた。すでに息はない。




「やれやれ、最大限に手加減をしたつもりだが、やはりこの世界の住人は脆いな。お前もそう思わないか、『呪導師』?」


「…………」


「はぁ、いまだ沈黙状態というわけか。やはりさっさとアレを手に入れるべきだな。さて……」




 再び左手を上げると、今度は小指に嵌められた橙色の指輪が発光し、そこから光の筋が彼方へと伸びていく。




「そうか、あちらに【エルロンド】があるのだな。ククク、待っておれよ。すべての力を取り戻した暁には、帝都は……いや、二つの世界は私の思うがままだ」




 一陣の風が吹いたと思ったら、一瞬にしてその場からヴォダラたちが消えた。






     ※






 十時たちにニケたちの教師役を任せてから二日が過ぎた。


 今日も今日とて、朝から異世界人探しと商談で稼ごうと気合を入れていた時のこと。


 ある者たちから俺に連絡が入ったのである。




 今、俺は楕円形の鏡を手にし、そこに刻まれた文字を読んでいた。


 それは以前【帝都・エルロンド】へ向かった時に、ドラギア王に渡しておいた《文字鏡》である。




 ここに書いた文字を、別の鏡に映し出すことができるので、いつでも連絡が可能なのだ。


 ドラギアから直接、すぐにでも商談がしたいという話だった。




 ここしばらく音沙汰がなく、やはりハクメンのことを信用できなくなったのかと思った。ニケ奪還の事件もあったし、それどころではなかったのかもしれないが。


 しかし突然、こうして連絡が入ったのだ。




 明日の正午に時間をもらいたいという旨が。




「……どう思う?」




 俺は一緒に鏡を見ていたイズに意見を聞いた。




「明らかに怪しいですわね」


「だよな。時期的なことも考えて、何か企ててる可能性が高いよな。やっぱニケ奪還に俺……ハクメンが関わってるって思われたか?」


「可能性としては高いですわ。それに恐らくラジエ殿についても疑問を抱いているはずでしょうし」


「突然いなくなったんだもんな。そりゃ疑われるか」




 それに俺はそんなラジエの爺さんと、二人っきりで馬車に乗り込んでいる。やはりあの時、誰かに見られていたのかもしれない。




 まさか突然ニケ奪還作戦に参加してほしいなんて言われるとは思わなかったから、すんなり馬車に乗ったが、今後はそういうことも有り得ると警戒しようと学んだ。




「わたくしとしましては無かったことにするべきかと」




 まあ十中八九、商談のために俺を呼びつけようとしているわけじゃないだろう。俺がニケ奪還に関係している可能性を考えてのことだと思う。




「……ただあれから帝都の内情がどうなっているのかは気になる」




 もしかしたら今後、何かしらの形で関わるかもしれないので、ある程度の情報は得たいと考えている。無論積極的にこちらから関わるつもりはないが。




 しかし虎門の姿を見せたこともあるし、俺の仕事場である日本に住んでいるのだ。いずれ奴らと遭遇する機会もあるやもしれない。




「しかし主様、さすがに危険ですわ。いくら護衛としてカザ殿を増やしたとはいえ」


「いや、俺が行くわけじゃねえよ」


「え……あ、なるほど、《コピードール》に向かわせるのでございますね?」


「さすがイズ、察しが良いな。《コピードール》なら何かあっても問題ないしな」




 それにいつものように《カメラマーカー》を備え付ければ、リアルタイムで内情を知ることが可能だ。


 そういうことで、俺はドラギアの要請に応じることにした。




 翌日、さっそく《コピードール》で擬態ハクメンを造り上げ、《ジェットブック》に乗って、護衛のソル、シキ、カザを連れて北海道へと向かったのである。




 無論俺は帝都には近づかない。離れた場所で、《カメラマーカー》を通してモニターで状況を確認するだけだ。同時にソルも偵察に向かわせる。




 ハクメンが帝都の正門へ近づいていくと、門番たちがハクメンの姿を見てハッとなり、慌てて一人が街中へと入って行った。恐らくはハクメン来訪を告げに行ったのだろう。


 ハクメンは手厚い歓迎を受け、用意された馬車に乗り込み、そのまま宮殿へと向かった。




「さぁて、これからどうなることか。シキはどう思う?」


「そうですな。それがしも商談が目的で呼ばれたとは思いませぬ」


「カザは?」


「右に同じく、でござるな。そもそも賊の襲撃を受け、てんやわんやしている状況で、ゆったり商談に応じるわけがござらん」




 そう、だから時期的に見てもおかしいと思った。




 ハクメンが宮殿内へ入ると、驚くことにドラギアが直々に出迎えてくれていた。






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