第166話 ゼーヴとジュラフ
「相変わらず仕事に追われてんなぁ、ジュラフ?」
ジュラフに与えられた部屋で、奴がテーブルの上にバカ高く積み上げられた資料と真面目に格闘しているところを見て、俺は思わず笑ってしまう。
「何だ、ゼーヴか? お前は自由でいいな。ちょっとは仕事手伝えバカ」
「ハッハッハ、それ無理。俺ってバカだしな。難しい事務処理なんてできねえよ」
「ったく、よくもまあそれで『四天闘獣士』など務まっていたものだな」
「資料整理なんて部下に任せっきりだったしなぁ」
「俺だったらお前のような上司なんて願い下げだな。過労で殺されてしまいそうだ」
「おいおい、俺だってやる時はやるぜ? 何せ戦場じゃ、誰よりも前に出て敵と戦ってたしな!」
「部下よりも前に出る大将がどこにいる?」
ジュラフがやれやれと大きな溜息を吐く。
「まあまあ、んなことより一杯やんねえか?」
「やはりその手に持っている瓶は酒だったか。まだ昼過ぎになったばかりだぞ?」
「いいじゃねえか、たまにはよぉ! あまり根詰めてもしょうがねえし」
「はぁ……なあゼーヴ」
「あんだよ?」
「お前は此度の〝光隠し〟……どのように考えている?」
「…………」
「本来〝光隠し〟とは稀に起こる現象だった。それがこうも立て続けに……。しかも帝都のような大規模のものはいまだかつて確認されていない」
「……だな」
俺は酒瓶を開け、そのままラッパ飲みをする。
「これはもう偶然などではない。恐らくは……何者かが引き起こした人災だと俺は考える」
「人災……ねぇ。だったら考えられるのは一つだけじゃねえか?」
「ヴォダラ……だな?」
「おうよ。どういう繋がりかしんねえが、奴は『呪導師』と一緒にいやがる。そもそもどうやって『呪導師』を手にしたんだ? てかあんな人智を超えた奴を傍に置いておくことなんてできるもんなのか?」
俺たちの認識じゃ、『呪導師』というのは災害そのもの。人のような姿をしているが、意思疎通などできない存在であり、誰かが操作できるようなものじゃない。
「ヴォダラがどのようにして『呪導師』の力を駆使しているのか知らないが、確かなのはヴォダラがまだどこかで生きているということ。そして間違いなく奴はまだ何かをしようとするはずだ」
「……だよな」
ヴォダラってのは支配欲に塗れた奴だ。このまま素直に負けを認め大人しくしているような器じゃない。
今も虎視眈々と、何か大きなことをしでかそうとしていると俺も思う。
「にしても本当に帝都は問題だらけだ。先のニケ殿下に関してもな」
「ああ、それな。俺もビックリしたわ! この帝都にたった数人で乗り込んで、しかも無傷でニケ殿下を奪還してったんだからな! いやー大したもんだぜ!」
「……一応聞いておくが、お前は関わってないんだな?」
「おいおい、俺はニケ殿下と面識はねえぞ? てかそれを言うならおめえの方が疑わしいじゃねえか。ニケ殿下とも喋ったことあんだろ?」
「……そうだな。しかし俺は殿下よりも、そのお母上であるシュラン様との方が接点があったが」
「ふぅん、どんな人だったんだよ、そのシュランって人は」
「とてもお綺麗な方だったさ。物静かで博識で……優しかった」
ジュラフは思い出すように遠い目をしている。
その顔を見る限り、それほど浅い関係ではないように思えた。
「だから……不謹慎かもしれないが、あの方の忘れ形見であるニケ殿下が処刑されなかったことは正直ホッとしている」
「そっか……ま、その言葉をドラギアが聞いたらぜってーに一悶着起きそうだけどな」
「……お前こそ、ここに入り浸っていていいのか? 元『四天闘獣士』様?」
「よせよ。俺は国なんてもんに縛られるのはもうゴメンなんだよ。今はもう自由きままな冒険者なんだからな」
俺がフッと微笑を浮かべると、ジュラフもまた「そうか」と微笑む。
「けどおめえはどうすんだ? 周りでは次の帝王候補なんて言われてるけどよ」
「勝手に言っているだけだ。俺は王の座に就くつもりなどない」
「……いいのか? 帝国に返り咲くのが一族の念願だって言ってたじゃねえか」
「それはあくまでも親が願っていたことだ」
「じゃあなおさらじゃねえか? お前の両親はどっちも死んじまってる。墓の前でいつか無念を晴らすって誓ってただろ?」
「お前も知っての通り、オルビアン一族を帝国から追放したのはヴォダラだ。しかし此度、そのヴォダラを帝国から逆に追放することができた。無念なら……もうはらせたはずさ」
「……ま、お前がいいならそれでいいんだけどよぉ。じゃあまた冒険者に戻るんか?」
「どうだろうな。こんな状況だ。冒険者として満足に仕事があると思うか? お前はどうだったんだ? この地を幾時か旅をしていたのだろう?」
「あー確かに冒険者としての仕事なんて見つからねえかもなぁ。いやな、ダンジョンはあるし、モンスターだっているんだけどよ。ほら、こっちの連中とは言葉が通じねえから、クエストどころの話じゃねえんだわ」
実際モンスターに襲われそうになっていた奴らを助けたことはある。しかしこの俺の見た目を見て恐怖し逃げ去った者や、言葉が通じないので結局挨拶程度で終わらせたことがほとんどだ。
「むぅ……確かにそれが一番の問題だな。この地に根を下ろすことになれば、必ずその地に住まう者たちとの交渉は必須。今はまだ接触はないが、いずれこちらにやってくる可能性だってある。その時に意思疎通ができないのであれば問題だ」
「んじゃやっぱアイツ……ハクメンだっけか? 懐に入れといた方が良いんじゃねえか?」
「……本当に信用できる相手なのか?」
「悪意は感じなかったけどな。まあ腹黒っぽさはあったけど。けど商人ならそんなもんだろ?」
「まあ……な。しかしいろいろタイミングが良過ぎる節が気になる」
「どういうこった?」
「我々がこちらに飛ばされてほぼすぐにハクメンが現れた。そしてハクメンが現れた翌日に、ニケ殿下が攫われる。……偶然と片付けるにはどうもな」
なるほど。確かにそう言われたら気になる面もある。
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