第165話 ドラギアの選択

「――――まだ見つからぬか」




 【帝都・エルロンド】の宮殿にて、執務室で仕事をしていたドラギアは、自身が最も信頼を預ける『四天闘獣士』から芳しくない報告を受けていた。


 それはニケと、彼を攫った賊の消息である。




 すぐに捜索隊を編成して帝都中を調査させたが、影も形も見つからなかったのだ。




「分かった。引き続き頼む」




 目の前で跪いている四人に告げると、四人は部屋から消えたように去った。


 ドラギアは大きく溜息を吐きながら、椅子の背もたれにどっと背中を押し付ける。




 そこへ部下であるヨーセンが、宮殿内の近況報告を告げにやってきた。特に変わったことがないと彼は伝え、ドラギアは「そうか」と短く答える。




「ヨーセンよ、お主はどう思う? 先の賊のことを」


「賊……ですか。私は恥ずかしながら、他の者たちと同じように眠ってしまっていたので」




 申し訳なさそうに目を伏せるヨーセン。




「賊の動きはあまりにも速やかだった。最初からニケが【慈愛の塔】に幽閉されていることを知っていたことは明白。この世界の住人ではないのは確かだ。恐らく帝都に潜伏していた先代側の勢力か。……よもやヴォダラが? いや……それは無いか。そもそも先代を殺害したのは奴だ」


「そうでしたね。しかももうずっと前に殺害され、死人と化してヴォダラに操られていたって分かった時は愕然としました」


「そうだな。アレがヴォダラの力だったのか『呪導師』がやったものかは分からぬが、どちらにしろ恐るべき能力だ」


「自分たちが崇める帝王が死者だと、周りが気づかないほどでしたから」




 それほどまでに生者と変わりないほどの姿をしていたのだろう。


 ドラギアは頭を振ると、静かに立ち上がり窓の方へと移動した。




 そこから見える街並みには変わりない。いつもと同じ帝都の光景が広がっている。


 しかしその先に広がる空、山は、ドラギアの知っているものではない。




「異世界……か。災難というのは本当に立て続けに起こるものだな。ヴォダラの逃走、『呪導師』の出現、そして〝光隠し〟。……もしやこのすべてが繋がっているのやもしれぬな」


「すべてが? つまりここに飛ばされたのもヴォダラの仕業かもしれぬと?」


「あるいは『呪導師』……か」




 ドラギアは再び大きく息を吐き出し、鋭い瞳で空を睨みつける。




「仮にニケ奪還が帝王政権復活を目論んでのことだとして、奴らはどのようにしてこの帝都から消え失せたのか。情報収集にも長けたオウザたちが何も掴めないのはおかし過ぎる。奪還には前もって緻密な作戦を立てていたはず。それ相応の準備だって行っていたはずだ。それなのに何も掴めないとは……まるで狐に化かされているようではないか」




 あの一件が全部幻だとでも思いたいほどなのかもしれない。




 しかし実際に賊が引き起こした傷跡は今も残っている。宮殿の敷地内では、今も大量に湧き出た植物の処理に右往左往している者たちばかりだ。




「……! そういえば一つだけ気になることがあります」


「何だ?」


「実はここ数日、ある人物の姿が見えないのです」


「……誰だ?」


「――ラジエ卿です」


「ラジエ……? ああ、確か【アロードッズ王国】の大臣だったか……待て、【アロードッズ王国】といえば、ニケの母親の母国ではなかったか?」


「確かそうだったかと」




 ドラギアは眉間にしわを寄せて考え込む素振りを見せる。


 そして目を光らせ、ヨーセンにある命令を下す。




「今すぐラジエ卿の私室を調べろ」


「許可を取らなくてもよろしいのですか?」


「責任はワシが持つ。やれ」




 そう言うと、ヨーセンは「はっ」と返事をして部屋から出て行った。




 それからしらばくして、執務室に戻ってきたヨーセンから部屋をくまなく調べたが何も出てこなかったという報せを受けた。


 ただラジエの世話を仰せつかっていた侍従たちから気になる話を聞いたという。




「実はラジエ卿と以前乗り込んできた商人が二人して馬車に乗り街へ消えていったところを見ているそうです」


「何? 商人……だと?」


「そういえばあの商人が来た翌日に賊が襲撃してきました。偶然でしょうか?」


「つまりお前はハクメンとラジエは繋がっていて、共謀してニケを奪還したと?」


「姿は確認されておりませんから、恐らく二人は指導者として賊を使っていたのではないでしょうか?」


「ふむ……」


「二人は元から知り合いだった、のではありませんか? 奴がこの帝都よりも前にこの地に飛ばされてきたというのはブラフで、最初から帝都に潜伏していた」


「……外からやって来たことが確認されているが、帝都から抜け出そうと思えばできた……か」




 ドラギアの推測に対し、ヨーセンが首肯する。




「しかしだとしたらハクメンがわざわざ顔を見せに来たのは何故だ? そのようなことをしても警戒させるだけではないか」


「……警戒させることが目的だとしたら?」


「どういうことだ?」


「悔しいですがハクメンは口が上手かったです。そのため、本当にこの世界のことを知っているかのようにこちらを錯覚させ、我々に商談の価値があると思わせた」


「ハクメンは自分に注目を浴びさせ、他に目が行かないように誘導したということか?」


「〝光隠し〟によって我々は浮足立っておりました。帝国を落とし、戦後処理も大分進み、ようやく本格的に内部調査をし、先代の息のかかった者たちを炙り出し処断できるところで起きた事件。きっとラジエ卿もこの機がベストだと思い踏み切ったのではないかと」




 帝都には、まだ多くの『ヒュロン』がいる。先代の統制を望む者たちだっているだろう。




 それはまた火種になりかねず、できればすぐにでも見つけ出し一掃したかったが、それよりもまずは戦後処理に時間を費やす必要があった。




 今回の作戦では、『ガーブル』のみならず『ヒュロン』との合同作戦ということもあって、互いに牽制し合うことになったため、これまで時間がかかったといえる。




 そしてようやくそれも片が付き始め、火種の探索と排除に力を向けようとした矢先のことだったのだ。




「ニケ殿下のことも、そのためずっと後回しにしていました。そこにハクメンの登場。我々の目は内部調査やニケ殿下よりも、ハクメンに向いてしまった」


「そこを突かれた、というわけか」


「恐らくは」




 ドラギアは低い唸り声を出しながら険しい顔つきを浮かべる。




「……しかしハクメンが元々この帝都にいたならば、何故あれほどこの地の状況に詳しかった? 我々と同じ情報しか持ち合わせておらぬはずであろう?」


「ドラギア王、あなたは何故ハクメンが語ったことが真実だと仰るのですか?」


「む? どういう意味だ?」


「奴が嘘を吐いているとは考えられませんか?」


「嘘? ……しかしハクメンの言っていることは正しいとゼーヴも言っておったではないか」


「それですよ」


「ん?」


「もし……ゼーヴが帝国側であったら?」


「!? バカな! そのようなはずがない!」


「何故です? あの者はただの冒険者ですよ?」


「だが元『四天闘獣士』だ! このワシが最も信を預けておった人物だぞ!」


「それは昔の話です。今ではモンスター狩り日銭を稼ぐような乱暴者に成り下がっています」




 ヨーセンの痛烈な言葉に、ドラギアは思わず息巻いて反論するが……。




「現実を見てください、我が王よ。奴が敵だとすれば、すべてに説明がつくんです」


「し、しかしあやつは……我らとともに帝国を討ったのだ」


「それもすべてニケ殿下を奪還するためだとしたら?」


「くっ……バカな……そのようなこと……そもそも奴に利がないではないか。何のためにニケを奪還する?」


「それは…………莫大な報酬を約束されているのでは?」


「金でゼーヴが動いたと? では奴の相棒のジュラフはどうなる? こっちの調べでもずっと一緒に冒険者として旅をしていたのは間違いないのだぞ? いや……確かジュラフは元々帝国出身だったか?」


「その通りです。ジュラフとゼーヴ。奴らは最初からニケ殿下を奪還するために、帝国討伐に乗り込んできた。そう考えられませんか?」


「むぅ……ラジエとも繋がっているとお前は言うのだな? しかしラジエが消えた今、何故いまだに二人はこの帝都にいる? さっさと逃げれば良いものを」


「まだこの地で何かをするためか、あるいは二人にはまだ別の目的があるのやもしれません」


「別の目的だと?」


「ジュラフが帝王の座を狙っているのなら、この地から離れるわけはありませぬ。奴にとってニケ殿下を奪還した本当の理由は、いずれ機を見てニケを表舞台に出し帝国の復権。そしてヴォダラのように裏から帝国を牛耳る算段ではないでしょうか?」


「……それにゼーヴも加担している? ……バカな」




 いまだゼーヴの裏切りを信じたくないようで、ドラギアは目に見えて動揺している。




「王よ、今すぐゼーヴを捕縛し尋問するべきかと。ジュラフはともかく、同じ『ガーブル』ならば如何様にも引っ張ることができます。しかし猶予を与えれば、奴だけは逃げてしまいかねません。……ご決断を」




 ドラギアは苦しそうに顔をしかめ、しばらく悩み抜く。


 そしてしばらくして、ドラギアが意を決したかのように固く閉じられていた瞼を開いた。




「――ゼーヴを捕らえろ」






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