第164話 教師として

「どうだ? ちゃんと私の言葉が聞き取れているか?」


「!? ヨーフェルさんの言葉がスムーズに聞こえる……!」


「本当だわ。これってこのピアスの効果なの?」




 俺は二人に《翻訳ピアス》についての説明をした。




「それがないと、ココじゃ仕事が満足にこなせないだろうからな」


「これが? ……どんな仕事をすれば――」




 十時が当然の疑問を口にしたその時、扉からノックの音がして、俺が入室の返事をすると、向こうからお目当ての人物が入ってきた。




「……何だ、ニケも来たのか」


「む、余はダメであったのか?」


「別にそんなことはない。お前にも関係あることだしな」




 てっきりラジエとノアリアだけを呼び行ったと思ったので、ニケもいたのは予想外だっただけだ。


 十時たちが座っていたソファから立ち上がり、どこか表情を強張らせている。




 無理もない。ラジエやニケはともかく、ノアリアの風貌はどこかのお姫様みたいだから。本当にお姫様で間違いないのだが。ただし上に〝元〟がつく。




「ようこそ我が屋敷においでくださいました。私はノアリアと申します。こちらは弟のニケ。伯父のラジエですわ」




 いろいろややこしい身の上でもあるし、帝王の血筋や一国の大臣などという肩書を名乗らないようにしている。


 それにこの島では身分など関係もないし必要もないから。




「綺麗な人……」




 ぽ~っとノアリアを見つめていた十時が、そんなことを口にした。




「ふふ、嬉しいですわ。ありがとうございます。けれどあなただってとっても可愛らしいと思いますよ」


「ふぇ!? わ、わたしったら声に!? あわわわわっ!?」


「ちょ、落ち着きなさい恋音! 申し訳ありません、お見苦しいところを!」


「いいえ。突然このようなところへ来られたのですから驚いて当然です。聞くところによると、あなた方が私どもの依頼を受けてくださるという話ですが?」




 ノアリアが言いながら俺の方を見た。




「そうだ。俺が時間を割くより効率が良いと判断してな」


「あ、あの坊地くん? そろそろ詳しい説明がほしいのだけれど?」




 ということらしいので、とりあえず皆でソファに座って落ち着いて話をすることにした。




 俺、十時、十時の姉という順番でソファに座り、テーブルを挟んで対面にあるソファにはニケ、ノアリア、ラジエが腰を下ろしている。




「仕事の説明をする前に、まずは自己紹介はしなきゃな。……十時」


「は、はい! えとえと、わたしは十時恋音っていいます!」


「私はこの子の姉の愛香と申します」




 十時と違って、十時の姉はさすが大学生ということもあって落ち着いている。




「二人には、この島に住む連中に〝日本語〟を教えてやってほしいんだよ」


「に、日本語? でも……今喋れてるよね?」


「それは説明したろ? そのピアスのお蔭だって」


「! ということはこの人たちも異世界人なの?」


「そいうことだ。以前からノアリアたちがせっかくこっちの世界に住むなら、俺が喋ってる言語を学びたいって言うからな。ただ俺も仕事があるし、教師に時間を費やすのは難しいんだよ」




 ヨーフェルやイオルだけならともかく、これだけの人数を教えるとなるとキツイ。




「なるほど。だからこその《翻訳ピアス》なのね。コレがなければ日本語を教えることすら難しいものね」


「そういうことです、十時さん。意思疎通が図れないのに教えるも何もないでしょう」


「け、けど坊地くん、わたし……日本語を教えたことなんてないんだけど……」




 不安そうな十時。まあ俺だってそんな経験はなかった。


 でもやってみれば、意外にもそう難しくはなかったのである。それに……。




「十時は学校の成績もトップクラスだったろ? よく教室内で、クラスメイトに教えてたりもしてたし」


「あ……見ててくれたんだ」




 見てたというか目に入っていたというのが正しい。




「それに日本語だけじゃなくて、ある程度をマスターしたら他の教科も教えてやってほしいんだよ」


「他の教科?」




 ノアリアたちは、俺からこの世界の者たちが高い教育を受けていることを知った。異世界では貴族などの身分の高い者ならば、それなりの教育を受けるが、さすがに高等数学や化学などの授業はない。




 この世界の歴史や書物にも興味を示した彼女たちから、是非とも学びたいと申し出があったのだ。




 《翻訳ピアス》を与えれば、別に言語を学ばずとも勉強することはできるが、できれば自分で文字を言語を学びたいということらしい。




 特にこれはニケからの注文だった。彼はずっと軟禁状態で、学ぶ機会からも遠ざけられていたのである。そのためいつか外に出られるなら、いろんなことを学びたいと思っていたようだ。抑えつけられていた好奇心と知識欲が爆発したともいえる。




「なるほど。まずはこの方たちに書物などが読めるように教育を施せば良いというわけね?」


「その通りです、十時さん」


「それなら是非ともこの仕事、受けさせて頂きたいわ」




 意外にもかなり乗り気な様子。




「実はお姉ちゃん、大学は教育学部だから」


「そうなのか? 将来は教師?」


「うん。小学校の先生に憧れてるんだって」




 それはちょうど良い人選だった。ノアリアたちの学力は、この世界じゃ小学校低学年くらいらしいし。




 高い教育といっても、異世界には九々や分数の計算なんてもんはないし、国語などの作者の心情を紐解いて理解するような教育だってしてきていない。




 あくまでも文字や歴史を学び、貴族としての振る舞いに重きを置かれていた。故に主に芸術関連の知識は豊富だが、それ以外はサッパリなのである。


 平民の中には計算すらできない、文字も書けないという者も多いと聞く。




「十時も算数や理科とかなら教材さえあれば教えられるだろ?」


「う、うん……多分」


「だったら、愛香さんと力を合わせて、ノアリアたちの教師になってくれ」


「……うん、分かった。坊地くんが望むなら、わたし頑張ってみるよ!」




 そうして、ノアリアたちの教師が決まり、しばらくの間、十時たちがこの島に住むことになったのである。








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