第163話 仕事場は島で
転移してやってきたのは、目の前に広大な海が広がる浜辺だった。
俺が十時から手を離すと、十時は「あ」と名残惜しそうな声を出し、握っていた手を胸に抱きしめる。
「え……ここ……は?」
十時の姉が、突然周りの景色が変わったことに驚いて見回しながら声を絞り出した。
俺が説明しようとすると――。
「む? 気配がしたと思い来てみれば、やはり貴様だったか、ボーチ」
そこに現れたのはダエスタだった。
「メ、メイドさん……?」
十時も、明らかに島である場所にメイド服を着た人物がいることに驚いているようだ。
「ダエスタか、ちょうど良い。今すぐ爺さんと姫さんに会いたい。望んでいた人材を連れてきたってな」
「ほう? ではその者たちが……か? 幼い子供もいるようだが……」
「家族で引っ張ってきただけだ。それよりも……」
「ああ、了解した。ならばついてこい」
ダエスタが踵を返して島の奥へと入って行く。
「ぼ、坊地くん?」
「困惑するのは分かるが、ついきてくれ。十時たちの仕事場を紹介するから」
「え……ここが仕事……場?」
十時だけじゃなく、姉までもがさすがに衝撃を受けたような表情をしている。まあ無理もないだろう。
立て続けてに訳の分からないことがその身に起きたのだから。
俺はダエスタについて行きながら、世界中を飛び回っているソルに、例の酸の噴水について報せ、情報を集めるように通達した。
そして島の高台にデカデカと設置されている、違和感抜群な屋敷を見て、さらに言葉を失って固まる十時とその姉。
そんな彼女たちを引き連れて屋敷の中へと入っていき、そのまま客間で待機することになった。
ダエスタがラジエたちを呼びに行っている間に、説明が欲しそうな十時たちの期待に応えておく。
「まずはココがどこかを伝えておく。ココは日本から東南に位置する海の上の無人島だ。まあ今は無人じゃないがな」
「海の上? 無人島? ……どうやってここに来たの?」
「特別なアイテムを使ったんだよ。前に十時が見た空飛ぶ本と同種の科学を超えた不思議アイテムだ」
「そんなのもあるんだ……」
「何だか実際に自分が体験すると困惑するわね」
二人はいまだ戸惑いが消えないようだが、まひなは大きな屋敷が珍しいのか、イオルと一緒に走り回っている。しかもカザが面倒を見ている。どうもカザは子供が好きなようだ。
「そ、そういえば家は? 坊地くん、私たちの家はどこへ行ったのかしら?」
「落ち着いてください。大丈夫ですよ。ちゃんと俺が持っていますから」
「持って……る?」
「ええ。それもまあ……アイテムのお蔭なんですけど、どんなものでも収納できる効果があるんです」
「そんな便利なものまであるのね……正直、頭の中が混乱しっ放しよ」
「わ、わたしも……! でもじゃあ、家はいつでも取り出せるってこと?」
「ああ。元々家ごとここに持ち運ぶ予定ではあったからな」
十時が「そ、そうなの?」と尋ねてきたので、一度頷いてから答える。
「別に十時たちだけをココに連れてきて、家は放置でも良かったが、あんな話を聞いたからな」
「あんな話?」
「まーちゃん、この家で生活したいって言ったんだろ?」
「「あ……」」
二人して声を漏らす。
「だからどうせなら家ごと持ってくれば、何も問題はないと判断したんだ」
「坊地くん……まひなの想いを汲んでくれてありがとう」
「私からも感謝するわ。ありがとうね」
まあ、家が大事だという気持ちは俺にもよく分かるからな。親の思い出がたくさん詰まった家を失いたくはない。
それはきっと彼女たちもそうだろうから。母と離れて過ごしている幼いまひなは特に。
「でもいきなりビックリしたよ。あまりにも突然だったし」
「そうね。坊地くん、私たちを急いでココへ連れてくることになったのは、間違いなくあの噴水のせいよね? アレが何か知っているのかしら?」
「……カザ……ああ、あっちにいる和服姿の奴な。アイツは俺の部下みたいなもんなんだが、アイツに周囲の警戒を頼んでいた。すると少し離れた場所から水が突然噴き出たって報せがあったんだ」
「もしかしてそれが?」
十時の言葉に、俺は「ああ」と言って続ける。
「カザが調査したところ、どうやらアレは酸でできてるって分かった。しかも相当強い酸だ。いや、もう溶解液って言った方がしっくりくるか」
「溶解液……確かに、あの雨に当たった部分が溶けてたわよね」
「そう。もう少し遅かったら、こっちまで巻き込まれるところだったんですよ」
「そっか。だから坊地くんは、慌てて私たちを外に出したのね。現状の理解と、私たちの自宅を守るために」
十時の姉の言う通りだ。外に出れば、異常事態が起きていることが分かったはず。同時に彼女たちが家に待機中は、《ボックス》に収納することができないので、出てもらうしかなかった。
「じゃあまたわたしたちってば、坊地くんに助けられたってことだね。本当にいつもありがとう、坊地くん」
十時が申し訳なさそうな感じで礼を言ってくる。思うところがあるのは、恐らく助けられてばかりという部分にに引っ掛かりがあるからだろう。
「別にいい。十時たちはもう俺が雇った社員みたいなもんだしな」
「あ、それなんだけど、ココが私たちの職場になるんだよね? 一体何をすればいいの?」
「それなんだが、まずはコイツを渡しておく」
俺は二人に《翻訳ピアス》を手渡す。そしてそれを身に着けさせてから、ヨーフェルと会話するように言った。
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