第162話 酸の強襲

「悪かったな、まーちゃん、泣かせちまってよ」


「おにい……ちゃん?」




 俺は視線をまひなから十時へと移す。




「十時、俺はまだお前を信頼することはできねえ」


「っ! ……うん」


「だから俺の仕事を手伝わせるのは無理だ」


「…………うん」


「だが……」


「え?」


「だがお前の気持ちは十分に伝わった。お前に、ある仕事を任せても良いと思ってる」


「!? ほ、ほんと?」


「ああ。しかしその仕事を引き受けるとなれば、今の環境からガラリと変わることになる。そう簡単に知り合いにも会えなくなるが、それでもやるか?」


「ちょ、ちょっと待って坊地くん! それって私たち家族にも会えなくなるってことかしら?」




 堪らず声を上げたのは十時の姉だ。まあ当然だろう。




「そのことに関してですが、もし十時が仕事を引き受けるなら、お姉さんも受けてもらいたいんです」


「わ、私も?」


「ええ。ですがさっきも言ったように環境が変わります」


「……家族は一緒にいられるのね?」


「それは問題ありません」


「そう…………分かったわ。……恋音」


「お姉ちゃん……」


「私はあなたの望む通りにしていいと思うわ」


「いい……の?」


「ええ。あなたにはこれまで世話をかけたもの。少しくらい我儘を言ってもいいのよ」


「お姉ちゃん…………ありがとう」




 姉の優しさを受け、涙を浮かべた十時だが、すぐに腕でそれを拭い、意を決したかのように俺を見つめてきた。




「坊地くん、そのお仕事、引き受けさせて!」


「本当にいいんだな?」


「うん! 坊地くんのためになるなら、頑張ってこなすよ!」


「まーちゃんもがんばうー!」


「妹たちがそう言うのだから、私も全力を尽くすつもりよ」




 十時姉妹が満場一致。




「よいのか、マスター?」




 少し心配になったのか、ヨーフェルが尋ねてきた。




「ああ、本人たちもやる気だしな。それにあの仕事を任せるにはちょうど良い人選でもあるしな」


「……! まさかあそこに彼女たちを?」


「名案だろ?」




 俺たちはある問題……いや、問題とも呼べない些末なことではあるが、少し用立てる必要がある事項が存在していた。




 俺たちだけでもできないことではないが、人手があった方が何かと便利なのも確かだ。


 しかもその人手は、異世界人では叶わないこと。




 そんな中での申し出。ハッキリいって利用価値はあった。


 ただ本当に十時と会う時は、何かしらの問題が発生するのだから不思議だ。


 俺がトラブル体質なのか、はたまた十時がそうなのかは分からないが。




 するとその時だ。




〝大将! 少々厄介なことになったでござるよ!〟




 脳内に動揺を含ませた声音でカザが叫んできた。




〝どうした? 何があった?〟


〝例の噴水でござる。地中から噴き出ているのはただの水ではござらんかった〟


〝何?〟


〝この液体は――酸でござる! しかも現在、噴き出された酸が、雨のようになってここら一帯を溶解させ始めているでござるよ! その範囲はどんどん大きくなっていき、恐らく現在大将がいる場所まで届くかと。今すぐ避難されることを推奨するでござる!〟




 俺は思わずソファから立ち上がってしまう。




「!? マ、マスター? いきなりどうしたのだ?」




 俺が余程険しい顔つきだったためか、ヨーフェルが只事ではないことを察し聞いてきた。


 当然彼女だけじゃなく、十時たちも同様に不思議がっている。




「説明は後でする! 全員今すぐこの家から出るんだ!」


「え? あ、あの……坊地くん?」


「いいからさっさとしろっ! 手遅れになっちまう!」


「!? ……お姉ちゃん!」


「え、ええ……分かったわ。ほら、まひなおいで」




 十時の姉がまひなを抱いて、十時と一緒に玄関へと出る。


 すると「何なのあれっ!?」と、外へ出た十時の姉の声が響く。




 俺たちも玄関から外へ出て、十時の姉の視線を辿る。


 そこには、確かに天を突くほど吹き上げられた噴水が存在した。




 ……アレがカザが言ってた酸の噴水か。




 すると酸の雨は、すぐ目の前の建物まで迫ってきているようだった。


 酸を浴びた建物は、シュゥゥゥゥという音とともに徐々に溶けて削られていく。




「え? た、建物が……溶けてる?」




 ようやく現状の危うさに気づいたのか、十時が目を丸くしながら呟く。




 同時にそこかしこから悲鳴も聞こえてくる。十時たちのように建物内にいた者たちもいるはずだ。その連中は逃げる暇もなく、酸の餌食になってしまったのだろう。




「カザッ、いるか!」


「――ここに!」




 俺の言葉に従い、姿を見せた和服姿の奇妙な生物を見て十時たちがギョッとしている。


 ただまひなだけは、




「カブトマンだぁ!」




 と、嬉しそうな声を上げ、カザを指差した。




「カブトマンでござるか? うむ! 拙者はカブトマンにござるよー!」




 何故かノリが良いカザは、子供受けするようなポーズを取ってまひなの目を輝かせている。




「え、えと坊地くん? その人? ……って誰?」


「だから説明は後だ。今はとりあえずこの家を……」




 俺は十時たちが住む家に触れ、《ボックス》に収納した。以前俺の家を収納した時のようにだ。


 当然一瞬にして自宅が消えた現実に、十時たちが絶句しているが、今は彼女たちの感情に付き合っている暇はない。




「お前ら、今すぐ飛ぶぞ! ヨーフェル!」


「承知した!」




 俺の言いたいことを察し、ヨーフェルは、十時たちを一カ所に集め、彼女たちの手を取る。


 カザも俺の肩に手を置き、イオルも俺の腰にしがみつく。そして俺は近くにいた十時の手を取った。




「ふぇ……!?」




 突然手を取られたことで驚いたのか、頬を赤く染めて俺の目を見つめてくる十時。


 そんな彼女をよそに、俺はすぐさま《テレポートクリスタル》を使ってある場所へと転移した。








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