第161話 十時の恩返し

「キャンプで暮らした方が楽なんじゃねえか? 向こうはいっぱい人がいるし安全だろ」


「うん。けどまひながこの家がいいって。それにわたしも……大勢の人が集まってるところはちょっと怖くて」




 そういや、以前コイツはまひなとともに避難場所である公民館に身を寄せていた。そこで王坂の襲撃や、ダンジョン化といった立て続けの恐怖を受け、トラウマになっているのかもしれない。




 俺はそれでも周りに人がいる方が生存率は上がると思うが、十時の姉も認めていることらしいので、俺がとやかく言うことではないと思い、それ以上は何も言わなかった。




「あ、あのね、坊地くん」


「ん?」


「その……」




 十時がモジモジとし始め、言い辛そうな雰囲気を醸し出す。




「……トイレなら行ってこいよ」


「ち、違うもん!」




 あ、そうなんだ。てっきり催したんだって思っちまった。




「あ、えと……坊地くん」


「だから何だよ?」


「……わ、わたしも坊地くんのお仕事を手伝えないかな?」


「はあ?」




 いきなり何を言い出したんだコイツは?




「仕事って……モンスターと戦うってことか?」


「ううん、そっちじゃなくて……」


「商売の方か?」




 コクリと十時が首肯する。




「けどお前、さっき自分で商売なんかできそうもないって言ってたじゃねえか」


「う、うん。商売じゃなくって、商売をしてる坊地くんを手伝いたいって思ったの」


「手伝う?」


「ダメ……かな? お金の計算も得意だし、帳簿とかつけられるよ? その……学校に通ってた時は、生徒会で事務仕事もしてたから、資料整理とかもできるし」


「お前、生徒会入ってたのか?」


「うん、一年の頃からね」




 聞けば最初は庶務を経験し、書記、会計と役割をこなしてきたらしい。




 まあ、普通の商売なら売り上げや商品管理など、ちゃんとデータに残して整理するもんなんだろうが、ハッキリいって俺のしている商売にそんなものは必要ない。




 だって税金なんて払わなくても良いし、商品管理なんて《ボックス》に入れていればいいし、欲しいものはすぐに《ショップ》スキルで手に入る。 


 なので帳簿や事務処理なんかもまったく必要としていないのだ。




「悪いが間に合ってるな」


「そ、そう……なんだ」




 明らかに目に見えてガックリと肩を落とす十時。




「にしても何で急にそんなことを? 今の仕事や生活に不満でもあるのか?」


「ううん。そうじゃなくて……坊地くんの力になれればって思ったの」




 またそれか……。




「あ、でもこれは罪悪感とかじゃないよ!」


「は?」


「わたしはね、恩返しがしたいの」


「恩返し?」


「うん。坊地くんにはいろいろ助けてもらった」


「それは……たまたまだ」


「たまたまだって良い。結果的にわたしたちは助けてもらったんだもん。それに……坊地くんの後姿を見て、わたしはたくさんのことを教えてもらったし」


「俺は何かを背中で語った覚えはねえぞ?」


「ううん、ちゃんと教えてくれたよ。そしてわたしは学ぶことができた。わたしは自分が納得できる生き方をしたい! もう納得できないことに屈したくないの!」




 コイツ……親父と同じことを……!




「それを教えてくれた坊地くんに恩返しがしたい。そしてあなたに……少しでもいいから近づきたい」


「お前……どうしてそこまで……?」




 何だかコイツ、会う度に変わっている気がする。学校に通ってた時は、ただただ周りに流されるだけの、どこにでもいるような弱い人間だったのに。




 今じゃ、何か一本筋が入ったような、逞しさを持った人間へと成長している。




「わたしは自分の弱さに負けない自分になりたい。そのためにはきっと、坊地くんの傍に居る方が一番だって思ったの。……身勝手なことを言ってるのは分かってる。坊地くんにとっては、一度裏切った人物だから。信じられないのも分かってる。でも……でも、もう一度チャンスが欲しい。わたしを……信じてもらえるチャンスが!」




 いつの間にか、周りが静かになっていた。その場にいる全員が、俺たちに注目していたからだ。




 十時が、微塵も揺らぐことのない真っ直ぐな瞳を俺に向けてくる。その瞳に嘘はない……と思う。だが……。




「……俺は、人間を信頼しないし期待しない。もう……できないんだ」


「! ………」


「だからお前がいくら言葉を尽くそうが、はいそうですかって納得なんてできねえ」


「そう……だよね」




 するとそこへまひなが俺のもとへ駆け寄ってきて膝に抱き着く。




「おにいちゃん! あのね! あのね! おねえちゃんは、いつもがんばってうの!」


「……まーちゃん」


「いつもね、いつもね、いってうよ? おにいちゃんのちからになりたいって! だからがんばってうって!」




 涙ながらに訴えかけてくるまひな。




 止めてくれ……俺が君を泣かしてるみたいじゃないか。




「だからね! だから……ね……おねえちゃんをね…………ゆるして……ほしい……の……っ!」




 この子は歳の割に賢い。きっと俺の態度から、俺が十時に対して良く思っていないことを察していたのかもしれない。




 あるいは十時自身が、俺に対し悪いことをしたということを告げていたか……。




 どちらにしろ、まひなが十時のことをどれだけ大切に想っているかは伝わってくる。


 俺はそんなまひなを見て、軽く溜息を吐くと、彼女の頭を優しく撫でつけた。




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