第160話 カザからの不穏な情報

「あら、ヨーフェルさん、もしかして日本語を話せるようになったの?」




 驚いた声を上げる十時の姉に向かって、ヨーフェルが首肯する。




「アア、スコシダケ」




 そうなのだ。実はヨーフェルとイオルの二人、日本語を覚えたいというので教えたのである。


 二人は飲み込みが物凄く早く、短期間で日常会話くらいなら問題ない程度まで成長した。




「え? ヨーフェルさんお話できるようになったの! わ、私ともお話してください!」


「イイゾ、コイネ。ワタシモ、キミトハナスノ、タノシミニシテイタ」


「わぁ、本当に凄い! あのですね、いろいろ聞きたいことがあって、いいですか?」


「ウム、ナンデモキイテクレ」


「ふふ、じゃあ私も入れてもらおうかしら」




 どうやら女子会が始まったようだ。




 そういやヨーフェルも、こうやって他の人間とコミュニケーションを取ることがなかった。何せ言葉が通じなかったのだから仕方ない。




 だからか、どこか楽しそうに十時たちと談笑している。


 俺は話し声が途切れることのない空間で、静かに紅茶に舌鼓を打つ。




 人間は嫌いだし、いまだに信頼なんてできるはずもない。




 しかし何度も密に接触したせいか、十時たちと会うことに、それほど抵抗がなくなっていることにも気づく。




 それはきっとコイツらが……ヨーフェルやイオルが、彼女たちと楽しそうに接しているからかもしれない。




 まあ十時たちが悪い奴らじゃないのは分かってんだけどな……。




 それでもやはりどこかで信じ切れない自分がいる。この人間不信の病は、きっと今後も完治することはないだろう。




〝おーい、大将。ちょっといいでござるかな?〟




 その時、カザから《念話》が届いた。




 彼はシキのように俺の影に潜って身を隠せないので、この家の外に配置して護衛をしてもらっている。何かあれば連絡を寄越す手筈になっていた。




〝何かあったか?〟




 少し緊張して問い質す。




〝電柱の上から街並みを見回していたのでござるが、少々厄介な現象が起きている個所を発見したでござるよ〟


〝厄介な現象?〟




 聞けば、ここからそう遠くない場所に工事現場跡があるのだが、そこから噴水のように水が天高く噴き出ているとのこと。




〝水道管が破裂したとかじゃないのか?〟


〝にしては水の勢いが異常でござるな。恐らくあれは……〟


〝異世界関連、か?〟


〝左様。距離も近いでござるし、どうされる?〟




 さて、どうしたものか。その噴水が周囲にどんな影響をもたらすかは分からない。距離が離れているなら放置しても問題ないかもしれないが……。




 俺は十時たちを見て目を細める。




 もしこの家に影響が出たら、まひなもまた悲しんでしまうかもしれない。そのせいでイオルやヨーフェルも残念がるだろう。




〝……カザ、許可を出す。今すぐ噴水のもとへ行って調査しろ。こっちはシキもいるし気にするな〟


〝承知したでござる〟




 護衛役にはシキやヨーフェルもいるし、ここは問題ないだろう。




「坊地くん、どうかしたの?」


「ん? 何がだ十時?」


「何かあったような顔をしてたから。……やっぱり、わたしと一緒にいるのは……嫌?」




 十時だけでなく、自分以外の人間と長い間一緒にいるのは確かに嫌だが……。




「そういうわけじゃねえよ。ただちょっと仕事のことで、な」


「仕事? 坊地くん、お仕事してるの?」


「まあ、ある奴の手伝いをしてるだけだ」


「手伝いって何?」


「商売とか、モンスターの討伐だな」


「商売はともかく、モンスターと戦うのって危険じゃない?」


「お前も前に見たろ。俺はそこそこ強い」


「そうだけど……」


「そしてその見返りに、食料とか生活必需品を分けてもらってる」




 もちろん嘘だが、こう言っておけば、俺が他人に食料を分け与えられるくらいの余裕のある生活をしていることに説得力がつくだろう。




「……やっぱり坊地くんは凄いよね」


「凄い?」


「うん……それに比べてわたしは毎日の生活で手一杯だよ」


「普通はそうだろ。いや、こうして生活できている時点で大したもんだ。今はどうやって食料調達をしてんだ?」


「あ、えっとね、この近くに大学があるの知ってる?」


「……ああ」




 以前鳥本として足を踏み入れた場所だと思う。そこでは家がダンジョン化して住めなくなった者たちが集まってキャンプを作っていた。


 あれも一種のコミュニティといえるだろう。




「そこで畑仕事とか家事の手伝いをしてる」




 十時の姉もそうらしい。そこで彼女たちも、仕事の見返りとして食料などをもらっているようだ。




「お前だって立派に仕事してんじゃねえか。俺だけがすげえってわけじゃねえよ」


「ううん。坊地くんは凄いよ。わたしだったら、モンスターと戦うなんて絶対にできないし、商売だって上手くやれないと思うし」




 コイツは自分に自信を失ってるっぽい。まあ、俺に対する罪悪感が強いから、変に俺を持ち上げ過ぎているだけとも言える。




 ハッキリ言って俺は他者から見ても異常だろう。わざわざ命の危険を犯してモンスターと戦うような奴はそういない。




 そんな俺と比べるなんてする必要はないのだ。十時がしていることこそが、一般的に見て普通で立派とも言えるのだから。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る