第158話 男たちの懸念

 一方その頃、『平和の使徒』の拠点に建てられた酒場では、二人の男が顔を合わせていた。




「あん? 新興宗教だぁ?」




 水で割ったウィスキーが入ったグラスを傾けながら声を発したのは――崩原才斗である。彼は『イノチシラズ』というコミュニティのリーダーであり、最近街の平和を守る『平和の使徒』と同盟を結び、ともに活動を行っていた。




 そしてそんな彼と隣り合わせに腰かけている男こそが、『平和の使徒』のリーダーである大鷹蓮司で、元傭兵という異色な経験を持つ人物だ。




「ああそうだ。少し前から街中の女たちを集めて活動してる」


「ちょっと待てよ。それってただのコミュニティじゃねえのか?」


「まあコミュニティでもあるけどな、ただその理念がちょいと物騒でな」


「物騒?」


「男の排斥を謳ってんだよ」


「何でそんなこと……?」


「さっき街中の女たちを集めてるって言ってたけどよ、そのほとんどが男に傷つけられた被害者の集まりみたいなんだわ」


「マジかよ……」




 才斗は苦々しい表情を浮かべたまま酒を一口飲む。




「こんな世界になっちまって、タガが外れた男どもは多い。警察も機能してないしな。調べたところによると、強姦事件はもう日常化しちまってるほど多いんだ」


「……ったく、くだらねえことしやがる」




 世界が変貌を迎えてからというもの、より人間としての本能や欲が浮き彫りになってしまった。




 特に男たちは有り余る性欲を抑えようとはせずに、女を攫っては欲望の捌け口として利用しているのだ。




 本来なら警察が取り締まることで抑制されるのだが、警察はもう当てにならず、無法地帯となっている状況から起こってしまっている事件である。




「教主と名乗る女もまた男どもに大切なもんを奪われた奴らしくてな。神の導きを説きながら、男がどれほど醜く汚いもので、この世に不必要な存在かって言って、女たちを引き入れてるらしい」


「教主……ねぇ。そいつの素性は分かってんのか?」


「素顔を隠してやがってな。いまだ不明だ。ただそいつらの宗教名は分かってる」


「何だ?」


「――『乙女新生教』」


「はぁ、何とも大げさな名前なこって、ははは」


「才斗、笑い事じゃねえぞ。そいつらによって、男どもがもう何十人も処刑されてんだ」


「嘘だろ!?」


「マジだ。お前のコミュニティも、ようやく数も増やしてきたとこだろ? ……気を付けろよ。お前のコミュニティのほとんどは男なんだからよ」


「っ……ああ、チャケにも伝えとくぜ」




 チャケというのは、才斗が信頼する相棒であり無二の親友だ。




「それと虎門シイナとは連絡を取れるか?」


「あ? 何でアイツと?」




 才斗は蓮司の言葉に訝しみながら聞いた。




「おいおい、アイツだって女なんだろ? もし向こう側につかれたらどうする?」


「それは……最悪だな」




 才斗は以前、虎門シイナと仕事をこなしている。その仕事は、彼女がいなかったら失敗に終わっていたのは間違いない。


 それに彼女自身の強さもさることながら、その彼女の護衛役であるモンスターたちの強さが異常だ。




「とてもじゃねえが、アレと渡り合おうって思ったら大規模な戦争になっちまうわな。アイツと戦うならそこらのヤクザと抗争してた方がマシだぜ」




 それを実感している才斗は、軽く身震いをしてみせた。




「とにかくそういうことだから、できれば連絡を取って『乙女新生教』について伝えておいてくれ。できれば引き込まれないでほしいんだがな」


「多分大丈夫だと思うけどな。アイツは強え信念を持ってる奴だしよ。ま、でもとにかく了解したよ、旦那。じゃあこっちはさっそく動いてみるわ。何かあったらまた連絡寄越してくれや」




 そう言うと、才斗は椅子から立ち上がり酒場から出て行った。




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