第157話 イオルの願い

 カザを仲間にしてから三日後のことだ。皆で朝食を食べたあとに、イオルから湖の方へ足を延ばしてほしいと申し出があった。




 一体何があるのかと聞くと、それは向こうについてからの楽しみと言われ、とりあえず俺は彼と一緒に湖へと向かったのである。




 そして――。




「コイツは…………壮観だな」




 それまで何の飾り気もない湖がそこにあった。


 しかし今、その湖の周りには色とりどりの花が埋め尽くし、美しい光景を作り出していた。




「凄いじゃねえか、イオル! これは大したもんだ!」


「えへへ……あとね、こっち」




 俺の手を引きながら、イオルが湖を覗き込んでほしいと言ってきた。




「わっ、すっげえ透明度……!」




 前までもそれほど強烈な濁りはなかったものの、今みたいに底まで見えるくらいの透明度はなかった。




「これ、《スキトーリソウ》のおかげ」


「ああ、確か湖の底に植えたんだっけか。すげえな、こんな短期間でこれほどまでに綺麗になるのか」


「このじょうたいになれば、ふつうにのむことだってできる」




 聞けば煮沸消毒すら不必要なのだそうだ。




 モンスターたちも、綺麗な水を飲むことができるし喜んでいるらしい。またこの水は栄養分も豊富で、畑の作物の成長度も促すことが可能とのこと。




「はは、マジで大したもんだよ!」




 そう言いながらイオルの頭を撫でてやると、彼は嬉しそうに目を細める。




「それに《プラントマン》たちもよくやってくれた」




 イオルの傍で隊列を成している《プラントマン》たちも嬉しそうに飛び跳ねていた。




「イオルに任せておけば、この島から緑が絶えることはねえな。これからも頼むぞ」


「うん、がんばる! あと……それとね」


「ん? 何か要望でもあるのか?」




 今回の件もそうだが、本当にイオルは頑張ってくれているし結果も残しているので、多少の我儘くらいは聞くつもりだ。




「その……まえにヒロさまにもらったやつのことで」


「前? ……ああ、もしかして《何でも言うことを聞く券》のことか?」


「う、うん。それ……つかっていい?」


「いいぞ。あれからもう結構経つから忘れてんじゃねえかって思ってたからな」


「ここのしごとがひとだんらくしてから、ってきめてたから」




 本当にこの子、七歳ですか? 大人より大人なんですけど?




 多分将来は立派な社畜に……いやいや、俺はこの子をそんなふうに育てるつもりはねえけどな。できればこのまま純粋に、やりたいことができる立派な大人になってほしい。




「分かった。んで? 何を望むんだ?」


「……まーちゃんに……あいたい」


「え? ま、まーちゃん?」




 それって……まあ一人しかいないわな。




「あーそうだなぁ……」




 まひなに会いに行くということは、もちろんあの姉妹にも会うことに繋がるわけだ。


 確かにあの姉妹には、この子が世話になったってのもあるし、この子は物凄くまひなに懐いている。




 できれば俺は十時と会いたくないのだが……。




 この際、ヨーフェルに任せて会いに行かせればいいかもしれない。




 けどなぁ……。




 気になるのは十時と関わると、何故かトラブルに巻き込まれることが多いのだ。


 王坂の件についても、イオルの件についても。




 アイツがトラブルに愛されているのか、それとも俺がそうなのかは分からないが。


 だからできるだけ避けたい相手ではあるが……。




 イオルが懇願するような眼差しで見上げてきている。


 恐らくもっと早くまひなに会いに行きたかったはずだ。だがイオルは、俺のために湖での仕事を一段落させるまで我慢しようと心に決めていたのだろう。




 その何と健気なことか。《何でも言うことを聞く券》がなくとも、是非とも叶えてやりたいことではある。




「…………分かった」


「! ほんと!」


「ああ。けど本当にそんなんでその券を使ってもいいのか?」


「え?」


「他にもっと大きな願い事とかねえのか?」


「……ぼく、おねえちゃんがいて、ヒロさまがいて、みんながいて、いっぱいしあわせだよ。だからほしいものなんて……もうない」




 何て良い子っ!? 




 ヨーフェルが自慢げにするだけはある。他人の俺でも、この子を愛おしく思ってしまうほどに素直で優しいから。




「……そっか。分かったよ。今すぐ行きてえか?」


「……うん。あ、あのね、ヒロさま……もいっしょ?」


「え? あー…………一緒に行くよ」




 だからそんなに捨てられた子犬のような目で見てこないでくれ。


 ヨーフェルに任せようと思ったが、ついてきてほしそうなので断れなかった。




 俺は《念話》でヨーフェルに事情を説明すると、ちょうどシキとカザと鍛錬をしていたようで、それを切り上げてこちらにやってきていた。




 ヨーフェルは、すでに湖のことを知っていたようで驚いていなかったが、シキとカザは二人で感嘆する。




 そして後をイズに任せて、俺たちは《ジェットブック》に乗って、十時の自宅がある場所まで向かったのだった。








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