第156話 カザの実力

「……これは厳しいかもしれないな」




 だからこそ、ヨーフェルからそんな呟きが漏れ出るのも仕方のないことだった。


 ただソルはそこまで賢くはない。元々直観で動くタイプの子だから。




 故にいまだ甘く見られていると思い、怒りをその胸に行動していたのだ。


 ソルが見せたのは全身の炎化。




 それは敵だった時のブラックオーガ戦で見せた彼女の奥の手。


 そのままソルは、カザを翻弄するかのように飛翔し、真っ赤な弾丸となってカザに突撃を仕掛けた。




「ふむ、それは少し熱いやもしれぬな」




 組んでいた腕を上げると、飛んでくるソルに向かって指で何かを弾くような仕草をした。




「――ぷぅっ!?」




 直後、ソルが何かにぶつかったかのように弾かれた。


 それを見て、カザは再び何度も指を弾く。そしてその度に、ソルがどんどん後方へ飛ばされていく。




「何だ? ソルは何をされてんだ?」


「恐らくは《指弾》……でしょうな」




 シキが言うには、カザは指を弾くことで、空気の塊を弾丸のように飛ばしているらしい。


 え、そんなことってできんの?




「シキもそうだけど、やっぱAランクってとんでもねえなぁ」


「いえ。それがしの場合は、元々Bランク。Aランクに上がったとはいえ、地力はカザ殿には敵いませぬよ」


「そうなのか?」


「もちろん相性もありますが、同じタイプで地力勝負でしたら、それがしはカザよりも格下なのは確かですな」




 どうやらAランクに上がったモンスターと、元々Aランクのモンスターとでは、格差があるとのこと。




 シキの言う通り、それでも相性などで勝利を得ることは可能だが、ステータス上では明らかに劣っているという。つまりブラックオーガの方が、シキよりもステータス上では強い。相性が良かったからシキに分があったというわけだ。




「ぷぅぅぅ~」




 カザの《指弾》を全弾その身に受け、地上で目を回していた。これでソルは戦闘不能である。




「さて、残りはお主だけでござるが……どうする?」


「っ……あなたが私よりも圧倒的に強いことは理解している。しかしせめてその刀の一本くらいは使わせねば、これまで修練に付き合ってくれたシキ殿にも申し訳が立たない」




 そう言いながら弓を構える。




「その意気やよし! ならばかかってくるでござるよ!」




 ヨーフェルには《幻術》があるが、果たしてどこまで通用するか……。


 するとヨーフェルがさっそく三十人ほどに分身して見せた。




「ほほう、これは面妖な」




 カザも驚いている……ようには見えるが。ただ焦ってはいないようだ。




「しからばその幻、散らして見せるでござる」




 六本の腕を広げ、それぞれが《指弾》を放つ。それはまるでマシンガンのような勢いで、次々とヨーフェルの幻を撃ち消していく。




「くっ……!」




 このままでは本体も巻き添えを食らうということで、ヨーフェルは天高く飛び上がった。


 この一連の動きは、以前シキと模擬戦した時とそっくりだ。




 あそこから千にも及ぶ矢を放つのが彼女の作戦……か?




 空に浮かぶヨーフェルが矢を引く。やはりあの時と同じか……と思った矢先、カザは頭上に在るヨーフェルには目もくれずに、背後から撃ち放たれた矢を、あろうことか手掴みで止めたのである。


 そのまま矢を投げ返し、幻のはずのヨーフェルは何故かその場から左へ飛んで回避した。




「えっ!?」


「どうやら幻は頭上の方で、本体はカザ殿の後ろへ回っていたようですな」




 シキの言う通り、空に浮かんでいたヨーフェルは煙のように消失し、先程矢を避けたヨーフェルは悔しそうに顔を歪めて片膝をついていた。




「……どうして私の本体が分かったのか聞いても?」


「――――勘!」


「「「「……はあああああ!?」」」」




 てっきりもっとこうカッコ良い感じの答えを期待していたので、思わず俺だけじゃなく他の者たちも声を上げてしまった。




「勘……なのか?」




 ヨーフェルもまた、予想外の答えに唖然と聞き返していた。




「ワッハッハ! 勘とはいうがそうバカにしたものではござらんよ! 戦人の戦場においての勘というものは、いわゆる鼻が利くというものに相当する。それが九死に一生を得たり、闇の中の一筋の光明となることもある。故に、拙者はこの力をこう呼んでいるでござる――《極見きわみ》と」


「きわ……み」


「そう。全身で感じ、全身で見る。そして自分にとっての最適解を得る。それが《極見》。拙者の奥義の一つでござる」


「そ、それは私でも身に着けられるものなのか!?」


「無論。誰にも五感というものが存在する。それらを最大限に発揮し昇華させたものが第六感と呼ばれるものでござる。そしてこの《極見》は、その第六感のさらに深淵にあるもの。鍛えれば必ず手にできる才でござるよ」




 へぇ、そんなものがあるのか。なら俺にも修練すれば使えるようになるのかね? そんなファンタジーっぽい力が?




 まあ今更ファンタジーを疑うつもりはないが、さすがに自分の能力に関してのことだから、どうにも信じられない気がする。




「ふむ。《極見》か、いいことを聞いた。それがしも身に着けるべきものだな」




 どうやらシキにとっては目から鱗だったようだ。その瞳は、子供が新しい玩具を見つけたように輝いている。




「さて、まだやるでござるかな?」


「……いいや。まいった」


「ほう……?」


「これ以上は上手く戦えん。ただカザ殿、できればお願いがあるんだが」


「ふむ、聞こう」


「どうか私にその《極見》とやらを習得するために修行をつけてはくれないか?」


「……それがしも頼みたいな」


「ぷぅ~! ソルだって、もっともっとご主人のお役に立ちないのですぅ!」




 ヨーフェルに続き、シキやソルまでもが名乗り出た。




「……イズはいいのか?」


「わたくしは戦闘タイプではありませんから。それにか弱い女を演出した方が得ではありませんか?」




 演出って言っちゃったよ……。まあ男にとっては守ってあげたいと思えるような女性はポイント高いかもしれないが。




「ふむふむ、良いでござるよ! しからばこれからさっそく修行といくでござる! さあ、ついて来るでござるよー!」




 急に走り出したカザに、ソルたちが一斉に後を追っていく。




 今日は久々に鳥本としての仕事をしようかって思ってたんだけどなぁ。




 護衛役が全員いなくなったのであれば、さすがに一人で向かうのは危険かもしれないし止めておく。




「……ま、たまにはのんびり羽を伸ばすか」




 この前、ずいぶんと稼いだので、今日くらいはお休みにして、島で悠々自適に過ごすことにしたのであった。






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