第153話 何でも言うことを聞く券

「そ、そうだな、うん。……誰にするか」




 俺が悩んでますといったような言葉を発すると、彼女たちの戦いが始まってしまった。




「ソルです! ソルなのです! ソルはイズたちをちゃ~んと守ったのですぅ! それに情報収集だってしましたですよぉ!」


「いいえ、ソル! その持ち帰った情報を分析し、効率よく作戦を進められるように作戦を立案したのは、このわたくし――イズですわ! それにわたくしの歌が無ければ、これほどスムーズに作戦は遂行できなかったはず!」


「ソルですもん!」


「わたくしですわ!」




 いつものごとく、二人は顔を突き合わせて火花を散らしている。


 本来は見慣れた光景で、シキやヨーフェルが止めたりするのだが……。




「それがしはずっと殿のお傍で力を尽くしていた。殿と背中合わせにして敵と戦ったのはそれがしのみ。これは殿のそれがしへの信頼が成せる行為そのものだという証に他ならぬ!」


「シキ殿、確かにあなたの動きは見事だった。しかし今回、目的であるニケ殿をマスターは私に預けられた。これこそ何よりも信頼されている証拠ではないだろうか?」


「むむむ、信頼においてそれがし以上だとは、言うようになったではないかヨーフェル殿」


「私だってそうそういつも負けてばかりはいられないぞ、シキ殿?」




 何故かこの二人までバチバチなんだけども……。




 するとそこへ――クイクイッと袖口が引かれる感触を得る。


 見ればそこには捨てられた子犬のような顔をしたイオルがいた。




「ヒロさま……ボク、がんばった……よ?」


「…………イオルに決定!」


「「「「なにぃぃぃぃぃっ!」」」」




 全員が信じられないという面持ちで俺を見る。


 だってしょうがねえだろ。こんな可愛い子供がねだってくるんだから。




 それに……だ。




「イオルは今回、倒れるまで頑張ってくれた。お前たちも大人なら、ここは認めてやるくらいの器を見せるべきなんじゃねえか?」




 俺の言葉を受け、さすがに反論の余地がないのか、全員が振り上げていた拳を下ろす。




「ぷぅ……ソルだってまだ子供でぷっ」


「お黙りなさい。ここはイオルに花を持たせてお上げなさいな!」




 ソルが何やら文句がありそうだったが、イズがその口を塞いでナイスファインプレイを見せた。


 そうして今回の特別報酬はイオルに与えることになったのである。




 皆が羨ましそうにイオルを見つめる中、俺はこの子に告げた。




「特別報酬、それは――コレだ!」




 俺は懐からチケットのような紙を取り出した。


 そこにはこう書かれている。






『何でも言うことを聞く券 (一回使い切り)』






「なんでも……?」


「おう、何でもだ。ただ俺ができるようなことだけな?」




 前に特別報酬を与えると言ったはいいものの、実際何をすれば喜ばれるか分からなかったので、だったら本人から望みを聞いてそれを叶えようと思ってコレを作っておいたのだ。




 それによく親父もコレを餌に俺を扱き使ってたような気もするしなぁ。




 絶対に負けない勝負をして、俺に家の手伝いや仕事の手伝いをさせてやがった。


 けど子供の俺は、そんな親父の思惑なんて悟る力もなく、ただただ甘い罠に食いついただけ。




 しかしこの〝何でも〟というのが甘美な響きで、俺は手に入れたら何をしてもらおうかとか考えるのが楽しくて仕方がなかったのを思い出す。




 単純にお小遣いを上げてもらうのもいいし、ゲームを買ってもらうのもいい。旅行に連れて行ってもらうのも捨てがたい。などなど、やりたいことが多い子供にとっては何よりの宝物に見えたものだ。




 それはイオルも同じようで、キラキラとした瞳で券を凝視している。今彼の脳内では、いろんな楽しいことが駆け巡っていることだろう。




「ぷぅ~、何でも……ご主人に……う、う、羨ましいのですぅぅ~!」


「くっ! そのような至宝を得られぬとは! このシキ、一生の不覚!」


「はぁぁぁ……主様に何でも……ああ、それさえあれば主様としっぽりと……フフフフフフフ」




 ソルとシキはともかく、イズが物凄く怖い。彼女に渡らなくてどこかホッとするほどに。




「ふっ、良かったではないかイオル。マスターのご厚意だ。遠慮せずに本当にしてもらいたいことを叶えてもらうのだぞ?」


「おねえちゃん……うん! ちゃんとかんがえる!」




 その中でやはり弟が嬉しい顔をしているのが嬉しいのか、ヨーフェルだけはそれほど悔しさを露わにしていなかった。


 それよりも弟が選ばれたことに対し鼻が高いのかもしれない。




「ヒロさま、いまはちょっとおもいつかないから、あとででも……いい?」


「おう、いつでもいいぞ。それはもうお前のもんだ。大切に使え」




 それにこの子ならそう無茶な願いなどしてこないだろうしな。


 五百億が欲しいとか、この島の主になりたいとか言わないだろう。……言わないよね?




 他の子供より賢いところがあるから、大人びた願いごとになるかもしれないと思うと、ちょっと怖くなってきた。




 いや、クソ真面目が服を着ているようなヨーフェルの弟で、本人も良い子だから信じてはいるけどな。


 ただイオルの願いを聞いて、さっそく後悔してしまうことになるのを、今の俺は知る由もなかった。








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