第150話 生き方
「まあ貴様らの言うことももっとだが……なあキリエ、どう思う?」
「ダエスタの気持ちは分かるわ。けれどノアリア様とニケ様がお喜びになっている。それだけいいのではなくて?」
キリエに促され、ダエスタが顔を綻ばせているニケたちを見る。
「……そうだな。ようやく得られた平和だ。我らはただ、あの方たちを生涯守り抜けばいいだけか」
「ええ、そういうことよ」
幼馴染同士だと聞いていたが、なるほど、確かに言葉のやり取りから親密度が窺えた。
そこへラジエが近づいてきて、深刻そうな表情で尋ねてくる。
「昨日の夜にも少し聞いたが、この島がダンジョン化する危険性はないんじゃな?」
この世界のあちこちで、ダンジョン化が起きていること、ラジエたちのような異世界人が次々と飛ばされてきていることなどを伝えていた。
「その心配はねえよ。まあ、モンスターの襲撃がないかっていえば、それは定かじゃないが」
実際に空に浮かぶSランクのモンスターも見たし、この海のどこかにモンスターが棲息している可能性だってある。そいつらがこの島に辿り着くということも十分考えられることだ。
「最悪のことを考え、逃げ道を用意しておくに限るが……」
「そういう時のためのアイテムももちろんあるぞ。お安くしとくが、どうだ?」
「ほっ……若くても商人じゃな。ならば購入しておくことにしよう」
もしもの時のために必要な商品を、俺が厳選しラジエに売りつけておいた。これでたとえSランクが襲撃してきたとしても、僅かな時間さえあれば逃亡くらいはできるようになっただろう。
「そういや爺さんは、もう宮殿には戻らねえのか?」
「恐らくあれから儂の姿が見えないということで怪しまれてもおるじゃろうな。今戻れば査問委員会にかけられ、恐らく弁明は難しい。拷問の末、殺されることが目に見えておる」
「……ドラギアはそこまで冷酷か?」
「儂らのような『ヒュロン』には特にのう」
「それでよく手を組んで帝国を討とうなんてできたもんだ」
「勢力図的には『ガーブル』の方が圧倒しておったからのう。いくらでも御せると思っておったに違いない」
ドラギアという男は相当な自信家なようだ。
「それに今回の件がなくとも、近いうち必ずドラギア王は帝都から『ヒュロン』を追放、もしくは処刑しておったはずじゃ」
「そこまでか?」
「うむ。ドラギア王は究極的な種族主義者だ。また身内しか信頼せぬ武闘派で、戦こそ力、力こそ正義と謳う御仁じゃしのう」
「それは何とも……面倒な奴だったんだな」
「お主がもし『ヒュロン』……人間じゃったかの、今のその姿で来訪しておったらどうなっておったか」
間違いなく商談どころの話ではなかっただろう。たとえあのゼーヴって奴の口利きがあったとしても……。
「そういやあのゼーヴって奴のこと知ってるか?」
「冒険者のゼーヴか? 当然知っておる。彼の者は『戦狼』として名を馳せておるからのう」
「へぇ、冒険者としての地位を確立してるってわけだ」
「いいや、『戦狼』とは彼がまだドラギア王に仕えていた時に与えられた二つ名じゃ」
「!? アイツ、宮仕えだったのか?」
その性格や立ち振る舞いから、てっきり生粋の冒険者だと思っていた。
「ああ見えて元【アグニドラ王国】の貴族で、その実力から最高戦力の一人として『四天闘獣士』に数えられるほどの人物じゃったぞ」
「度々聞くが、その四天なんちゃらはそんなに強いのか?」
「一人一人がAランクないしBランクに位置付けされる猛者たちじゃ」
つまりソルやシキと同格というわけか。最高戦力と言わしめるほどはある。
「何でそんな地位や権力を捨てて、ゼーヴは冒険者に?」
「さあのう? そればっかりは分からぬが、いつか彼が儂に言っておったことがある」
「言ってたこと?」
「『間違ってるってことを堂々と間違ってるって言うための強さが欲しいんだ』……とのう」
俺はその言葉を聞いて眉をひそめた。
そんなにも難しいことなのだろうか。間違っていることを正そうとすることは……?
いや、そうかもしれない。実際に俺だってそういう現場にいたじゃないか。
王坂が支配する学園の中で、たった一人迫害を受けていた俺。
そんな俺を見て、少なからず思ったはずだ。
この状況は正しくない。間違ってると。
しかしそれを口に出す者はいなかった。間違っていると分かっていても、その勇気がなかったのだ。
俺だったら自分が納得できない場合、相手が誰であろうと関係なく抗うつもりだが、それができない人間の方が多いのかもしれない。
人間は弱い。自分を守るためには、切り捨てたくないものだって切り捨てないといけない時もある。
それは友人や恋人や……家族だったりもする。
俺はそんな人間の弱さが嫌いだ。一度繋がったはずの糸を一方的に断ち切ろうとする行為が嫌いだ。なら初めから繋がろうとしてくるなと言いたい。
いつか親父が言っていたことがある。
『一度信じた相手はとことんまで信じる。たとえ裏切られても、俺だけは背を向けたりはしねえよ。そいつと向き合って、また繋がれるようにな』
強い言葉だった。
いろいろ経験してきたからこそ言えることだと思う。
今の俺はとてもじゃないが、親父のような生き方はできない。
俺を見捨て、裏切った連中を、もう一度信じるなんてことはできないのだ。
「……どうしたボーチ? 何か悲しそうな顔をしておるが」
「! ……何でもねえよ」
いかんいかん。どうでもいいことを考え過ぎていた。
するとそこへニケが駆け寄ってくる。
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