第148話 動き出す闇

 一瞬にしてニケがいる無人島へと転移した俺たち。


 浜辺では、ソルたちを傍に控え、物珍しそうに海を眺めているニケの姿があった。




「お、おぉぉ……! ニケ様ぁぁぁっ!」


「……む? ……ラジエ? もしかして……ラジエなのか!?」




 ラジエの声に気づき、ニケもまた彼の存在を視界に捉えた。


 そのままラジエは感極まったかのように涙を流しながら、ニケのもとへと駆け寄っていく。




 そしてまるで孫との再会に喜ぶ祖父のような顔で、ニケを力強く抱きしめるラジエがそこにいた。




「……少し痛いではないか、ラジエ」


「ニケ様ぁ……よくぞ……よくぞご無事でぇ……!」


「……うむ。心配かけたな。ボーチたちが余を救い出してくれたのだ」




 ニケの言葉を聞き、ラジエだけじゃなくノアリアたちもこれで確証を得ることができた。


 そこへノアリアが、一歩、また一歩と近づく。




 その歩みに気づいたニケは、ラジエに抱きしめられながらノアリアを見た。




「……そなたは?」




 そうか。これが姉弟初の対面だったってわけだ。


 ノアリアもまた胸が詰まったかのように、言葉が出ない様子である。




 それでも決して後ずさることなく、軽く深呼吸をして心を落ち着かせたあと、嬉々とした表情を浮かべた。




「初めまして、ですね。私は――ノアリア・オル・ホワイト・フィニアーテ・エルロンド」


「エル……ロンド? ……! もしやそなた……いえ、あなたは……」


「はい。あなたの姉ですよ」


「ノアリア……姉さん? 本当に……ノアリア姉さんなのですか!?」


「ようやく……ようやく会えましたね、ニケ」




 ずっと近くにいながらも、生まれてから一度も対面することが叶わなかった二人。


 ただ二人は、たった一つ……シュレンという人物で繋がっていた。




 そして今日、この満点の夜空の下で、やっと姉と弟は巡り合うことができたのである。




「ごめんなさい、ニケ。……シュレン様を……あなたのお母上を私は守ることができませんでした。私にもっと力があったら! だから……本当にごめんなさい」


「それは違う! ノアリア姉さんが、どれだけ母上の心の支えになっていたか、母上の手紙に書かれていた!」


「!? 手紙? 手紙とはどういうことですかな、ニケ様?」




 あちゃあ、ここでネタばれをすることになったみたいだ。




 俺はラジエが保管していたシュレンの手紙を拝借し、ニケ救出の際に読ませたことを知らせた。




「なるほどのう。本当に抜け目のない奴じゃて。商人よりも盗賊が向いておったりせぬか?」


「悪かったよ。でもすべて上手くいったんだ。許してくれ」




 ニケが自分の意思で逃げることを選べたのも、あの手紙のお蔭でもあるし、ラジエも目くじらを立てることはなかった。




「手紙には母上の悲痛な叫びが綴られておった。しかし同時に心許せる者たちの名前や、その者たちにどれだけ感謝をしているのかも記されていた。その中の一人が……ノアリア姉さんだ」


「けれど結局は支え切ることなどできなかった。私はあまりにも無力で……情けない」


「そんなことはない」


「ニケ……?」


「余は長いことずっと一人で幽閉されていた。だからこそ分かる。誰かが傍にいてくれる。話し相手になってくれる。心配してくれる。それがどれだけ幸せなことか。きっと母上は、ラジエやノアリア姉さんに、とても感謝していたはずだ。だから……ありがとう」




 直後、ノアリアは膝を折ったと思ったら、堰を切ったかのように泣きじゃくり始めた。


 そんな彼女にゆっくりと近づいて、ニケがその小さな身体で彼女を抱きしめる。




「余も……会えて良かった。ほんっ……とう……に……っ」




 ノアリアの涙につられるようにして、ニケもまた嗚咽する。


 その光景を見て、ダエスタたちメイドもまた涙を流して邂逅できたことを喜んでいた。




 そんな中、ラジエが俺のところへスッとやってくる。




「やはり儂の目に狂いはなかった。お主を頼って……大正解じゃったわい」


「そう思うなら報酬に色はつけてくれよ? かなり厳しい奪還だったんだからな」




 別にそんなことはないが、ここは多少誇張しておいても問題ないだろう。




「ほっほっほ、了解した。しかし今は……この光景を見ていたい」




 ラジエは微笑ましそうに、姉弟を見つめている。


 彼にとっての念願が叶った瞬間なのだ。きっとその胸中は嬉しさと喜びで満ち満ちていることだろう。




 そうして彼らにとっての怒涛の夜は過ぎ去っていく。


 しかし俺は知らなかった。いや、甘く見ていたのだ。


 異世界の住人にとって、帝王の血という存在が、どれほどの価値があるのかを。




 そしてその血を欲する者たちが、すでに動き始めていたことなど、今の俺には知る由もなかったのである。






     ※








 ――【アメリカ・ホワイトハウス】。




 アメリカ合衆国大統領が居住し、執務を行う建物である。


 いわゆるアメリカ政権の中枢だ。




 しかし現在、そこはモンスターたちの巣窟となっており、執務室には三人の人物がいた。




 一人は執務机でふんぞり返るようにゆったりと座り込む鷹のように目つきが鋭い男性だ。葉巻を美味そうに吸いながら、紫煙を天井に向かって吐き出している。




 もう一人は全身を真っ黒いローブで覆い、素顔すらも確認することができない上、まるで置物のようにジッと男性の傍に立ったまま動かない。




 そして最後の一人は――。




「……き……貴様……ら…………こんなこと…………我が国を……敵に……回して……」




 その者こそ、大国アメリカのトップに立つ48代大統領――トーマス・K・ルークス。前任の大統領や他の候補者よりも、圧倒的な支持率で頂点に立ったカリスマである。




 その手腕は見事で、彼が行った数々の事業は、アメリカに多大な利益をもたらし、今もなお国民たちからも絶大な人気を誇っているのだ。


 しかし今、その彼は死に瀕している。




 右腕と左足を失い、全身血塗れで、室内の壁に磔にされていた。


 目つきが鋭い男性は静かに立ち上がると、そのまま大統領のもとへ近づく。




「このようなゴブリンにさえ勝てぬ脆い存在が一国のトップとはな。異世界というのは存外、刺激が足りないのではないかな? ん?」




 そう言いながら、葉巻をルークスの頬に押し付ける。




「あがっ……止め……っ」


「ただまあ、この世界が作る兵器には興味をそそられるものがあるがな。特に何だ……核兵器だったか? それは素晴らしい」




 葉巻を投げ捨てると、男が右手をサッと上げる。彼の両手の指には、それぞれ大小様々な指輪が嵌められている。一見すると成金のように見えてしまう。


 だがその指輪の一つである、右手の人差し指に嵌められた指輪の青い宝石が発光する。




 直後、壁や床に染み付いた血液が、まるでシールのように剥がれ、フワフワと浮き出したかと思いきや、男の周辺で無数の針を形成する。




「お前からは必要な情報はすべて頂いた。もう用済みだ」




 クイッと右手を、ルークスに向かって倒すと、針が一斉にルークスの全身を貫いた。




「があぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ!?」




 すでに致命傷を負っていたルークスだったが、追い打ちでトドメを刺され、断末魔の叫び声を上げて絶命した。




「さて……ここもダンジョン化することができたし、次の国へ進むとするか。ククク、すべては順調。シナリオ通りに事が進んでいる。なあ――『呪導師』よ?」


「…………」




 男に言葉を投げかけられても、やはり人形のように一切動く様子はない。




「ククク、お前という存在を手にした時点で、私に敗北や挫折はあり得ない。連合軍の奴らめ、今頃はこの世界のどこかで帝国を手に入れたと大手を振っていることだろう。それもまた私の筋書き通りだとも知らずに」




 男の名は――ヴォダラ・ハイアウス・エル・デスティニー。地球とはまた別の異世界にある【大帝国・エルロンド】において、帝王を支える宰相の位置に立っていた人物である。


 また帝王を意のままに操り、帝国を裏で牛耳り好き勝手統治していた黒幕でもあった。




「しかし懸念があるとすれば宝物庫に保管していた我が財産を持ち出せなかったことだな。想像以上に連合軍どもの動きが早過ぎて、シナリオの幾つかを飛ばさないといけなかった。ドラギアめ……思った以上に力をつけていたからな。まあ別にいい。この世界のどこかに帝国が飛ばされているのは間違いない。地下遺跡も同様にだ。すぐに見つけ出し手に入れればそれでいい。それに〝アレ〟は、奴らが見つけたところでどうしようもない」




 ヴォダラがテーブルに置かれている箱から、新たな葉巻を手に取り火をつける。




「ふぅ~、まずは手駒がいるな。コイツは今は使い物にならぬし、私一人では手が足りぬ。とりあえず我が手足となって動く軍を再建せねばな。やれやれ……また忙しくなりそうだ」




 言葉とは裏腹に表情は嬉しそうに緩んでいる。


 そしてヴォダラは、そのあとすぐに【ホワイトハウス】から姿を消した。








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