第145話 ノアリアという王女

「私たち子供は、奴隷商人に見知らぬ街へと連れて行かれ、そこで奴隷としての躾を受けた後、奴隷オークションにかけられることになった。その時に知ったのだ。奴から……奴隷商人の口から直接聞いた」


「何をだ?」


「檻に入れられた私は、勇気を出して何故村を裏切ったのかを聞いたのだ」




 そこで奴隷商人は金に狂ったような表情を浮かべながら言ったそうだ。




『すべてはあの村の連中を金に換えるためさ! ド田舎の連中は単純バカだ。少し優しくしてやればすぐにこっちを信頼してくる。カカカ……井戸に細工をして、病をバラまいてやったのが俺だとも知らずになぁ』




 やはり……すべては奴隷商人の掌の上だったか。




 村民たちが倒れてすぐ、タイミング良く奴が現れたと聞いた時から変だと思っていたが。




 奴は村民たちを手に入れるために、何度も村を訪れ、彼らの信頼を得ることから始めた。そして見事、信頼を勝ち取ったあと、井戸に細工をして村民たちを命の危機に陥れる。




 辺境の村だ。病気を治す方法なんて数少ないだろう。まともな医者だっていないはず。


 そこで薬……治癒と引き換えに、彼らに身を差し出せと要求した。




 家族の命が助かるならと大人たちは奴隷契約を受け入れてしまう。そうなればもう奴隷商人の思う壺だ。


 歯向かう大人たちがいなくなれば、子供などどうとでもなる。




 奴はものの見事に村一つをその手に治めることに成功したのだ。人を売れば金になる。男は労働力として使える。


 一つの村は、奴隷商人の手によって何もかも奪われてしまったのだ。




「私は絶望した。あんなにも子供たちの前で笑っていた商人が、裏ではまったく違う顔を持っていたのだからな。同時に……怒りを覚えた。商人という人種に対して」




 無理もない。子供の頃に、そんな凶悪な経験を植え付けられていたら。俺だってトラウマになってもおかしくないだろう。




「でもあんた、今も奴隷……ってわけじゃなさそうだが?」


「ん? ああ……奴隷としてしばらく躾けられていたが、私には救いの手があったからな」


「救いの手?」


「……この方だ」




 そう言って慈愛のこもった瞳を、横たわっているノアリアへと向けるダエスタ。




「奴隷としての躾が終わったあと、いよいよ奴隷オークションが始まるといった時、この方とその精鋭部隊が乗り込んできたのだ」


「ほう……」


「汚い貴族どもに売られるすんでのところで、私はノアリア様に救って頂いた。……彼女たちもだ」




 ダエスタが部屋で作業をしているメイドたちにも視線を送る。


 どうやらここにいる連中は、皆が元奴隷だったようだ。




「まさかさっきのキリエって奴もか?」


「ああ。アイツは私の幼馴染だ」




 つまりは同じ村出身だということだ。




「てことは、あの女も俺みたいな商人を嫌ってるってわけか」


「どうかな」


「は?」


「アイツは私と違って柔軟な考えの持ち主だ。私のようにすべての商人が悪などと考えてはおらんだろうよ。それに……アイツの両親は雑貨屋を営んでいたからな」




 なるほど。親が商人ならば、ダエスタのような極端な考えはしないかもしれない。




「そういうことだったのか。しかしそんなあくどい奴隷商人と一緒にされるのは些か納得できないがな」


「フッ、本当に貴様がニケ様を救ってくれたというのなら、その時は謝罪でも何でもしてやるさ」




 いや、別に謝ってもらわないでもいいが。事情が事情だけに、俺を警戒するのも当然だったろうしな。




「でも今回の救出作戦もそうだが、奴隷オークションに乗り込んだり、ずいぶんと過激な王女様だな、ノアリアは」


「様をつけろ無礼者め」


「うっせ。俺にとっちゃ帝王だろうが王女だろうが、ただの商売相手でしかねえんだよ」


「ったく……こんなにも礼儀のなっていない商人など初めてだ」


「じゃあそんな偉い王女様にお仕えするあんたも相当偉いんだろうなあ。ならこれからはこう呼んだ方が良いか、ダエスタ様ぁ~」


「うぐっ! よ、よせ! 何か寒気がしたではないかっ!」




 大げさに身体を振るわせて帯びたような顔をするダエスタ。そんな姿を見て愉快だったのか、室内にいるメイドたちがクスクスと笑い始めた。




「き、貴様ら、何がおかしいのだ!」


「あ、すみませんダエスタさん。だってその……あまりダエスタさんのそのようなお姿を見ないもので」


「そうですよぉ。殿方に良い様に扱われるなんて、ダエスタ先輩も女子だったんですねぇ」




 などとからかうように言われ、ダエスタが顔を真っ赤にして剣に手を掛ける。




「き、貴様ら! それ以上言うと叩っ切るからな!」


「あ、ほらダエスタさん、ノアリア様が起きてしまいますよ?」


「そうそう。従者が無礼を働いたらダメですよぉ」


「むっ……くぅぅぅ」




 行き場のない怒りに身体を震わせるダエスタ。




「大変だな、あんたも」


「貴様のせいだろうが、ボーチィィィ!」




 ダエスタの大声で、「……ん」と眠りながら顔をしかめるノアリア。




「あ、しま……!」




 ノアリアの様子に気づき、慌てて口を閉ざすダエスタを見て、またもメイドたちが笑う。




 今度はダエスタも黙ったまま、彼女たちを睨みつける。すると「おー怖い怖い」と言いながら、メイドたちは再び資料整理などの作業へ戻って行く。




「…………はぁ。貴様がいると調子が狂う」


「へいへい、そりゃ悪うござんしたね」




 するとまたもノアリアが声を漏らして、今度は瞼まで上げて覚醒してしまった。




「……ダエスタ?」


「ノアリア様、申し訳ございません。起こしてしまいました」


「私は……?」


「少し疲れが溜まっていたのでしょう。どこか具合が悪いところがありますか?」


「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」




 そう言いながら上半身を起こすノアリアと、それを支えるダエスタ。








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