第144話 商人という人種
「……はぁ」
「ノアリア様っ!?」
何故か溜息を洩らしながらノアリアが倒れそうになった。それを危ういところでダエスタが支えたのである。そしてそのままノアリアを、室内にある仮眠用のベッドに寝かせた。
「一体いきなりどうしたっていうんだ? 急に倒れるなんて」
「……ノアリア様はとてもお優しい方だ。シュレン様の真実をお知りになられてからというもの、此度までずっと気持ちを張り詰めておられた。少しでも気を緩めれば、ニケ様を救出などできないとご自身に言い聞かせ、毎日毎日情報整理や作戦立案に根を詰め……」
聞けば少しでも犠牲が出ない方法を模索していたらしい。
自分を信じついてきてくれた者は、この作戦で確実に反逆者として生きることになる。
そうでなくとも作戦中に、傷を負ったり、中には死ぬ者も出てくるだろう。
何せ相手が相手だ。故に情報を駆使し、少しでも犠牲を無くせるように考えに考え抜いてきたらしい。
それが俺のせいで一気に無駄に終わったこともさることながら、自分が理想としていた誰も傷つかずに作戦を完了させることができた安心感で、張り詰めていた糸が切れたのだとダエスタは言う。
「……なあボーチ」
「何だよ?」
「本当に……ニケ様はご無事なんだな?」
「ここに来て嘘は言わねえよ。商売は信用が何よりも大事なんだからな」
「……そうか。…………だが何故こんな無茶なことをした? 我らがいた方がもっと楽に作戦を実行できたはずだが?」
「ああ、それは単に下心あってのことだな」
「し、下心だとっ!?」
「おい、そんな大きな声出すと、起きちまうぞ」
「あっ……!」
慌てて口を押さえ、ノアリアの方を見るダエスタ。幸いノアリアは気持ち良さそうに眠っている。
そしてダエスタが、小声で「……下心とは何だ?」と言いながら睨みつけてくる。
「商人の下心っていったら一つしかねえだろうに」
「…………報酬か?」
「ご名答。お前らの手を借りて任務達成するより、俺の勢力だけでやった方が、より報酬を期待できるだろ?」
「っ……貴様はそんなことで命を張れるというのか?」
「なぁに、できると思ったからやっただけだ。商人は無理はしないんでね」
「…………やはり私は商人と言う人種を好きになれん」
「過去に商人に何かされた口か?」
別に興味はないが、会話の繋ぎくらいにはなるだろうと質問してみた。ただ恐らく他人に教えてくれるような話じゃないとは思ったが。
「……私が住んでいた村は商人に騙されたのだ」
これは驚いた。まさか教えてくれるとは。
「騙された?」
「村は、貧しくてものどかで平和なところだった。両親も貧困に負けず、いつも笑顔を絶やさず私を育ててくれていたのだ。だがそんなある日、一人の行商人が村に訪れた。辺境故に行商人なんて今まで来たこともなく、村のみんながその珍しさに注目したのだ」
瞼を半ばほど閉じたまま、過去を想い馳せるようにしてダエスタは言う。
その商人は帝都から来た者ということもあって、村には届かないような商品ばかり取り揃えていた。そのため村民たちは目を輝かせ、誰もが興味津々だったのである。
商人はその日だけじゃなく、度々村に来訪するようになった。その度に、食材や衣類、または薬品などを格安で売ってくれて、村民たちの信頼を培っていったのだ。
「そしてある日、村の生命線である井戸が使い物にならなくなった」
「どういうことだ?」
「井戸の水が何かに汚染されて飲めなくなってしまったんだ。ただそれに気づくまでに、多くの者が病に倒れてしまった。私や、私の家族も同様に、な。無事だったのはそれこそ一人二人くらいだ」
まあ飲み水は毎日飲むものだし、そうなってもおかしくはないか。
「原因は分かったのか?」
「……ああ。ただ原因はずっと後になって判明することになる。多くの者が床に臥せる中、タイミング良く、例の行商人が村へ立ち寄ったのだ」
タイミング良く? まさか……。
「行商人は病を治せる薬を提示した。当然私たちは全員助かると思い喜んだよ。実際にその場で私を治して見せたからな」
最も症状が重かったのがダエスタだったらしい。そのため、商人は特効薬が存在することを示すために、まずは彼女を治癒してみせたという。
「しかし……奴はそこで本性を露わにした」
それまで優しい商人だった人物は、まるで人が変わったかのような表情を浮かべこう言ったのだという。
『その病は放っておくと近いうちに死ぬ。命が惜しければ、コレにサインしろ』
商人が村民たちに突きつけたのは《奴隷契約書》だった。
それに一度サインしてしまえば、主の命には絶対に逆らうことができなくなる。
つまり村民たち全員が、商人の奴隷と化すわけだ。
当然村長を含め、大人たちは反発する。
しかし商人は、『ならばこのまま死ねばいい』と冷徹な言葉を吐く。
子供たちを助けたい親、親を助けたい子供。
家族を守るために、大人たち全員がサインすることになった。
だがそれが終わりの始まりになることを、大人たちは気づいていなかったのである。
大人を奴隷化させた商人の正体は、卑劣な奴隷商人であり、いわゆる人身売買を平気で行うような悪党だったのだ。
商人は命令する。子供と若い女を差し出せ、と。
そして男たちは労働力として、商人が所有する鉱山で働けと言った。
奴隷化された時点で、逆らうことができなくなった大人たちは、商人の言うことに従うしかできなかったのである。
「無論私たち子供は反発した。誰が好き好んで親元を離れたいか。住んでいた村から離れたくはなかった。しかし口答えをする度に、商人に暴力を振るわれる。それに歯向かえば親を殺すと言われ、次第に反抗する子供はいなくなったよ。私も含めてな」
仕方ないだろう。子供にとって親は絶対だ。自分のせいで殺されると知れば、歯向かう気がなくなるのも当然の話。
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