第143話 ニケ救出報告

 転移してきたのは海上にある小さな無人島。


 当然ここも俺が購入し設置しておいたものである。




 ここにいればニケを追う者もそうそうやっては来られまい。


 俺は無事任務が終わったことで、大きな溜息を吐きながら坊地日呂の姿に戻ると、それを見たニケが目を丸くする。




「そ、そなた……女ではなかったのか?」


「あん? ああ、こっちが本当の姿だ。女の姿は世を忍ぶ仮の姿ってわけ」




 別にそうじゃないけど、いちいち説明が面倒なので。




「じゃあ俺とシキは再度エルロンドへ行ってくる。ニケの護衛、任せたぞ」




 ソル、ヨーフェル、イオル、イズにニケを預け、俺は隠れ家へと、《テレポートクリスタル》を使って飛んだ。




 飛んだ場所は、初めてノアリアと邂逅した部屋である。




 こんな夜更けでも起きていたようで、部屋にはノアリア含めメイドたちも集まって、それぞれが俺の登場にギョッとなった。




「き、貴様はボーチ! ど、どうやってここに現れた!」




 ノアリアを庇う様に前に出たダエスタが、剣を抜いて突きつけてくる。


 俺は両手を上げながら、不敵な笑みを浮かべつつ口を開く。




「まあまあ、別に害を加えに来たわけじゃねえよ。どうやら宮殿の騒ぎが気になって調査中ってとこか?」


「!? ボーチ様は何かご存じなのですか?」


「当然。この騒ぎを起こしたのは俺だからな」


「な、何だとぉ!? 一体貴様何をやらかしたのだ!」


「何をって……あんたたちからの依頼を遂行しただけだぞ」


「依頼……だと? ……ちょっと待て、我らが貴様にした依頼は三日後、ニケ様の救出作戦に手を貸すのと、逃亡先の地を確保することだったはず」


「そうそう。そのすべてが完了したから教えに来ただけだ」




 俺の言葉をそのまま受け取れば問題ないのだが、さすがに突然過ぎて全員が混乱しているようで、眉をひそめながら固まってしまっている。




 そんな中、ノアリアが詳しい説明を求めてきた。俺としては、今ので全部伝え終えているようなものなのだが、仕方ないので噛み砕いて教えることにする。




「落ち着いて聞けよ。少し前、俺は宮殿に潜入し、ニケを確保した。そんで今は安全な場所で待機してもらっている」


「!? ま、真でございますかっ!? ニケを! ニケを救出されたのですかっ!?」


「ノアリア……! お、おいボーチ! 貴様戯言はいい加減にしろ! 宮殿内は帝国を討ち倒した猛者たちで防備されているのだぞ! そこへ貴様が一人で侵入しニケ様を救出した? そのような――」


「だったらもう少し待ってろよ」


「は?」


「どうせ宮殿へ密偵か何か放ってんだろ? 情報収集のためによ」


「……!」


「ならそいつが戻って来て真実を知ればいいさ。どうせもう仕事は終わった。あとはお前らが納得するだけだ」




 俺は誰も座っていない椅子に腰かけ時を待つことにした。


 そんな俺を訝しみながらも、警戒しつつダエスタはノアリアに、どう対応すればいいか指示を仰いだ。




「……ボーチ様の言うことに今は従いましょう。その方の言う通り、もうすぐキリエがここへ戻ってくるはずですから」




 どうやらキリエというのが、密偵に放った者の名前らしい。多分メイドなんだろうなぁ。




 しばらくすると、やはりというべきかメイド服を着用した一人の女性が、この隠れ家へと戻ってきた。といっても外からというわけではなく、例の地下通路に通じる場所からやってきたようだ。




 恐らくコイツがキリエなのだろう。よく見れば、最初に扉の奥で門番のような役目をしていたメイドだった。


 彼女は部屋に入ってきて俺を見ると驚いた顔を見せたが、すぐに表情を引き締めノアリアに対する。




「お待たせ致しました、ノアリア様」


「お帰りなさい、キリエ。さっそくあなたが仕入れた情報を聞かせてください」


「はい。ただいま宮殿内は嵐が来たかのように慌ただしい様子でした。その理由は数名の賊が襲撃をかけたからでございます」


「賊……」




 ノアリアの呟きとともに、ほぼ全員が俺を一瞥する。




「それで? 賊が襲撃をかけた目的は?」


「そのことなのですが……」




 言い辛いのか渋面を作り言葉を噤んでしまう。




「キリエ?」


「……心を落ち着かせて聞いてください」


「……分かりました」


「実は――――ニケ様が賊に攫われたとのことです」




 またも一斉に俺に視線をぶつけてくる。その中で、俺は閉じていた瞼を開けて静かに言葉を発する。




「だからそう言ったろ?」




 ノアリアたちは、俺を信じられないという面持ちで見ている。ただ一人、キリエだけは、ノアリアたちの態度の意味が分からず戸惑っているが。




「……ボーチ様、では本当にニケを?」


「俺に二言はねえよ。ニケは無事だ」




 二言を言うとしたら、それは騙す必要のある相手だけだ。




「し、しかし……信じられん。数名だけでなんて……宮殿には『四天闘獣士』だって揃っているというのに……」


「ん? 何だそれは?」




 動揺するダエスタに、『四天闘獣士』がどんな奴らなのかを聞いた。




「ああ、いたなそんな奴ら。けど別にどうってことはなかったぞ。無傷で逃げ切れたしな」


「……ボーチ、貴様はただの商人ではないのか?」


「いいや、ただの金にがめつい商人だぞ。すべては利益のために動いたわけだしな」




 そう、報酬を跳ね上げさせるための作戦に他ならない。




「ていうか俺のことはどうでもいいだろ? これでお前らは無傷で、何の苦労もなく目的を果たすことができたんだ。何か文句でもあるのか?」


「……いいえ。ボーチ様……」




 椅子に座っていたノアリアがスッと立ち上がり、俺に向かって頭を下げる。


 だが俺は右手を出して、彼女がしようとすることを止めた。




「待て。礼を言うのはまだ早え」


「え?」


「まだ仕事は終わってねえ。今はまだ状況証拠が揃ってるだけだろ? 実際にニケを手にしてからにしてくれ」


「……分かりました」


「あーでも、このことをまだラジエの爺さんは知らねえしな。……どうするか」


「…………キリエ、疲れているところすみませんが、もう一度宮殿へ向かい、ラジエ様に此度のことを伝えに行ってくれませんか?」


「畏まりました。では行って参ります」


「はい。気をつけてくださいね」




 ノアリアに見送られ、キリエが部屋から出て行った。






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