第142話 ゼーヴの立ち位置
「あらら? 奴らが全員消えちまったけど?」
先程まで無数に増えた賊の討伐をしていたタンヴだったが、突然賊である日呂たちが一気に消失したことで呆気に取られている。
「これは……よもやしてやられたか」
現状を理解し、苦々しい表情を浮かべるのはオウザだ。
そこへ空から、ソルと交戦していたメイクーリが降りてきた。
「んもぉ、サイアクー! 見てよこの焦げた羽毛! あの火吹きフクロウ、ぜ~ったいに許さないんだからぁ!」
ソルに迎撃された時に受けた炎により、メイクーリの翼の一部が焦げてしまっていた。
「…………すぴー」
「って、あんたはいつまで寝てるのよぉ、ウラキオのバカァ!」
ただ一人、緊迫感とは無縁のようなウラキオは、枕を抱きしめながら寝ていた。
「はぁ……とりあえず王の下へ戻るぞ。……悪い報告しかできないがな」
オウザたちは、その足でドラギアが待つ宮殿の中央玄関へと向かった。
玄関の扉を覆っていた植物の壁には大きな穴が開いている。
彼らはここを破壊して外へと出たというわけだ。
そして再びそこを通って中へと戻り、待機していたドラギアの前で跪く。
「……どうやら失態だったようだな」
ドラギアは、彼らの様子を見て、自身の期待が外れていたことに険しい表情で言葉を発した。
「申し訳ございません。この処罰は如何様にも」
オウザが代表してそう言うが、そこへ――。
「まあまあ、誰にだって失敗はあんだろ?」
オウザたちを庇うようにゼーヴが言った。
「主は黙っておれ、ゼーヴ。これは宣戦布告をされたのと同義なのだぞ?」
「どこがですか。ニケ殿下を奪われたってだけじゃないっすか?」
「それが由々しき事態だと言っておるのだ! 奴らの目的は『ヒュロン』による帝国の復権やもしれぬのだぞ!」
「そうなのかねぇ。俺にはそうは思えねえんだけどなぁ」
「どういう意味だ?」
真意を確かめようと、不機嫌そうにドラギアがゼーヴを睨みつける。
「もしかつての帝国を取り戻そうとしてる『ヒュロン』が、今回の事件を起こしたんだとしたら、何で死人が出てねえんですかね? 情報じゃ怪我はしたものの、誰一人殺されてねえって話じゃねえですか」
「む……」
「俺だったらせっかく眠らせた『ガーブル』だ。少しでも戦力を削ぐために殺しとく。逆の立場ならドラギア王、あんただって同じことをするでしょうに」
沈黙は肯定を意味するのか、ドラギアは黙ったままだ。
「けど奴らはニケ殿下を奪取すると、一目散にここから逃げた。あんだけの力を持つ奴らだ、やり様によったら、もっとこっちに被害を出せたはずなのによぉ」
「そこまでだ、ゼーヴ。王に対し言葉が過ぎるぞ」
「へいへい、そりゃ悪うござんしたよ、オウザ隊長様」
オウザから注意を受け、大げさに肩を竦めて身を引くゼーヴ。
「てか、裏切りゼーヴが、何おれっちたちと対等に話してやがんだ? てかてめえも跪けやコラ」
「あん? 何か文句でもあんのか、タンヴ?」
「はんっ、たかが冒険者ふぜえが、粋がるなっての」
「ずいぶん大口を叩けるようになったじゃねえか。また前みてえに泣かせてやろうか? 泣き虫猿のタンヴちゃんよぉ」
「やれるもんならやってみやがれ色ボケ狼が! いつまでもあの頃のおれっちと思ってんなよっ!」
ゼーヴとタンヴがすぐにでも衝突しそうだったが、
「もうよい、静まれ二人とも」
ドラギアが窘め、タンヴが先に舌打ちをしながらも身を引く。
一方ゼーヴは子供みたいに舌を出してタンヴを挑発する……が、ドラギアに睨まれサッと顔を背けた。
「……ここで議論したところで何も変わらぬな。結果は結果だ。それぞれ此度のことを重く受け止め、さらなぬ精進を積むように」
「「「「はっ!」」」」
「うむ。では賊の足取りを追え。ニケを見つけたら……殺してもよい」
再度オウザたちは返事をすると、一斉にその場から消えた。
「……やっぱニケ殿下を殺すんですかい?」
「無論だ。主の言うようにたとえ帝国の復権を狙っていなくとも、戦争の火種であることは変わりない。我ら同胞が平和に過ごすためには、存在してはならぬものだからな」
「……『ヒュロン』そのものが?」
「…………」
「やれやれ。んじゃ、そろそろ護衛役の俺は寝るとしますかね。もう賊も襲撃してこねえでしょうし」
「待て。主も連合軍ならばオウザたちとともに働いたらどうだ?」
「あいにく連合軍としての俺は帝国を討ったことで終わりましたよ。今はただの冒険者です」
踵を返して去って行こうとするゼーヴにドラギアが「待て」と声を掛ける。
「んあ? 何です?」
ゼーヴが顔だけ振り向く。
「今回の事件。よもや主が関わっているわけではあるまいな?」
「……知らないって言ったら信じてくれるんですか?」
それには何も返さずに、ただただドラギアはゼーヴの眼を見ているだけだ。
「……俺は冒険者だ。自分の信じることを信じ自由に生きるだけっすよ」
軽く手を振ると、ゼーヴはそのまま去って行った。
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