第141話 仲間の力

 わたくしに主様から《念話》が入った。




 どうやらニケ殿下を無事に確保することができたらしい。


 さすがは主様! イズは何も心配しておりませんでしたよ!




 あとは皆で合流して、すぐにでもこの場から離れることだ。


 だがその時、《ジェットブック》のお蔭で、かなりの高さに浮かんでいるわたくしたちよりもなお上空から、強烈な敵意が向かってくるのを感じた。




 傍にいるイオル殿は、植物を操ることに集中し過ぎて気づいていない。




 じゃあソルは――と思った矢先、彼女はすでにその場にいなかった。




 見ればわたくしたちの頭上で、炎が広がっていたのである。


 あの炎はソルが吹き出したもので間違いない。


 そんな炎を突き破るように人影が現れる。




「もぉ~っ、あっついぃ~!」




 その者は背に大きな翼を持つ『ガーブル』だった。




「あれは……鳥人?」




 どうやらわたくしの歌が効かない相手らしい。つまり実力でいうならばBランク以上の猛者。




 間違いなく狙いはわたくしたち。空から奇襲を仕掛けようとしたらしいが、ソルの感知能力は高く、逆に撃退されてしまったようだ。




 それでもほとんどダメージがないところを見ると、強さはソルと良い勝負なのかもしれない。


 さらに下では、ニケ殿下が囚われていた塔付近で、主様たちが三人の『ガーブル』と相対していた。




 さすがに帝国を落としただけはありますわね。そう簡単にこちらの思惑に従ってはくれませんか。


 それにそろそろイオル殿も……。




「……っ、ごめん……イズ……もうゲンカイ……かも……」




 宮殿全土に近い範囲で能力を駆使したのだ。並みの者なら一分もてばいい程度だろう。しかしそろそろ十分近く過ぎている。さすがはユニークスキルに選ばれた子だ。




「よくやりましたわ。少しお休みなさい」


「で、でも……てきが……」


「あなたのお蔭で敵の動きを鈍らせることができましたし、そのお蔭で主様が自由に動けましたわ。あとはわたくしたちにお任せなさい」




 イオルは全身から汗を噴き出させながらペタリと座り込む。




 本当にこの子の力があったからこその足止めだ。少し予想より敵の追及が早かったが、無事にニケ殿下を確保できた時点で、もうこちらの勝ちはほぼ揺るがない。




「さあ、最後の追い込みですわ。――《魅惑のポロネーズ》」




 わたくしは全力を駆使し、敵全員に歌を送った。






     ※






 イズの歌が変わった。これは合図だった。


 俺が傍に居るヨーフェルと目を合わせると、彼女も察したように頷きを見せる。




 そしてヨーフェルは静かに目を閉じて、




「――《幻影頭身》」




 そう呟いた直後、俺を含め味方全員の分身体が次々と顕現し始める。




「おわっ!? 何だ何だぁぁ!?」




 猿人がヨーフェルとイズが生み出す分身体を見て驚愕の声を上げた。


 それもそのはずだろう。分身体は次々と増えていき、周囲を囲んでいくのだ。その数、優に千を超える。




 これはイズの歌によって最大の効果を発揮したヨーフェルの《幻術》。




 《魅惑のポロネーズ》の効果は、聞いた者の精神にダメージを与える。簡単にいうと、より幻がかかりやすくなるということだ。


 その効果は約百倍にまで匹敵する。




 相手がたとえSランクであろうと、この二人の力が合わされば幻に包み込むことだって可能なのだ。


 俺たちは示し合わせたように、分身体とともども一斉に動き始める。全員がバラバラに動くことで、相手を攪乱する手法だ。




 俺たちの目的は戦うことじゃない。あくまでもニケの奪取と離脱。その間の時さえ稼げれば問題はない。




 というよりもニケをこの手にし、イズとヨーフェルが無事という時点で、すでに勝負は決まっていたのである。




「ちょ、これどうするよぉ、オウザの旦那ぁ!」


「うわぁ……もうどれがどれか分からないもん……僕、寝て良い?」




 猿人に引き続き、羊人の方は諦めムードだ。




「むぅ、全員を倒せば同じ……と言いたいところだが、さすがにこうもバラバラに動かれるとな。とにかくまずは手近なところから殲滅を図れ!」


「「了解!」」




 三人の『ガーブル』たちが、自身の近くにいる分身体へと攻撃を繰り出していく。


 攻撃を受けた者は、その場で煙となって消失するが、またすぐに新たな分身体が生み出される。




「これじゃキリがねえやぁ!」




 猿人はお手上げといった感じで嘆く。




「この歌……どうも気になる。恐らくこの歌がキーなのだろう。なら先に上空にいる敵を討てば……む?」




 しかしオウザと呼ばれた獅子人は、頭上を見て表情を強張らせる。




 残念ながら上空にいるイズたちの分身体も数え切れないほど浮かんでいるのだ。どれが本物かなど分かり様もない。




 しかし……。




「あれ? 歌が止まっちまったぜ?」




 猿人の言う通り、イズの歌が消えた。しかしいまだ分身体は存在し動き回っている。


 イズの歌の効果はしばらく続く。一度ダメージを受けた精神は、そう簡単に回復しないからだ。




 ……だから言ったろ。もう俺たちの勝ちだってな。




 そして肝心の本物の俺たちはというと、一度抜け出したはずの塔の中へと舞い戻っていたのである。


さすがにここに戻って来るとは誰も思っていないだろう。




「お疲れ様でしたわ、主様」


「ええ、イズたちもよくやってくれたわね。見事だったわ」




 すでにイズたちとも合流を果たしていた。




「みんな、誰一人欠けることなくこの場にいるわね?」




 俺の呼びかけに対し、全員が返事を返す。




 《ボックス》から《テレポートクリスタル》を取り出すと、すぐに皆と一緒にその場から離脱したのであった。




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