第139話 ニケ奪還作戦開始

「…………凄えもんだな、イオルの《プラント》スキルの威力は」




 俺は【帝都・エルロンド】にある宮殿、その外壁の上に立ちながら、太く長く成長した草や蔓などに絡め捕られている宮殿を見ながら感嘆の溜息を零す。




 そんなイオルは今、護衛のソルとイズとともに、《ジェットブック》に乗り、宮殿の頭上にいた。




 そしてイズもまた素晴らしい手腕を見せている。宮殿全域に響くような美しい声音で、次々と宮殿の敷地内にいる者たちを眠らせていた。




 もちろん時間も時間なので、元々眠っていた者もいるが、当然見回りの兵士や、まだ仕事をしている侍女たちもいる中で、こうして簡単に無力化しているのは凄い。




「……! 歌が支援系に変わったな」




 イズが《安眠のノクターン》から《活力のワルツ》へと歌を変えた。これは味方の能力を上昇させることができる力がある。




 ちなみにイズには《千里マイク》という、その気になったら千里先にも声を届かせることのできるマイクを持たせているのだ。だからこそ宮殿中に、その声が響き渡っている。




「よし、そろそろ俺たちも行くぞ。いいな、シキ、ヨーフェル」


「「はっ!」」




 俺は二人とともに、外壁を伝って北東にある建物へと向かう。


 ソルの調査結果により、そこにニケが軟禁されていることは分かっていた。




「確か最上階の一室にニケがいるんだったな。シキ、扉を斬れ」


「承知!」




 俺の影から飛び出たシキが、両腕の鎌を使って瞬く間に重厚そうな扉を寸断した。


 そのまま中へ侵入し、俺たちは眠っている兵士たちの脇を通り抜けて螺旋階段を上っていく。




 戦闘をせずに進めるのはやはり良い。これも宮殿から人が出て来られないようにイオルが頑張ってくれているお蔭だ。




 しかしだからといってのんびりとはしていられない。イズの歌だって万能ではないのだ。効かない者だって中にはいると聞いたし、帝国を討ち倒すほどの猛者たちが集っているのだ。この異常な事態に気づき、植物の壁を突き破ってくる奴らも出てくるはずだ。




 そうなる前に、まずはニケを確保することが望まれる。




〝ご主人、数人がそっちに向かってる気配があるですぅ!〟




 そこへソルから連絡が入った。やはり動いたか。




「二人とも、急ぐぞ!」




 全速力で階段を駆け上がっていき、ようやく最上階らしき場所へ辿り着いたのだが……。




「む? 貴様らは何だ?」




 長い通路のその奥には一つの扉があり、通路を塞ぐように、大柄な『ガーブル』が待ち構えていた。




 恐らくはニケが出て来ないように監視として配置されているのだろう。他の兵士もいるが、立っているのはそいつだけで、他は歌の効果で眠ってしまっているようだ。




「賊……か? 見たところ『ヒュロン』のようだが……」




 現在、俺とヨーフェルは姿を変えている。




 俺は虎門シイナで、ヨーフェルもまたエルフではなく、美しい人間の女性の姿をしていた。




「コイツらが起きない。これも貴様らの仕業だな? ならば……ここで打ち滅ぼしてやろう」




 白銀の鎧を着こんだ大男。その手にもった重そうな矛を、まるで軽い棒切れのようにブンブンと振り回している。




 ……コイツ、強えな。




 多分俺一人だと苦戦しそうだ。




「……マスター、ここは私に任せてもらいたい」


「ヨーフェル?」


「時間が惜しいのだろう? ならマスターはすぐにニケを」


「……大丈夫なの?」


「あやつがシキ殿以上とでも?」


「それはないわね」


「ならば何も問題ない。私はマスターとシキ殿のお蔭で、より高みに上れたのだからな」




 不敵な笑みを浮かべ弓を構えるヨーフェル。




「……分かったわ。ならさっさと倒して追ってきなさい」


「当然!」




 俺が彼女を信頼して扉へと走り出す。




「フン! このガリュイン様を舐めてもらっては困るぞぉ!」




 ガリュインと名乗った男は、槍を凄まじい勢いで俺に向けて突き出そうとしてきたが、俺の背後から閃光のように放たれた矢が男の肩を貫く。




「ぐぬぉっ!?」




 その痛みと衝撃で硬直しているガリュインの脇を、風のように俺はすり抜けていく。




「くっ、行かせぬわっ!」




 だがさらにヨーフェルの矢が、ガリュインへと迫ってくる。さすがに次は反応し、槍で切り払ってしまった。




「悪いが行かせぬのはこちらも同じだ」


「女ぁぁ……なら先に貴様を始末してやろう!」


「ふっ、やれるものならやってみるがいい。貴様程度、一分もてば上々だぞ?」




 そんなカッコ良いヨーフェルの決め台詞を背に、俺は扉に手を掛けた。


 しかしその瞬間、扉からバチバチっと放電が走り、思わず俺は後退させられてしまう。




「姫、どうやら扉に結界が張られている模様です。恐らくこの扉自体がアーティファクトなのでしょう」


なるほど。九歳のガキにこの念の入れよう。余程帝国の血が怖いってわけか。


「どうされますか? それがしが斬り裂きましょうか?」


「いいえ。まだ何かトラップが隠されてるかもしれないわ。けれどコレを使えば問題はないわね」




 俺は手首に嵌めていた数珠を外し右手に持つ。


 そしてそのまま扉に向かって投げつけた。




 数珠が扉に触れた直後、先程のように放電現象が引き起こされ、数珠に備わっている珠が一個、また一個と砕け散っていく。


 そして放電現象が収まると、宙に浮かんでいた数珠がそのまま床へと落下した。




「へぇ、珠七個分。結構強力な結界だったようね」




 俺は拾い上げた数珠を確認しながら感嘆する。




 この数珠は《破魔数珠》といって、十個の珠が繋ぎ合わされている。効果としては、封印や結界などに使用されているエネルギーを珠に吸収することができるのだ。ただし珠一つの許容量を超えれば、そこで自ら蓄えたエネルギーとともに消滅し、次の珠へと役目を託す。




 つまり強力なエネルギーであればあるほど、消滅する珠の数は増えていく。


 七個も消滅したということは、かなり強力な結界だったということだ。




 俺は再度残り三つになった数珠を手首に嵌め、何の変哲もない扉へと変わった扉に手を掛ける。


 今度は何も起きず、ギギギ……と、乾いた音を立てながら扉が開いていく。




 室内は窓が一つ、ベッドとテーブル、そして椅子と小さな本棚が一つずつの殺風景な部屋。周りは冷たい石でできた壁と床に囲まれていた。




 そしてベッドの傍に怯えた様子で立っている一人の少年の姿を捉える。


 白髪のおかっぱ頭で、囚人に着せるような粗雑な服を着込んだ、今にも倒れそうなほどか細い子供。




 ……コイツがニケか。




「そ、そなたたちは何者か!」




 明らかに恐怖で声が震えているが、それでも必死に帝王の子供としての威厳を保とうとでもいうのか、俺たちを睨みつけている。




「怯えなくてもいいわ。私たちはあなたをここから解放するためにやって来たのだから」


「え? ……余を……解放じゃと?」


「そうよ。あなたの姉である――ノアリアさんの頼みでね」


「ノアリア?」


「あら? 知らないの? そういえば直に会ったことはなかったのよね。ならラジエは分かるかしら?」


「ジイ? もしかしてジイのことか!?」


「そう。そのジイであるラジエさんにあなたを救い出してほしいって頼まれたのよ」


「ジイが……そうか」




 フッと身体の力を緩め、警戒を解くニケ。




「今からあなたをラジエさんのもとへ届けるわ。いいわね?」


「…………断る」








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