第137話 互いの正義

 漆黒の夜空にポツンと金色に輝く満月が浮かび上がっている頃、【帝都・エルロンド】の宮殿にある一室では二人の人物が顔を合わせていた。




「こうしてまた主と酒を飲み交わせようとはな。本当に無事で何よりだった」




 一人は帝国を打ち破った連合軍の総大将を務めたドラギアである。その手には酒が入ったコップが握られていた。




「ハッハッハ! この俺がそう簡単に果てるわけがないですって!」




 コップを傾け、その中に入っている酒を美味そうに飲むのはゼーヴである。




「さすがは『戦狼』。それで?」


「ん? それでってどうかしたんですか?」


「分かっておるだろう。何故あのような素性の知れぬ商人を連れてきたのだ?」




 射貫くような眼差しがゼーヴにぶつけられる。


 しかしゼーヴは焦る様子も見せずに、ただただ飄々とした態度で笑ったままだ。




「主も理解しておるだろう。今、我らにとって余所者は邪魔でしかない。確かに〝光隠し〟に遭い、このようなことになったことで情報は必要だが、わざわざ異世界人を頼る必要はないはずだ」


「んぐんぐ……っぷはぁ~」


「聞いておるのか、ゼーヴ?」


「聞いてますってば。てか、何でそんなにハクメンを拒絶するんです? 同じ『ガーブル』でしょうに」


「……どうも奴は胡散臭い。見た目もニオイも『ガーブル』そのものではあったが……」


「じゃあ何で門前払いせずに話を聞いたんですか? 信用できねえってんなら、最初から追い出しゃ良かったでしょ?」




 ゼーヴの問いに、「……むぅ」と唸りながら思案顔を浮かべる。




「奴が――『銀狐』だったからですかねぇ?」


「!? 主、気づいておったのか?」


「まあ、あの見た目にドラギア王に匹敵するほどの覇気を纏ってましたから? 音に聞いたかの『銀狐』かもって思っただけですよ」


「仮に奴が『銀狐』ならば、無下な対応は控えた方が良いと考えたのでな。それに……他国の代表者たちの前でもあった。ワシが取り乱せば、皆の者にも動揺が広がる」


「それに次期帝王に相応しい振る舞いを見せつけたかったから、ですか?」




 そんなゼーヴの言葉にドラギアは酒を呷るだけで何も反応をしない。


 暖簾に腕押しな態度を見せるドラギアを見て、ゼーヴは苦笑交じりに肩を竦める。




「三日後、ハクメンとの商談を引き受けるつもりはあるんですか?」


「そのようなものはない」


「やっぱ、そうっすかぁ」


「たとえどのような世界に飛ばされようと、これだけの勢力が手中にあるのだ。幾らでも対応できよう。まずは自陣を固め、盤石の地位を形作ってからでも、異世界人や余所者との交渉は遅くはないだろう」


「相変わらずの身内主義っすねぇ。そんなあなたが『ヒュロン』と一緒に手を組んで帝国を討つって聞いた時はひっくり返りましたよ」


「それはこちらのセリフだ。我が【アグニドラ王国】の誇る最高戦力――『四天闘獣士』の一人だったお前が、国を抜けて冒険者になった時は悪夢か何かかと頭を抱えたものだったぞ。しかも任命してすぐに、だ」


「ハッハッハ! そいつは悪かったっすね!」


「何故だ? まだ理由を聞かせてはもらっていなかったぞ?」


「…………」


「あれから会う度に理由を問い質してきた。しかし主はいつも笑ってはぐらかすばかり。そろそろその理由を聞かせてくれてもよいのではないか?」




 ジッと今度は逃がさないとでも言わんばかりの視線をゼーヴに向けている。


 するとゼーヴは瓶に入った酒をコップに注ぎ、一口胃の中へと流し込むと、静かに口を開く。




「俺は……世界を見たかった」


「世界……だと?」


「生まれも育ちも【アグニドラ】で、外の世界のことを何一つ知らなかった。知ってんのは【アグニドラ】に存在するルールだけ」


「別に構わないではないか。我らが守るべきは自国であり、そこに住まう民たちだ」


「……なあドラギア王、覚えてますか? ある日、俺が『四天闘獣士』に選ばれて間もなくのことっすよ。数人の『ヒュロン』の冒険者が、迷って【アグニドラ】にやって来たことがありましたよね?」


「む? ……そのようなことあったか?」


「っ……そっか、あんたにとっちゃ、あれは記憶にも残らないことだったんだな」


「何か言ったか?」




 あまりにも小さな呟きだったため、ドラギアには聞こえていなかったようだ。




「いいや、何もねえっす。まあ、そんなことがあって、あんたはその冒険者たちを、理由も聞かずに牢へ放り込んだ」


「覚えてはいないが当然の処置であろう。奴らは『ヒュロン』なのだぞ? 迷っていたというのも、王や重役を暗殺するための嘘かもしれぬ」


「……数日後、問答無用に公開処刑をした」


「それの何が悪いのだ? その頃は、最も帝国の圧政が厳しい時だったはずだ。我らも多くの『ヒュロン』に煮え湯を飲まされてきていた。奴らに情を与えれば、必ずそれが仇となって返ってくるのは明白」


「そんなこと、ちゃんと話してみねえと分からねえでしょうがっ!」


「! ……ゼーヴ、何をそんなに感情的になる? たかが『ヒュロン』の数人を処刑しただけのことであろうが?」


「たかが……たかがね……。俺はそいつらに冒険者ってもんを教わった。冒険者は自由で、世界を好き勝手に旅し、多くの人と出会い、多くの経験を得ることができる最高の仕事だって」


「……主、まさか牢に入れた『ヒュロン』どもと接触していたのか?」


「……ああ、会ってましたよ。それまで『ヒュロン』とは直接話したことがなかったから、興味があったんだ。奴らは一体何を考えて、普段どんなことをしてるのかってね」


「バカな! 奴らは敵でしかないのだぞ! かつて我らの祖先が、奴らに何をされてきたか理解しておるのか!?」




 ゼーヴの軽率な行動に対し怒りを覚えたのか、真っ赤な顔をして怒声を響かせる。




「確かにそういう過去もあるし、いまだに『ガーブル』をよく思ってねぇ『ヒュロン』だっている。けど話して分かり合える連中だっているんだ」


「そのようなもの有り得ぬ」


「有り得る! だって俺は、アイツらから話を聞いて冒険者になりてえって思ったんだ!」


「ぐっ! やはりそうか! その時の連中のせいで……ほれ見ろ! 『ヒュロン』が主を誑かしたことで、我が国は貴重な戦力を失ったのだぞ!」


「俺はっ! ……俺は、冒険者になっていろんなものを見てきた。世界を回って、大勢の奴らと会って、辛いことや苦しいこともあったけどよぉ……それでも楽しかった。かけがえのねえ親友もできた」


「……ジュラフのことか?」


「アイツもまた、『ヒュロン』の……帝国の在り方に疑問を持って冒険者になった奴だった」


「…………」


「知ってるっすよ。あんたがジュラフのことを心から信頼してねえのは。帝国出身ってこともあるし、何よりも『ヒュロン』だからでしょ?」


「……当然であろう。確かに奴は腕が立つ。『ヒュロン』からの信頼も厚い。だからこそ、仕方なく帝国を討つために利用させてもらっただけだ」


「はは、ぶっちゃけんだな。さっきも言ったけど、アイツは俺の親友ですよ?」


「主は勘違いしておるだけだ。今はまだいい。戦争でともに戦って、互いに戦友感覚が残っているから親しくしていられる。しかしそれは表面上でしかない。いずれ……いいか? 必ず『ヒュロン』は我ら『ガーブル』を排除しにかかる。主はワシのことを身内主義だと言ったが、奴らこそ究極の身内主義者なのだからな。戦争の熱が完全に冷えた時、種族の違いが強く蘇ってくる。そして……また争いが勃発だ」


「そんなことはねえ。あんたとジュラフがともに手を取り合っていきゃ、戦争なんて起こりはしねえはずだ!」


「はっ、『ヒュロン』と永久に同盟を結べとでも言うのか?」


「ああ、その通りだぜ」


「不可能だ。裏切られる未来しか存在しない」


「そんなこと――」


「歴史がそれを証明しておるっ!」


「っ……!」


「ワシの妻と娘も、かつて『ヒュロン』に騙されて殺された! それを主も知っておろうがっ!」


「そ、それは……」




 事実なのか、ゼーヴは恨みがこもった悲痛な声に対し何も言えなくなった。




「故にワシは絶対に『ヒュロン』……いや、他種族を信じぬ。余所者もだ! よいか、この帝国はワシら『ガーブル』だけの楽園とする!」




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