第133話 宝物庫へ

「ヒロ様、わたくしの侍女が失礼を働きました。申し訳ありません」


「いや、気にしてない。そっちのメイドの言い分も正しいだろうしな」


「そう言って頂けると嬉しいです。ところで先程のことなのですが……?」


「ああ、第二王女さんが気になるって言ったことだな」


「あの……できれば名前で呼んで頂けないでしょうか?」


「そっちがいいなら呼ぶが……」




 チラリとメイドの方を見ると、やはり不機嫌そうにこちらを見ている。




「これからともに我が弟を救出する同志なのですから、ご遠慮などなさらないでください」


「……分かった。じゃあノアリア、俺はあんたが何故ニケを助け出したいのかが分からない」


「ニケは私の弟ですよ?」


「腹違いの弟だということは分かっている。ただ妾同士仲良くはなかったと聞く。特にシュレンに対して、本妻や他の妾は疎ましく思っていたと。この流れから察して、ノアリアも自分の母親からシュレンやニケに対して、その接触にはずいぶん注意されていたはずだ」




 下手に情を湧かせないために、極力接触をさせず、シュレンやニケを始末しても、ノアリアが大して気にしないように。


 それなのに帝国を裏切ってまでニケを助けようとする理由が分からなかった。




 するとノアリアは、物悲しそうに苦笑を浮かべ静かに語り出す。




「そうですね……確かに、わたくしも最初はお母様から、シュレン様やニケと触れ合うことを禁じられていました」




 やはり当然の処置をされていたようだ。




 聞けば、周りからはシュレンが他の帝位継承権を持つ者を謀殺し、ニケを帝王へと押し上げる計画を立てていると言われていたらしい。




 そのためノアリアは、いつ暗殺されるかもしれないということで、周りの者たちの護衛を受けながら、ずっと部屋に閉じこもる生活を強いられていた。




「ですがある日、わたくしが宮殿を抜け出して、街に出た時のことです」


「抜け出した?」


「あ、すみません。その……ずっと閉じ込められていて、それが窮屈でして……」




 恥ずかしそうに言うノアリアに対し、その隣に立つメイドは溜息交じりに肩を竦める。まるであの時は本当に困ったと言わんばかりの様子だ。


 そうしてノアリアは、街で久しぶりの自由を満喫していた時に、街中を走る馬車に引かれそうになったのだという。




「その時に、わたくしを身を挺して守ってくれたのがシュレン様でした」




 シュレンはその頃、本妻の策により宮殿暮らしを止めさせられ、貴族区画にある屋敷での暮らしを余儀なくさせられていたのだ。


 シュレンが街に出て買い物をしている際に、ノアリアの窮地を見かけて助けたという。




 最初、シュレンの顔を見た時に、自分が殺されてしまうのでは、とノアリアは怯えたらしい。


 当然だ。母親にそう言われて育ってきたのだから。




 しかしノアリアはシュレンのお蔭で無傷だったが、シュレンは事故の際に額に怪我を負ってしまった。


 それでもシュレンは、一切怒ることなく、それどころかノアリアの身を案じ、優しく声を掛けてくれたのだという。




 そんなシュレンの温かさに触れ、ノアリアはシュレンという人物を知ることができた。




「そうしてシュレン様がどのようなお方なのか分かったわたくしは、何故お母様たちがあの方を疎ましく思っているのか探りました。そして醜くも、嫉妬に塗れた愚行を行っていることを知り、正しい義はシュレン様の方にあることを理解したのです」




 それからは何とかシュレンとニケを会わせてあげようと画策したが、どれも上手くはいかなかった。


 そしてシュレンとちょくちょく会っていることを知られ、自分の母親に当然のように注意されてしまう。街への外出もまた禁止された。




 それでもシュレンの扱いに我慢がならなかったノアリアは、ダエスタを通してシュレンと手紙のやり取りとしつつ、彼女の立場を回復させようと動いていたが……。




「……ある日、シュレン様がお屋敷で亡くなられたという報せを受けました」




 その時のことを思い出したのか、涙を浮かべながら悔しそうに語るノアリア。




「わたくしは何もできなかった。命を救われたというのに……あの方に何もお返しすることができなかったのです」




 話しながら打ち震えるノアリアを見ながら、彼女が本当に悔いていることを悟る。とても演技には見えなかったからだ。




「そこでわたくしは考えました。愚かなわたくしに、まだ何かできることがあるのではないかと。そこで思い立ったのが……」


「ニケを帝国から解放させること、か?」


「……はい。シュレン様は仰られていました。ニケには自由に生きてほしいと。何にも縛られず、好きなことをさせてあげたいと」




 だがそれは叶わなかった。少なくとも自分の手では。




「そしてわたくしは【アロードッズ王国】へと参り、彼と……ラジエ様とお会いしたのです」




 ラジエに当てた手紙を渡し、彼と一緒にニケを帝国から解放する方法を模索した。


 それが戦争の混乱に乗じて救出するという策。




「ですがイレギュラーが起こってしまい、結果的には失敗に終わってしまいました。ただ……ここで諦めるわけには参りません」




 それまでか弱く震えていたノアリアは、力強い瞳で俺を見つめてきた。




「あの方の最期の望みを果たすために、わたくしたちは集いました。ニケは……シュレン様の忘れ形見は、必ずこの手に取り戻します」




 ノアリアの宣言のあと、今まで黙っていたラジエが口を開く。




「お主には我々の逃亡先――安住の地を用意してもらいたいんじゃ」




 なるほど。俺に要求したいのは衣食住というわけだったか。


 てっきりニケ救出そのものに手を貸してほしいと願ってくると思ったが……。




「救出にはノータッチでいいってことか?」


「無論そちらも手を貸してくれれば助かるんじゃが、下手をすれば戦闘になってしまう。お主は戦える術を持っとるのか?」


「じゃねえとこんな場所に一人で来ないと思うけどな」


「ふむ……確かにのう」




 どうせ俺が嘘を言ったところで、この爺さんなら見抜いてしまうので正直に話した。




「それにニケを無事にこの帝都から離脱させる前提での依頼だろ? なら失敗は俺の損にもなるはずだ」




 何せコイツらにつくということは、帝国という大口の商談相手を失うわけだ。何が何でも成功させて、莫大な報酬を頂かなければ割りに合わない。




「救出作戦の概要はもう決まってるのか?」


「粗方……のう。とは言うても、実にシンプルじゃがな。深夜にニケ様が囚われている部屋へと向かい奪取。そのまま帝都から離れるといったものじゃ」




 確かにシンプルだ。分かりやすくて良い。




「人数は? この建物内にいる全員で臨むのか?」




「脱出経路の確保はすでにできておる。帝都には王族しか知らぬ地下通路が存在しておるんじゃよ。そこを伝って宮殿内に侵入し、そのままニケ様を奪取したのちに、再度通路を通って離脱する」


「王族しか知らない地下通路? まさかそこに例の?」


「うむ、信じられぬか?」


「俺は実際のこの目で見たものしか信じない性質なんでね」


「……ならば儂の言うことが真であることを教えよう。ノアリア様、よろしいですかな?」


「あなたが見極めた方なのですよね? ならわたくしは信じるだけです」




 ノアリアのラジエに対する信頼はかなり厚いようだ。




「ラジエ殿、僭越ながら宝物庫への案内は私にお任せください」




 そこへ何を思ったのかダエスタが申し出てきた。


 当然ラジエがその理由を問い質したので、ダエスタは凛とした表情のまま答える。




「私がまだその者を信用してはいません。たとえラジエ殿がお認めになったとはいえ、あなた様に何かあったら悲しまれる方がおりますので」


「…………ならともについてくるとええ。儂がこやつに襲われたら、守ってくれるんじゃろ?」


「はっ、もちろんでございます!」




 どっちでもいいから、さっさと俺は報酬予定の金銀財宝を拝みたい。


 そう思っていると、キッと鋭い眼差しで俺を睨みつけてくるダエスタ。




「いいか? 不審な動きをしてみろ。その時点で斬り伏せてやるからな?」


「へいへい。勝手にしてくれ」




 俺の軟派な態度が気に食わないのか、ダエスタは不愉快そうな表情を見せている。


 俺的には、ダエスタの心配は当然だと思っているので気にしていない。そもそも俺は一度口にしたことは守る。




 報酬さえあれば、コイツらにつくと言ったことを一方的に違えるようなことはしない。




「ならさっそく向かうとするかのう。こっちじゃ」




 そう言いながら、ラジエが壁にかけられているランタンを手に取ると、部屋の奥にある扉へと向かっていく。






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