第132話 第二王女
「へぇ、なるほどな。ちゃんと対価があるってんなら、俺のやる気も上がるってもんだ」
「それは上々。しかしお主には、できればこのままある方と会合を果たして欲しいのじゃが」
「その帝国の内情をあんたに伝えたって奴のことだな?」
「うむ。問題ないかのう?」
「いいぞ。どうせもう乗る船は決まったんだ。今更ジタバタするつもりはねえよ」
マジで危ない時は一目散に退却してしまえば良いだけだしな。それだけの用意はしているつもりだ。
そうして街の入口方面へ向かっていた馬車が、細い路地の方へと曲がっていく。
一応ラジエが用意した全身を隠せるローブに身を包む。もしかしたらどこかに監視の目があるかもしれないからということらしい。
ラジエも同じようにローブに身を包み、馬車がある建物の前で停止した。
周囲には人気が無く薄暗い路地。建物は幾つも立ち並んでいるが、目的地は目の前にある民家らしき建物のようだ。
そのままラジエとともに馬車を降りると、馬車はそのまま走り去っていく。
残された俺とラジエは、その民家へと近づく。
ラジエが木製の扉を一定のリズムで五回叩く。
すると向こうからも同じリズムで五回返してきた。
さらにラジエ、今度もまた五回ノックすると――。
「――蒼き魂に?」
扉の向こうから、突然意味不明の言葉が発せられた。
「――オルテナの祝福があらんことを」
何の躊躇もなくラジエがそう言うと、ガチャリと扉のロックを外す音が聞こえた。
そしてゆっくりと扉が開く。
どうやら今のは彼らにしか分からない合言葉だったようだ。ずいぶんと慎重らしい。
開いた扉の中へと、俺はラジエとともに入って行く。
すると扉のすぐ近くにメイド服を着た女性が立っていることに気づいた。向こうもこちらを見て驚いた様子ではあったが、すぐに居住まいを正して扉に向かって立つ。どうやら門番というか扉番をしているようだ。
室内は比較的どこにでもあるような平凡な感じで、とてもラジエが遜るような人物が住むような高貴さは一切なかった。
それでもラジエがどんどんと奥に入っていくので、俺は黙ってそのままついていく。
そして廊下を突っ切り、その突き当たりにある扉で足を止めた。
その扉の前にも、メイドがいる。
メイドは俺の姿を見ると、先程のメイドと同様に驚いた表情を見せた。そしてその視線をすぐにラジエに向ける。
「ラジエ様、何の報告もなく部外者を連れてこられるのは困ります」
「ほっほ、安心せえ。この者は強い味方じゃよ」
「しかし……」
「とにかく謁見を希望していると伝えてもらいたい」
「…………承知致しました」
メイドが渋々といった感じで一礼をすると、そのまま扉を開き奥へと入っていった。
しばらく待っていると、扉が開いてメイドが再度姿を見せる。
「お会いになられるようです。どうぞ」
「うむ、ご苦労」
ラジエを先頭に、俺はその後ろをついていく。
部屋の中へと入ると、そこには――。
「――戻ってきたのですね、ラジエ様」
この家には似つかわしくない。純白のドレスに身を包んだ深窓の令嬢といった感じの少女が椅子に腰かけて出迎えてくれた。
すると何を思ったか、ラジエが突然跪いたのである。
そして彼は驚くべき言葉を発した。
「遅くなり申し訳ございませんでした――――ノアリア様」
ノアリア……様? 様付け? いや……確かノアリアって……?
その名前を聞いて、俺はハッとなった。
間違っていなければそれは……。
「その方が頼もしい協力者、ということですが?」
少女が俺を一瞥したのち、ラジエに問うた。
彼女の周りには一人のメイドが傍に控えていて、何故かその背には二本の剣を携えている。その姿に強烈な違和感を覚えるが、それよりも今はこの少女のことである。
「はっ、彼は見ての通り『ガーブル』ではありませぬ。さらに……この世界に住まう者でございます」
「この……世界?」
ラジエが、ここが異世界だということを彼女に告げた。
当然ながら少女もメイドも信じられないといった面持ちだが、ラジエへの信頼が厚いのか、事実だということを受け止めたようだ。
「しかしこの地に飛ばされ、まだそれほど時は経っておりません。どのようにしてそのような方との繋がりを得たのですか?」
少女が尋ね、ラジエが俺について説明した。
「――――なるほど。そのような経緯があったのですね」
すると少女は椅子から立ち上がり、俺の方に身体ごと正面を向く。
「自己紹介が遅れました。私は【エルロンド帝国】が第二王女――ノアリア・オル・ホワイト・フィニアーテ・エルロンドと申します」
やはり……と思わず息を飲んでしまった。
その名を俺はラジエから聞いていた。だが気になることもある。
「……俺は日呂だ。坊地日呂」
「ヒロ様、ですね。よろしくお願い申し上げます」
どこの馬の骨とも知らぬ輩にも、丁寧に頭を下げる彼女を見て、不愉快さは感じない。
「……爺さん、あんた第二王女は他国の視察に出ていて帝国にはいなかったって言わなかったか?」
そう、確かに彼からはそう聞いていたのだ。
「すまんのう、噓を吐いてしもうて。じゃが儂はたった一つだけ嘘を吐いているという告白をしたはずじゃぞ」
は? そんなこと…………いや、言ってたな。
『しかし残念ながら儂がお主に今まで話したことについて一切の嘘偽りはない。たった一つだけを除いてのう』
たった一つという言葉が気になったのだが、今の俺には直接関係しないことだからと話を流されてしまったのだった。
「なるほどな。つまり第二王女さんは、最初から帝国にいたってわけか」
「その通りじゃ。本当は戦に乗じてニケ様を奪取する予定じゃった。ノアリア様は戦が起きる少し前にここに潜伏してもらっておったんじゃ。連合軍の輩に見つかると当然捕縛されるからのう」
そして帝国に連合軍が乗り込んできた際に、ラジエとともにニケが囚われている場所へ向かおうとした矢先のこと。
「例の『呪導師』が現れたという話が出て、迂闊に動くことができなんだ。その事実確認をしている間に、戦があっという間に終結してしもうたんじゃよ。儂らの考えでは、宰相であるヴォダラが、悪足掻きをして戦がまだ長引くと思っていたんじゃが、『呪導師』とともに消え、そのあとすぐに連合軍が勝利した」
ラジエの思惑は、ヴォダラが最後の抵抗をしている間、連合軍たちの目が彼に向いている隙に、ニケを救出しようとしたらしい。
しかしヴォダラが帝国を捨てて逃げたため、想像以上に早く戦が終わり、救出する時間がなかったのだという。
「なるほどな。戦争の最中であんたたちがどう動こうとしたのかは分かった。けど気になるのは……第二王女さんのことだ」
「わたくし、ですか?」
俺の言葉にキョトンとした顔で小首を傾げるノアリア。
しかし間に割って入ってきた人物がいた。
「貴様、先程から聞いていれば、この方はこの国の王女殿下なのだぞ? 無礼にも程がある」
傍に控えていたメイドが、鋭い目つきで睨みつけてきた。
「悪いが王女だからって俺には関係ないんでね」
「何だと?」
メイドがその背に携帯している剣に手を掛けた。
「良いのですよ、ダエスタ」
「しかし姫様!」
「この方にとっては、我々こそが余所者。異世界で権威を振るうなど愚行でしかありませんよ?」
「それは……差し出がましいことを申しました」
スッと身を引いた。しかし俺への警戒は一切怠っていないが。
まあいきなり訳も分からない地に飛ばされた挙句、潜伏先に俺みたいな異世界人が現れたのだから彼女の態度もおかしくはない。
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