第131話 真贋視
「なるほどなるほど。やはり知らなんで扮装しておったか。『銀狐』という一族はのう、全員が女性として生まれてくる。それにのう……その方は仰っておった。最早『銀狐』は自分一人じゃと。だからお主がいるのも不自然だし、何よりも男なのがもっとおかしいんじゃよ」
くそぉ……『銀狐』にそんな特性があったなんて。イズだって知らなかったことだぞ。
じゃあもしかしたら、帝国の中にも、俺の姿を見て正体を見破っている者もいるかもしれない。
「ああ、安心するんじゃな。『銀狐』の特性を知っておる者なんてそういないじゃろ。それに実際に会った者ものう。儂だって対面して、初めてその特性を知ることができたんじゃからのう」
彼が言うには、その『銀狐』は人里離れた秘境に住み続けて何百年も過ごしているのだという。
たまに外界へ出て人の住む場所へ行く時も、姿を変えているから『銀狐』として認識されたことはないらしい。
なら何故ラジエが知っているのかというと、父がその『銀狐』に命を救われたことがあり、その繋がりで父に紹介されたのだという。
まだ幼い時分だったラジエに、『銀狐』はとても良くしてくれて、まるで姉のように振る舞ってくれたとのこと。
「しかし儂が商人として住んでいた街を出たっきり会わなくなったがのう」
そもそも『銀狐』と会うのも、一年に一度あるかないかくらいだったらしい。
〝シキ、どう思う?〟
〝油断ならぬ御仁ではありますが、敵意や害意は感じられませぬ。こちらを騙そうとしているわけではなさそうですが……〟
俺の勘もそうだったが、シキの第六感もラジエが敵ではないことを告げている。
「ただこうも早くお主の仮面を剥がすことができたのは嬉しいことじゃがのう」
ほっほっほっと楽しそうに笑ってくる。
「このジジイ……」
思わず呟いてしまったが、もう正体を見破られていることからも誤魔化す必要性を感じないので良しとした。
それにしてもやはり年の功。どうも掌の上で転がされていた気がしてイラっとする。まあ、俺の未熟さと考えの甘さが招いたことでもあるが。
「つまり俺は最初からあんたに怪しまれていたわけだ」
「それもあるが、先程の続きじゃ。儂の力についてのう」
「そういえば言ってたな。洞察力とか推理力って話……じゃねえんだな?」
「うむ。儂には――スキルが備わっておるんじゃよ」
「何だって?」
またも驚かされた。『ヒュロン』でありながらスキル持ちというのは本当に稀だからだ。
「儂には《真贋視》というスキルがある。真実か偽物かを見極めることができる力がのう」
しんがん……真贋ということか?
だがそれにしても厄介な能力だ。
「このスキルのお蔭で、商人としても大分楽に稼がせてもらった」
それはそうだろう。商談で最も有利に働く能力だ。相手が騙そうとしてきても見抜くことができるし、逆に相手にとっての弱みだって知ることが可能だろう。そこを利用すれば最大限の利益を手にするのもわけはない。
「じゃが力を使ってやり過ぎた結果、多くの敵を作ってしもうたがのう」
なるほど。浮かれ過ぎて力加減を誤ったのだろう。それで爺さんのような商人がいては邪魔だと思った者たちが排除しようと動いたってわけだ。
今思えば、もっと上手く商売しておけば良かったとも思うと彼は言う。しかしバカなことをしでかしたお蔭でシュレンと出会えたので、それはそれで良い経験になったらしい。
「つまりそのスキルで、俺が『ガーブル』じゃないことを知ったわけか」
「その通りじゃ。どうやら見た目は普通の少年みたいじゃがのう」
坊地日呂としての姿まで見られているとは本当に厄介な能力だ。この爺さんを敵に回すとなると問題にしかならない。
俺がいくら謀略をしようが、相手側にラジエがいたら意味がなくなってしまう。
ただまあこの爺さんが本当にスキル持ちなのだとしたら、俺だっていずれはそのスキルを購入することもできるし、アドバンテージを潰すことだって可能だ。
しかし敵にするよりは味方にしておいた方が良いものまた事実。
でもそうすれば、ドラギア王たちとは反目することになりかねない。できれば両方取って、美味しいとこだけガブリって感じでいきたいが……。
……さすがにそこまで欲張るのは無理か。
二兎を追う者は一兎をも得ず。
世の権力者たちが破滅した理由はそこにあったりする。
無欲でも大成しないし、かといって欲深過ぎれば破綻してしまう。
自分に見合った欲を理解し、その器から溢れないようにすることが破滅しない方法だ。
ここは二択に一つ。
どちらを取るのが、より自分にとって利益になるかを考えればいい。
……いや、考えるまでもないか。
そもそもこの爺さんには俺のアキレス腱がバレてしまっているのだ。ドラギア王側についたとしても、それをバラされれば終わりだろう。
ならばここでラジエを始末するか? ……さすがに何の落ち度もない人物を一方的な理由で殺すのは、俺の美学に反してしまう。
だったら答えは一つしかない。
「どうじゃ? 儂に力を貸してはくれんかのう?」
「………………はぁ。まさかあんたみてえな爺さんに目をつけられるなんてな。まったくもって予想外だ。ったく。けど爺さん、俺がここであんたを殺し、目撃者もすべて始末しようとしたらどうする?」
「ほっほっほ。元々儂は背水の陣。ここで落ちればそこまでだったと諦めるしかあるまい。それにじゃ……」
ジッと俺の目を見つめてくるラジエ。
「元商人の人を見定める眼力を見縊ってはならぬよ? お主は弱者を一方的に屠ることができる者ではあるまい」
……どうもこの爺さんの前だと調子が狂う。何ていうか……どこか親父に似ているからだろうか。この飄々とした感じで、相手を見抜いてくる様子が。
「……やれやれだ。俺のことを知られちまってる以上は仕方ねえか」
俺は《変身薬》を解いて、坊地日呂の姿を見せた。
「その姿を見せてくれたということは……期待しても構わんのじゃな?」
「よく言うよ。ほとんど脅しじゃねえか」
「ほっほっほ、こちらも必死じゃからのう。では改めて自己紹介をしようかのう。儂は【アロードッズ王国】に仕える大臣――ラジエ・バッハ・フィーシュ・ロートリアじゃ」
「俺は坊地日呂。坊地が苗字で日呂が名前だ。それと……地球人だ」
「!? ……この地に住まう者じゃったか。それはさすがに予想してなかったのう」
「あんたにも見抜けないものがあったんだな」
「儂のスキルも万能というわけでなあるまいよ」
「さいですか。ま、とりあえず協力者としてよろしく頼むよ。……タダ働きじゃなかったらもっとやる気が出るがな」
「ほっほ、安心するがええ。何も見返りを払わないわけではないからのう」
「? どういうことだ?」
「ドラギア王らと儂は、確かに帝国を討つためにともに尽力した。しかし帝国に関して彼らと儂には決定的な違いがある」
「違い?」
「うむ。それは――帝国の内情に詳しいか詳しくないか、じゃ」
「……! シュレンからの情報か?」
「……いいや。帝国の内情を知らせてくれたお方は別におる」
……お方?
言い方が気になった。この爺さんが遜るような人物みたいだが。
「そのお方は、儂にシュレン様の手紙を届けてくださったんじゃよ。そしてその方もまた、シュレン様に対する周りの扱いに納得されておらなんだ。そして助けられなかったことを酷く悔いておられる」
一体誰だ……? 今までの話にそんな人物が出てきた……か?
「その方は帝国に詳しく、帝国が……いや、宰相が隠し持っていた金庫の存在も知っておられた」
「隠し金庫!?」
「実際にこの目でも確認させてもらった。それはこの帝都内に存在する。きっとお主にも満足のいく見返りを差し出すことができるじゃろう」
それが本当なら期待はできそうだ。隠し金庫……なんて甘美な響きだろうか。
帝国を裏で牛耳っていた輩の隠し金庫というのだから、それはもうたんまりと貯めていたはず。
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