第130話 見抜かれる

「一つ聞きたいのだが、それは【アロードッズ王国】の総意なのか?」


「…………」


「答えられぬということは、もしやニケ奪還の作戦は貴殿だけの望みか?」


「…………我が王は良くも悪くも自国の平和を最優先させ過ぎる方じゃ。今回戦争に参加したのも、帝国にとって負け戦になると判断したから連合軍に寝返っただけ」




 勝ち馬がどちらか見極める目はあるのだろう。つまり正義などといった思考で動いたわけじゃないらしい。




「仮にニケ様を奪還できたとしても、戦争の火種になりかねないものを抱え込もうとはせぬ。実際に……儂の願いも断られておるからのう」


「実の娘の子供でもか?」


「我が王は家族よりも国家の平和を優先する」




 ……王としては正しい判断なのだろう。自国民にとって、争いが起こらないことが何よりも嬉しい。平和な街であることが一番だから。




 しかし父としてはどうだろうか。自分の娘が……身体の弱かった娘が誕生させた、たった一つの命。




 俺だったら何を押しても絶対に守り抜くだろう。特にシュレンの想いを受け止めたら黙ってなんていられないはず。




「王は手紙を読んでいないのか?」


「無論お読みになられた。しかし……」




 その上でニケを受け入れないという選択肢を取ったのか……。




「じゃが儂はこの機は天命じゃと思っておる」


「この機……? ああ、地球に飛ばされたことだな」


「うむ。この地に帝国の血を恐れる者は最早【エルロンド】内だけ。ニケ様を連れ出すことさえできれば……」


「それはつまり、もう元の世界への帰還は望まないということか?」


「そもそも戻る方法を分からぬし、戻ったところでニケ様に益などはあるまい。それにこの新世界でならば、ニケ様の居場所を作ることができるやもしれぬしのう」




 本当にこの爺さんは、そのニケという子供のことだけを考えているようだ。




「本心はそのニケに帝王を次いで欲しいのではないのか?」




 何せ慕っていたシュレンの忘れ形見だ。もし帝王になってくれるなら鼻が高いはず。


 しかしラジエは力強く頭を左右に振った。




「ニケ様には、権力渦巻く世界とは無縁な生活を送って頂きたい。……かつてのシュレン様がそう望まれたようにのう」


「……ではこの対話の最初、帝国を治める者について聞いたが、あれは……」


「恐らく勢力的には二分されるであろうな。最も有力なのは『ガーブル』を束ねるドラギア王」




 確かにあの覇気だ。務まらないことはないし、彼ならこの巨大な街だって治めることができると俺も思う。




「じゃがドラギア王の次に名が上がっておるのは――ジュラフじゃ」


「ジュラフ? それは確かゼーヴの相棒であろう? 冒険者という身分だと聞いたが……」


「その通りじゃ。しかし彼の出自は……帝国の貴族という噂が立っている。儂も調べたところ、宰相だったヴォダラに追放された一族だという話じゃ」




 ヴォダラ……『呪導師』とともに逃げ出したクズ野郎って話だ。




 そういえばゼーヴが言ってたな。ジュラフが帝国との戦に参加することを渇望したって。つまり帝国との因縁があったからこそ、だったからなのだろうか。




「ジュラフを推す者たちも多い。そして今、このような状況の中、益々指導者が必要になる。指導者争いに帝国は荒れるであろうが、その分、ニケ様に目が向かなくなる今がチャンスなのじゃ」




 なるほど。だからこその〝この機〟というわけだ。




「私は貴殿の言う通り、より利益のある側へとつく。ドラギア王たちと手を結ぶ以上に、貴殿は私に見返りを差し出せるということか?」


「…………」


「それに今貴殿が話したことが真実だという根拠もない」




 そう、すべて俺を利用するために同情を引いている可能性だってあるのだ。


 するとラジエが、俺の顔をジッと見つめながら驚くべき言葉を口にする。




「儂にはお主の真の姿が見えておる」


「! ……突然何を言う?」


「先程儂の力を見込まれてシュレン様の傍付きになったという話はしたと思うが、あれは商人としての実力や人脈だけじゃない」




 コイツ……一体何を……?




「儂には生まれつきある力が備わっておった。だからこそ商人としても大成することができたんじゃがのう」


「先程から何を訳の分からぬことを……」


「お主は『ガーブル』ではない」




 思わず息を飲んだ。まさかこんな突然に正体を見破られるとは思ってもいなかったからである。


 影の中に潜んでいるはずのシキが、いつでも動けるように警戒しているのが伝わってきていた。


 俺はそれでも平静を装い続ける。




「『ガーブル』ではない? 見ての通り、私は本物の『銀狐』だが?」


「その『銀狐』の姿もまた、儂が訝しんだ理由じゃよ」




 何故だ? 今までこの『銀狐』の姿を見て、畏敬する者はいれど怪しむ者はいなかった。




「伝説の『四色獣ししょくじゅう』の一角である『銀狐』。……儂はのう、かつて本物の『銀狐』に会うとるんじゃよ」




 !? ……マ、マジかぁ……。その可能性は限りなく低いと思ってたのに……まさかここでソイツと遭遇するなんて。




「お主が本物だというのであれば、『銀狐』の証を示すことができるはずじゃ」




 証? ……そんなものあったのかよ。いや、もしかしてこれは俺をハメるための罠か? 実際証なんてないのに俺があるように振る舞えば偽物として判断できる。ならここは……。




「証? そのようなものはない。『銀狐』であるこの姿こそが本物を示しておる」




 するとラジエが一瞬驚いたように目を見開く。




 俺はその顔を見て、やはりこちらを騙そうとしてたかと、それを看破した俺自身を褒めてやりたかったが……。




「ほっほっほっほ!」




 いきなりラジエが笑い出した。




「……何がおかしい?」


「いやいや、すまんのう。うむうむ、なるほど。商人を名乗っておるが、その実、まだまだ年若い小僧じゃな、お主は?」




 俺は表情には一切出さないが、苛立ちを胸にジッとラジエを睨みつける。




「そう睨みつけんでくれ。老体には少々堪えるわい。それにちゃんと説明もするつもりじゃよ」




 そう言うと、彼は一つ咳払いをしてから続ける。




「お主は儂が『銀狐』の証という有りもしないものを示せと言ったと判断し、それでこちらの思惑を上回ろうとした。そうじゃろ?」


「…………」


「しかし残念ながら儂がお主に今まで話したことについて一切の嘘偽りはない。たった一つだけを除いてのう」




 ……たった一つ?




「その嘘も今のお主には直接関わり合いのないこと。今は気にせずともよい。それに『銀狐』に会ったのも本当じゃ。そして『銀狐』の証があるというのも、のう」




 ……どうやら俺は深読みし過ぎてしまったようだ。




「『銀狐』にとっての証。それは――女性であることじゃよ」


「……え? マジ?」


「ほっほ、お主……素が出ておるぞ?」




 !? しまったぁっ!?




 あまりにも想定外の答えに動揺を表に出してしまった。








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