第129話 ラジエの語り

「……ほう」




 これまた厄介なことを。連合軍……ドラギア王たちにとって、帝王の血筋は、もう世に出してはいけない存在だろう。


 今はまだ九歳と幼く何も知らないから幽閉で済んでいるが、ニケが辿る道は二つに一つだ。




 一つは成人を迎えた時に、すべてを話したのちに公開処刑でケジメをつけさせるか。


 一つはこのまま飼い殺しにして、誰にも知られずに闇に葬られるか。




 どちらにしても酷い結末ではあるだろう。




 後者の方は長生きできたとしても、一生を閉じ込められて過ごすことになる。そんなのは生きてるって俺は言えないと思う。


 だからこそ、これは一種の反逆行為そのものだ。




 せっかく勝ち取った平和を脅かし、再び戦火を広げようとしているとも見える。


 もしドラギア王や他の者たちに知られれば、首を斬られてもおかしくない企みだ。




 それをこんなところで俺に言いやがって……。




「つまりはその反逆行為に力を貸せ、と?」


「お主を見込んでの頼みじゃ」


「……分からぬな。貴殿と私は今日初めて会ったはず。それなのに何故そこまで信をおける? 私が今すぐドラギア王に口添えすることだってできるのだぞ?」




 俺だったら絶対に頼らない。頼るにしても相手のことを調べに調べ上げ、利用価値のある人物だということが分かった上での選択をするだろう。




「儂がお主を見込んだのは、お主が生粋の商人気質だからじゃ」


「……何?」


「己の感情を排し利益だけを追求する。だからこそこちらとしても割り切って仕事を頼めるというもの」


「よくもまあ本人に向かって堂々と言えるものだな。しかしそこまで言えるということは、貴殿……もしや」


「儂も元々は商人だったんじゃよ」




 やはり。商人に対して理解が深いと思ったが、本当にそうだったようだ。




「かつての儂は、ただただ利益だけを追い求めるだけの商人じゃった。しかしそのせいで敵を作ってしもうてな。儂の存在を疎ましく思っておった者が放った刺客に襲われ瀕死になり、もうダメかと思った時に、たまたまそこに通りかかったあるお方に助けられたんじゃよ。そしてそのお方に儂の力を見込まれ側付きとなった。今思えば不思議なもんじゃ。ただの商人じゃった儂が、今では一国の大臣にまで上りつめたんじゃからのう。しかしそれもこれも、すべてはあのお方のお蔭」


「……あのお方とは?」


「――――シュレン様じゃ」




 シュレン? 確かさっきもその名を聞いた。勘違い……ではないと思うが。




「聞き間違いでも勘違いでもないぞ。帝王の第十三側室であるシュレン様のことじゃ」




 俺の疑問を察したように説明をしてくれた。




 この爺さんがさっきシュレンが死んだと口にした時に悲しそうに見えたのは、恩人だったからなのだろう。


 それに傍付きになって大臣にまで至った経緯が明らかになったが、シュレンという女性の身分もまた推察することができた。




「シュレン様は、【アロードッズ王国】の第二王女じゃった」




 想像していた通り、王族だったようだ。




「その時のシュレン様は、まだ九歳。奇しくも今のニケ様と同じ年頃じゃったのう」




 遠い日を思い出すようにラジエが語り出す。




「儂は命を救われ、シュレン様の傍に置いてもらうようになってから、商人としての知識と人脈を使い、あの方のために尽力したもんじゃ。ただシュレン様はあまり欲のない方でのう、金品などを望むよりは花や小動物を愛でることが大好きじゃったわい」




 どうやらそのシュレンとやらは、お淑やかでこれぞお姫様といったような人物だったらしい。




「病弱な方ではあったが、よく笑い、国中の者に好かれる良きお方じゃった。そんなシュレン様が二十五を迎えた頃に、ある話が舞い込んできおった」




 ある話……?




「帝国への輿入れじゃ」


「……なるほど。つまり帝国との繋がりを強化するために娘を献上したということか」


「別に珍しい話ではない。それどころか帝国とのパイプが太くなれば、より自国の国力も増す。とても良い話であり、シュレン様もご納得されておったわい」




 物寂しそうに言う彼の顔を見ると、どうやらこの爺さんにとっては嬉しい反面、孫を嫁に出すような感じで心配だったのかもしれない。




「ただ二十五で輿入れとは、ずいぶんと遅い気もするが」


「……シュレン様は度々寝たきりになる生活を強いられておった。そのため、医者にもきっと子を成せないだろうと。それだけの体力はないと診断されておったんじゃ」




 だから政略結婚に使うことはできなかったのだという。




「しかし二十歳を過ぎた頃か。少しずつ病は鳴りを潜め、寝込むこともなくなってきた。周りは病気が治ったと大喜びじゃったのう。それで王は仰った。二十五になった時、それでもまだ病が発症していなかったら嫁に出すと」




 そして二十五歳の時に、タイミング良く話が舞い込んできたというわけらしい。




 その頃、帝王もまたなかなか子を成せない事情もあって、様々な国から妾を募集してようだ。ある程度の身分があれば誰でもいい。数撃てば当たるというようなやり方で側室を迎えた。その中の一人がシュレンだったのである。




「シュレン様が帝国へ輿入れされ、すぐに朗報が自国へと飛び込んできた。シュレン様懐妊の報じゃ」




 実際のところ、シュレンが子を成せるとはアロードッズ王も考えていなかったらしい。それでも嫁に出せたことだけが強みだったからだ。




 しかし予想は良い方向に裏切られ、帝王五人目の子を生むことができたのである。


 これは【アロードッズ王国】にとっては大利となり、何よりも強い繋がりとなった。




 そしてラジエにとっても嬉しいことだったのだ。結婚の適齢期はとっくに過ぎ、ただ大勢の側室の中の一人という扱いだったはずのシュレンが、これで格上げされることになったのだから。




 今後も帝王に目を掛けられ、きっと大切にされるだろうと思っていた。


 たがシュレンの子が生まれて五年、今度は信じたくない情報がラジエのもとへと届く。




 それが――シュレンの訃報であった。




 それはシュレン直筆の手紙。


 その中にはシュレンの悲劇にも似た叫びが綴られていたのである。




 子を成したシュレンに、帝王が喜んだのは当然だった。二十五歳とはいえ、とてもそうは見えないほど若々しく、可憐で包容力もある彼女に、帝王の寵愛も厚くなり、ここまではラジエの予想したとおりになったのである。




 しかし本妻や他の側室にとっては、シュレンの存在は疎ましいものだった。


 帝王があまりにもシュレンに夢中になり過ぎてしまったのである。そのため、周りの嫉妬を一身に受けることになった。




 言ってみればイジメである。帝王に寵愛を受けるシュレンが気に食わないと、周りが彼女を排除しようと動き出したのだ。




 それでもシュレンは、お腹を痛めた子供――ニケがいるから母親として耐えてこられた。




 だがニケが四歳になった頃、本妻の策でシュレンは、ニケと離れ離れに過ごすことになってしまったのである。会えるのはほんの僅かな時間だけになった。




 当然シュレンは黙っていられず、帝王に本妻の非道を止めてほしいと願い出たが、本妻の権力は絶大であり、帝王と幼馴染ということもあって、帝王もまた強く本妻を咎めることをしなかったのだ。


 周りのほとんどが敵に回った状態で、シュレンができることは少なかった。




 このままではニケも殺されてしまうのではと思ったシュレンは、何とかニケを奪取して帝国から逃げようとしたのである。


 ただ運命は残酷なことに、今まで鳴りを潜めていた病が再発したのだ。




 これを最大の機と捉えた本妻は、シュレンは凶悪な感染症にかかっており、傍にいる者も感染してしまうと彼女を隔離したのである。


 誰とも会えず、ニケともまったく会えない日々。




 シュレンは心を病み、思い浮かぶは【アロードッズ王国】での平和に過ごした時間だった。




 そしてシュレンは、この一年間のことを手紙に書き連ね、信頼できる者に手紙を託し、悪化した病によってその命を終えたのだという。 


 手紙の最後には、こう書かれていた。




『私はもう戦えません。……ニケともっと触れ合いたかった。そして、もう一度あなたとも会いたかったです――ラジエ。弱い私でごめんなさい』




 俺は静かにラジエから絞り出される話を聞いていたが……。


 何とも悲運な女性だったんだな。


 そう思いながら、怒りと悲しみで震えているラジエを見つめていた。




「シュレン様は……帝国に殺されたも同然じゃ」




 だから彼は、今回の戦に参戦することを進言したのだという。


 一つはシュレンの仇を取ること。




 そしてもう一つは――。




「――ニケ様を取り戻す。それが唯一、このラジエがシュレン様に報いれることじゃ」




 涙を浮かべながら真っ直ぐ俺の目を見返してくる。




「しかしこのままでは、ニケ様もまたシュレン様と同じような人生を送ることになる」




 帝王の子供なのだ。当然隔離されての生活になる。シュレンと同じように。


 今の話を聞いた限りでは、確かに同情できる身の上だと思う。しかし……。






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