第128話 近づく者

「ヨーセンよ、ハクメンの言う通りだ。現在、我らにも、そしてこのチキュウに住む者たちにとっても、金品に価値はないのだろう。それよりも必要なのは衣食住。そしてそれらを提供するのが主、というわけだな?」


「その通りだ、ドラギア王」


「しかし気になるのは何故主が金品を求めるのか、だ」


「まあドラギア王の言う通りだよな。金品には価値がねえって知ってんのに、それを要求するってのが分かんねえしなぁ」


「そうだな。ただ何もなく商人が求めるわけがないだろうし、世の中にとって価値はなくとも、彼にとって有用であるということなのだろう」




 ゼーヴの言葉に次いでジュラフが自身の見解を述べた。




「……ジュラフ、だったか。貴殿の言う通り、私にとっては無価値なものではない。理由は簡単だ。私のスキルで、金品を有効活用することができるからだ」


「スキル? 『ガーブル』でスキル持ちってのは珍しいな。冒険者でも数えるほどしかいねえってのによ」




 ゼーヴの発言により、『ガーブル』にはあまりスキル持ちがいないことが分かる。もっともイズにも聞いたことがあるので驚きはないが。




 そもそもスキルというのはユグドラシルの恩恵を受けた者たちに多く発現するものであり、ユグドラシルに近しい存在である『エルフィン』の専売特許とまでは言わないが、他種族にとっては稀少な力であることは間違いないのだ。




「そのスキルとはどういったものなのだ?」


「それを教えるのは交渉が成立した相手だけだ」




 俺の言葉に、ドラギア王が眉間にしわを寄せる。


 怒らせたか? しかしさすがにそこまでペラペラと何の対価もなく教えるつもりはない。




「ただ金品を頂ければ、その対価に見合ったものを提供することはできる」


「このチキュウにないものでも、か?」


「貴殿らの世界にあるものでも、だ」




 しばらく俺とドラギア王が睨み合い、場に緊張感が漂う。覇気同士のぶつかり合いで、全員が口も出せずに押し黙ってしまっている。


 そして先に口火を切ったのはドラギア王の方だった。




「……承知した。しばし皆で話し合う故、返答は後日に願いたい」




 できれば即決してほしかったが、大勢の命がかかっている選択肢でもあることだ。ちゃんと皆の意見を取り入れることのできる人物がトップにいるという情報だけでも得られたのは有益だったろう。




「では連絡を待とう」




 そう言いながら、俺は楕円形の小さな鏡をドラギアに渡す。




「これは?」


「それは――《文字鏡もじきょう》。そこに文字を刻むことで、私が持っているもう一つの鏡に同じ文字が浮かび上がる。連絡を取るのに便利であろう」


「なるほど。アーティファクトということか」


「調べられるだけこの世界のことを調べればよい。それで私と契約するかどうか見定めるのだな」




 こちらとしては立派な大口契約だから繋がりを持っておきたいが、その分アンチだって大勢いそうなので強制することはできない。反発心が膨れ上がる危険性が高いからだ。


 だからここは俺にとって、別にどっちに転んでもいいというスタンスを取る。




 こちらが喉から手が出るほど欲しているような素振りを見せれば、そこを付け込まれたとえ契約できたとしても利益が小さくなるかもしれない。


 俺としては向こう側が是非とも手を結びたいと言ってくるのが望ましいのだ。




 会議室から出た俺は、兵の護衛のもと宮殿から出た。


 馬車で街の入口まで送るということだったが、俺は一人でも帰ることができると言い街へ向かう。




 ただ俺が宮殿から出ようとした直後のことだ。




「……どういうことか?」




 俺は目の前に立ち塞がった門番たちを睨みつける。


 しかし彼らは何も言わずに立っているだけ。特にこちらを害そうという敵意もない。




 するとそこへ――。




「――ハクメン殿」




 屈強そうな兵士を連れ立って、俺に近づいてきた小柄な人物がいた。




 ……『ヒュロン』か。




 歳のせいか、かなり身長が縮んでいる老翁がそこにいた。


 ただこちらの一挙手一投足を観察する抜け目のなさそうな目つきを見て、決して油断できない相手だということは理解できる。




「貴殿は?」


「儂は【アロードッズ王国】の大臣を務めとるラジエじゃ」


「そのラジエ殿が私に何か?」


「少し話があるんじゃよ。大事な大事な話がのう」




 そう言いながら、一つの馬車を指差す。乗れ……ということなのだろう。




「……承知した」




 俺は心の中で、シキに相手がこちらを害そうとしてきた時は、問答無用で排除に動くように伝えておく。


 俺はラジエに案内されるがまま、彼が乗る馬車へと乗り込んだ。




 先に乗らせてもらった馬車とは違い、こちらは貴族が乗るような荘厳な装飾などが施されている立派な馬車である。




 すると馬車が静かに走り出し、街の入口へ向かっていく。


 どうやら送ってくれるようだが、間違いなくそれだけじゃないことも分かっている。




 俺は対面に座っているラジエに向かって、




「それで? 私と話とは?」




 さっそくラジエに本題へ入ってもらう。


 彼は薄笑いを浮かべたまま、窓から外を眺めながら口を開く。




「つい一月前、ここが戦場だったことは存じておるかな?」


「ああ、そういう話は聞いている。帝国は他国と『ガーブル』が組んだ連合軍によって敗北したことも、この街の状況で判断することができた」


「そう。そしてこの地を……いや、帝国を治める者が誰になるかは?」


「……いいや。そもそも帝王はどうしたのだ?」


「少し前に天に召されてしまわれた」




 つまりは死んだということか。殺されたのかどうかは知らないが。まあ帝国の圧政を生んでいた責任を取ることを考えると処刑されたと考えるのが普通だろう。




「世継ぎは遺していなかったのか?」


「…………」


「……! まさかそっち関係にまつわる話か?」


「ほっほ、察しが良い。その通りじゃ」




 これはまた面倒そうなことに巻き込まれそうだ。




「先代の帝王――ビルダス様には五人のお子がおった」


「五人……意外にも少ないな」




 帝王ともなると、世継ぎ問題は特に重要視される。


 そのため多くの子を成しておく必要があるのだ。帝王の血を絶やさぬためにもである。




「なかなか子ができなくてのう。妾は大勢いたのじゃが、結局生まれたのは五人だけじゃった。しかし此度の戦により、長男のガロア様と次男のリューイ様は亡くなってしまわれた。長女のアロア様は同盟国へ嫁に出されており、次女のノアリア様は戦が起こる前に視察団として他国へ向かわれていて、結局戻って来られることはなかった」




 彼は言う。恐らくは次女だけでも帝国から遠ざけて、戦に巻き込まれないようにとの帝王の判断だったのだろうと。




「……では残った五人目は?」


「……三男のニケ様は、宮殿に幽閉されておる」


「! つまりはまだ生きているということか」




 てっきり帝国の血筋はすべて殺されていると思ったが……。




「ニケ様はまだ九歳なのじゃ。戦についても何も聞かされておらん」


「なら幽閉されている理由すら知らないのか?」


「いいや、まだ幼くとも聡明なお方でもある。きっと帝国に何が起こったのか、ご自分の家族がどのような末路を辿ったのかも理解されておるはずじゃて」




 それは……辛いな。




 まだまだ親が恋しい年頃のはずだ。それに兄弟も一気に失い、外出も許されないとなると、悲劇としか言いようがない。




「母親は? 傍にはいないのか?」


「生憎、ニケ様をお生まれになった第十三側室のシュレン様は他界しておる。……元々身体が弱い方だったのでな」




 その時、ラジエの顔に陰りが浮かぶのを見た。たかが帝王の妾……それも十三番目の側室に対し、何故そんな思い入れがあるのか……。


 だがすぐに表情を引き締めると、彼はこの話の真意を告げる。




「儂はニケ様をお救いしたいと考えておる」










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