第127話 会談

「許せ、ハクメン。この男も悪気があったわけではない。ただ想像だにしないことが次々と起こり冷静さを欠いてしまっていたようだ」


「いや、その者が申しているのは人としての善意。間違っているわけではない。しかし私は損得勘定でしか物事を図れぬ。そんな輩と相容れぬ者もいるのは理解している」


「……そうか。では商人としてならば、我らに利を与えてくれるということでよいのか?」


「無論、そのために来た」




 現状、彼らにとって最も警戒すべきなのは、やはり地球人たちの存在だろう。




 この【エルロンド】にも数多くの人間――『ヒュロン』はいるが、地球には人間しか存在していなかったのだから。




 しかもその気になれば、この帝国ごと滅ぼすことができる戦力だって所持している。


 当然政府だって、こんな世の中になったせいで、【エルロンド】に注目し人員を割く余裕があるわけではないだろう。




 しかし可能性として、接触を図ってくるかもしれない。何故ならこれほど大きな街が出現した例は今のところ日本では無いのだから。


 これは何かあると考え、政府が動き出そうとしても不思議じゃない。




「まず貴殿らにとって、最も価値のあるモノを提示することができる」


「ほう。聞かせてもらうか」


「それは――通訳だ」


「通訳……なるほど、こちらの世界に住む者たちには、我らの言葉は届かぬ。そういうことか?」




 そう尋ねながら、ドラギアはゼーヴの方へ視線を移した。


 その返しとして、ゼーヴは頷くと続ける。




「その通りだ。この一ヶ月以上生きて、マジでそれだけが苦労したな。どこへ行っても会話ができねえし、あんましつこく話してると警戒されちまう。中には攻撃してくる連中だっていたくれえだ」




 ゼーヴの言葉に周囲がざわつく。




「それは仕方のないことだろう。この地に住まう者たちにとって、『ガーブル』という存在は異質そのものなのだからな。見た目で敬遠されて当然だ」


「む? それはどういうことだ?」




 ドラギアの質問に対し、俺はこの地には人間しかいないことを伝える。




 するとまたもざわつきが大きくなる。そして当然ドラギアが、またゼーヴに確かめるが、ゼーヴもその目で見てきて、俺が正しいことを言っていることを告げた。




「人間というのは異質を嫌う。特にこのような世の中になり、それがより顕著になったといえよう。異世界からやってきたモンスターによって荒らされた平和。そして貴殿らは、そんな異世界から来た存在であり、意思疎通が図れない者たちだ。地球人にとっては、十分に排除すべき対象に成り得る」


「……であろうな。この地に住まう者たちにとっては、我らの方こそ余所者か」




 ドラギアは察しが良くて説明が楽だ。ここで無理矢理、ならば人間と戦争してでも居住地を奪い取るというような短絡的思考の持ち主じゃなくて良かった。


 まあそんな奴が一国を束ねる王などしていないと思うが。




「だが話をすれば分かってくれる『ヒュロン』……あ、いや、ニンゲンもいるはずだ」




 そこへ発言したのは、『ガーブル』ではなく『ヒュロン』だった。


俺が「……貴殿は?」と尋ねると、




「突然すまないな。私は【サグリアット国】を治めていたアランだ」




 今回の帝国を討つために集った他国の代表者らしい。




 戦争が終わり、一時期自国へ戻って戦後処理をしていたようだが、今後この帝国をどう扱っていくかの会議をするということで、参加するために【エルロンド】に来ていたとのこと。




 他にも『ヒュロン』が治める国家代表者はいるが、王ではなく、王子や王女、または側近などがほとんどである。




 自国の戦後処理が長引き、どうしても王が離れられないということで、会議には都合が良い者が宛てられたらしい。




 しかしそんな最中の出来事だ。会議のために集ったほとんどの者たちは帝国出身ではないので、異世界にやってきたことを知り困惑している。


 先のヨーセンについても、元々は別の集落を治めていた者らしく、だからこそこうして離れてしまい、集落への心配もあって焦っているのだろう。




「話をすれば分かってくれると言ったが、アラン殿?」


「そうだドラギア殿。確かに私たちはこの世界にとって異物で、余所者かもしれない。でもちゃんと話し合うことさえできれば折り合いくらいはつけられるのではないか?」


「だがハクメンが言うように、極めて異質を嫌うのであれば、それも難しいのではないか? それにこの地を侵したのが我々だと言われればどうする? それを否定する証拠はあるのか?」


「だからそれも話し合えばいい。難しいかもしれないが、ただ最初から決めつけ争うなんて馬鹿のすることだ。それにドラギア殿、こうして我らは手を取り合って帝国を討つことができた。たとえ他の地であろうと、同じように手を結ぶことができない道理はあるまい」


「……ふむ。確かに意思疎通さえ図れれば可能性としては十分にある、か。なるほど……ハクメンよ、確かに主の言う通り、我らにとって最も必要なのは対話ができる手段のようだ」




 そういうことだ。この流れになるように俺が誘導したのだが、この場に強い同盟意志を持つ『ヒュロン』がいて助かった。


 いなければ『ガーブル』たちを説得するのも、もう少し時間がかかっただろう。




「私は異世界と異世界を繋ぐ仲介人としての顔を持つ。それは何故か。簡単だ。どちらの言葉も理解し対話をすることができるからだ」


「つまりは外交官としての務めを果たせるというわけか」


「そういうことだ。平和的に場を収めたいのであれば、必ず必要になってくるだろう」


「ふむ……主は商人と言ったが、商品というのは己自身というわけか?」


「いいや、確かに通訳として仕事をこなすこともできるが、それは一面に過ぎない。私はあくまでも商人。衣食住を提供することが専門だ」


「そしてその見返りとして何を望む?」


「帝国に存在する富を」




 俺の言葉に対して、さすがに黙っていられなかったのか、多くの者たちが反論してくる。 


 当然だろう。今じゃ、この帝国にあるものは、すべて限られた物資だ。


 それを支払えというのだ。不満の声が上がるのも無理はない。




「富と申しても、この地では価値がないものだ」


騒ぎの中、俺がそう言ったことに訝しんだドラギアが、「どういうことだ?」と尋ねてきた。


「私が望むのは、帝国が所持する金品などだ」




 だからそれを失ったら国が潰れるとヨーセンが言う。




「潰れる? それは何故だ?」


「何故? 貴様はそんなことも分からぬのか! それでよく商人などと名乗っていられるな!」


「そのような言葉は求めておらぬ。さっさと理由を口にするがよい」


「くっ……ならば学のない貴様に教えてやろう! 国が成り立つには金が必要になるのだ! 金があるからこそ物流が盛んになり、民が飢えることなく生活することができる。金があれば必要なものが手に入るのは道理であろう。国を外敵から守るにも、必ず物資が必要になる! そして物資には多くの金がかかる! 貴様の望む通りに金を吐き出してしまえば、いずれ国の財は底を尽き、国そのものが枯渇してしまうのだ!」




 どうだ、分かったかと言わんばかりに鼻息を荒くしているヨーセン。彼だけじゃなく、他の連中も同様に、俺のことを何も知らないガキでも見るかのような目つきを向けている。




 しかしドラギア、ゼーヴ、ジュラフら他数人は、俺に失望しているわけではなく、何か探るような眼差しだ。




「確かに貴殿の申す国家運営に異論はない」


「フン、当然だ!」


「しかしその上で口にしているのだ。この帝国にある金品には価値が無いと」


「んなっ!? ど、どういうことだ!」


「金には価値があってこそ物流が捗る。そうだな?」


「と、当然だろう!」


「しかしそれはその地に住む者たちにとって、等しい価値を持っている金だからこそ成り立つ」


「……?」


「もう忘れたのか? この地に貴殿の望む環境は存在せぬのだぞ?」


「……!」




 ようやく理解したのか、ヨーセンや俺をバカにしていた連中がハッとなる。


 ヨーセンの言ったことは間違いではない。金は国家運営には欠かせないものだ。




 しかしそれは全員が、金に価値あるものとしての認識があってこそ。


 ただ残念ながらここは地球で、彼らが有する金品が、そのまま彼らが望む価値があるとは言えない。




 確かに異世界の物品だから貴重だろうが、今はそんなものより地球にとって価値あるものは食料や医療品などだ。金品ではない。


 この世界が平和なままなら、交渉の余地はあったし、やり方次第では国を潤わせることができただろう。




 だが現状、金の価値を失った地球では、たとえ異世界の金や宝石なども限りなく価値は低い。何故ならそんなものがあっても食えないから。








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