第126話 竜人の王

「――ゼーヴッ!?」




 ……人間?




 急に『ガーブル』ではない者が現れたので、俺は思わず目を見張ってしまった。




「よぉ、ジュラフ! ひっさしぶりだなぁ!」


「こんのバカ者めがっ!」




 ジュラフと呼ばれた男が、ゼーヴへと大股で近づき、彼の頭を殴りつけた。




「いってぇぇぇぇっ!? いきなり何しやがんだよぉ!?」


「うるさい! 一体今までどこに行っていた! 散々探し回っていたんだぞ!」


「うっ……わ、悪かったってぇ。けどしゃーねえだろうが。俺の意思関係なしで、こんな訳の分かんねえ別世界に飛ばされてたんだしよぉ」


「……別世界? ここは……俺たちが知る世界じゃないのか?」


「……ああ、違えよ。信じられねえかもしれねえけどな」




 ゼーヴが、一ヶ月以上前に自分が一人でこの地球にやってきたことを告げ、そこから今まで日本を旅しながら得た情報を伝えた。その結果、ここが自分たちがいた世界ではないことが分かったらしい。




「そうか……よもや我々全員……いや、帝国そのものが〝光隠し〟に合うとはな。これはやはり……ドラギア王の言う通り奴の仕業かもしれん」




 ジュラフが険しい顔つきで言葉を絞り出すように言う。




「まあでも、俺としちゃあ、またおめえに会えて良かったぜ、ジュラフ」


「ゼーヴ……ふっ、そうだな。またうるさい日々が帰って来たようでうんざりだ」


「あんだとぉ」


「……とにかく、無事で何よりだ。おかえり、ゼーヴ」


「おう、ただいま」




 どうやら二人の関係は強い信頼で結ばれているらしい。互いに再会できたことを喜び合っている。




「ところでそこの者は誰だ?」




 ようやく話題が俺へと向く。




「そのことなんだけどよぉ、おめえやドラギア王も、この世界のことについてよく知らねえだろ? コイツは俺よりもこの地について詳しい」


「何? つまりは彼も〝光隠し〟に?」


「俺よりもずっと前に、な」


「なるほど。今はとにかくどんな些細な情報だってほしいところだ。二人とも中へ入ってくれ。ドラギア王に紹介しよう」




 さっきからちょくちょく出てくるドラギア王とやらは一体どんな人物なのだろうか。


 恐らくはこの戦争にも参加した中心人物だとは思うが……。




 会議室へ通され、そこに設置されている円卓には、数々の顔ぶれが並んでいた。その多くは『ガーブル』であり、一般の兵士たちとは違って重要な立場にいる者たちなのだろう。




 そしてその中に、一際存在感を放つ人物がいる。




 ガタイ自体も恐ろしく大きい。それに何といっても……。




 ……おいおい、あの風貌……まさか…………ドラゴンか?




 まるでドラゴンを擬人化したような、威圧感の塊がそこに座っていた。




 紅色の鱗を纏い、黄金に輝く鋭い瞳とワニのような大きな口に角のようなものを持つ存在。これまでいろいろな『ガーブル』を見てきたが、ここまで獣よりな奴は初めて見た。


 こうして対峙しているだけで身体が震えてきそうなほどに、種族のとしての格が違う。油断すれば飲み込まれかねないほどの圧迫感を覚える。




〝殿、油断めされぬように。あの『竜人』……恐らくはそれがしと同等かと〟




 シキが警戒を促す。




 にしてもAランクのシキが、自分と同等の力を持つというくらいだ。俺が隙をついても勝てない相手なのは確かである。




 ていうかやっぱり『竜人』だったんだな。




 するとゼーヴが、俺が注目している人物に向かって頭を下げた。




「お久しぶりです、ドラギア王」




 やはりコイツがそうだったようだ。




「うむ、報告は聞いた。無事だったようだな。さすがは『戦狼』と呼ばれた男よ。主の帰還を心から歓迎する」




 そしてすぐに、ドラギアの視線が俺へと向き、その目がスッと細められる。




「して……主は何者だ? その覇気……ただものではあるまい」




 彼だけじゃなく、他の者も俺の外套から発せられる覇気を感じて警戒してる様子だ。


 俺もドラギアに負けじと、ポーカーフェイスを維持しつつ口を開く。




「お初にお目にかかる。私の名はハクメン。この世界で商人をしている者だ」


「商人? ……話を聞こうか」




 どうやら門前払いをされないようで安心した。


 俺はこの世界で、ハクメンとして何をしているのかを彼らに伝えた。




 ドラギアを含め、多くの重鎮たちもまた信じられない情報を耳にし固まってしまっている。


 中には冗談だと口にする者もいたが、そこはゼーヴが後押しをしてくれたことで、彼らも信じざるを得なくなったようだ。




「――異世界……チキュウ、か」




 静寂の中、ドラギアが天井を仰ぎながら呟く。




「よもやこのような事態に巻き込まれようとはな。正直、普通では有り得ぬことだ」


「ドラギア王、やはり先程仰られていたように……」




 そう言葉にするのはジュラフだった。彼の言葉にドラギア王は「うむ」と低く唸ると、そのまま続ける。




「やはり――『呪導師』が絡んでいるであろうな」




 『呪導師』……彼らにとっては、帝国を牛耳っていた宰相を逃亡させた苦い相手である。




「そうでなければ説明がつきませんよ。この規模の〝光隠し〟など聞いたことがありません。それにこのチキュウという世界に、次々と我らの世界が住民とともに飛ばされてきているとなれば、まさに世界規模の大災害ですから」




 ジュラフの言葉に誰もが押し黙る。皆も彼の言い分が正しいと感じているようだ。


 そんな中、ドラギアが俺に向けて発言する。




「では主のお蔭で、我ら同胞は、この地でも無事に生活をしているということだな?」


「問題なく。無論こちらも商売故、無償というわけではあるまいがな」


「ならばここへ主がやってきた目的も、商談ということで間違いないか?」




 俺が頷くと、卓をバンッと叩いて一人の中年男性が立ち上がりながら言う。




「先程から黙って聞いていたが、やはり納得できん! 貴様……ハクメンと言ったな? 同じ『ガーブル』のくせに、同胞から禄を貪るとはどういう了見だ!」


「どういう了見、とは?」


「このような状況に陥ってしまった同胞に手を差し伸べるのは当然だろう! それなのに混乱を利用して糧を得ようとは言語道断! そのようなもの死体漁りと同義ではないか!」




 ……言ってくれる。けどな、そんな文句は、今までも言われてきてんだよこっちは。




「ほう、なら何か? 貴殿らには無償で情報や糧を用意しろと?」


「当然だ! 貴様はこのような何も知らぬ地で、我らが朽ちてもいいというのか? 同胞ならば、全員が生き抜けるように尽力するのが義務であろう!」




 その言葉に、少なからず同意する者が首肯する。




「……義務? それは貴殿らが勝手に決めつけた律だ。私には関係の無いことだ」


「んなっ!?」


「そもそも商人という人種を履き違えては困る。商人はあくまでも利益でしか動かぬ。たとえ同胞といえど、見返りもなく救うほど私はお人好しではない」


「っ……いいからさっさと知っていることを全部吐け! それに所持している物資もだ! 困っている者に施しを与えるのは当然のことだろうが!」




 やれやれ、どうやらコイツは人ってもんを理解してない。困ってる者に施しを与えるのが当然? なら何故あの時……誰も俺を助けてはくれなかったんだ?




 その理由は簡単だ。誰だって己の利を優先するからだ。手を出すメリットデメリットを考え、少しでもデメリットが強ければ、人は自己防衛に走る。




 そしてきっと他の誰かが自分の代わりにやってくれるなどという幻想を抱き、目の前で行われている悲惨な現場を見て見ぬフリをするのだ。


 それが人という種。感情に支配された哀れな生物である。




「話にならぬ。貴殿が申していることは、商人そのものを否定するようなもの。確かに世の中には自身の懐を切り、他に施しを与える善意の化身だって存在するであろう。しかし私はそのような偽善者ではない。現実を知り、現実に生きる、現実を貫く利己的な人種だ」




 俺の絶対的に揺らがぬ信念を聞き、コイツには何を言っても無駄だと悟ったのか、悔しそうに歯噛みするだけで何も言い返してこない。


 ただこちらを睨みつけて、俺の存在を否定しようとはしてくるが。




「そのへんにしておけ、ヨーセン」


「お、王!? し、しかし……」


「我々が今求めているものは何だ? それは情報だ。ここが本当に異世界だというのなら、我らが民を守るためにするべきことは、少しでも多くの情報を集め他者からの接触に備えることであろう」


「……仰る通りにございます」




 立っていた男が、ドラギアに注意され静かに席へと着いた。










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