第125話 帝都へ

「警戒せずともよい」


「あん? 何だおめえさんは?」




 俺の姿でピンと来ていないのか、どうやらすぐに『銀狐』と結びつけることはできなかったようだ。だから警戒度はどんどん高まっていっている気がする。




「私の名は――ハクメン」


「ハクメン……? その名前どっかで……ああ! そういや『猫人』の連中がすげえお方だって言ってたっけか?」




 確かに『猫人』とも契約を結んでいるが、彼らがダンジョン攻略をしている時にでも出会ったのかもしれない。




「確か商人なんだろ? 何でも伝説の『銀狐』らしいけどよ」




 知ってもまだ完全に警戒は解かれない。彼にとって伝説とは敬うべきものではないようだ。




「何か用か? 俺は早くあの街に行きてえんだが」


「そのことについて貴殿に渡りをつけてもらいたいと尋ねたのだ」


「渡り?」


「あれは【エルロンド】であろう?」


「ああ、間違いねえな」


「私も元々は貴殿と同じ地に生きていた者だ。そして【エルロンド】が戦争中だということも知っていた。あの様子から、恐らく帝国は落ちたと思うのだが……」


「外壁には俺らの仲間が立ってるしな。多分、そういうことなんだろうな」


「……貴殿は戦争中にこの地へ飛ばされてきたのだったな」


「! ……何でそれをおめえが知ってんだ?」




 またも警戒を強め、俺をギロリと睨みつけてくる。




「以前、袴姿の女性と会わなかったか?」


「袴姿…………ああ、もしかしてこの世界の人間なのに、俺の言葉が分かってたべっぴんな姉ちゃんのことか?」




 べっぴんって……。




「確かトラカドシイナって名前だったか?」


「うむ。あの者と私は既知の仲でな。貴殿のことを耳にしたのだ」


「そうだったんだな。や、悪いな、警戒しちまってよ」


「別に構わない」


「けど何で俺の仲間に渡りをつけてほしいんだ? 用があんなら普通に行けばいいだろ?」


「それができたらしている。あの国は戦争をしていたのだぞ? 安々と余所者を迎え入れるわけがなかろう。ただでさえ突然見知らぬ場所へ飛ばされてきたのだからな。故に、ここがどういった場所なのか、今後の方策なども兼ねて話し合いに参ったのだ」


「なるほどな。俺も大分この世界で暮らしたけど、言葉も通じねえしいまだによく分からねえんだよな。けど『猫人』が言うには、あんたはこの大地に住んでる連中とも会話ができるんだろ? だったらこっちとしても話し合う価値はありそうだな」


「では便宜を図ってもらえるか?」


「いいぜ! 袖擦り合うのも他生の縁っていうしな」




 そのことわざ、異世界にもあるのね……。




「んじゃ、俺が奴らに説明すっからついてこいよ」




 俺は《ジェットブック》を《ボックス》に収納すると、先を行くゼーヴについていった。




 そして山を登っていき、【エルロンド】の正門がある場所へと近づく。


 正門はすでに半壊しており戦の凄まじさが物語っている。




 門の前には、槍を構えた『ガーブル』たちがいて、当然俺たちの訪問をすんなりと受け入れてくれるわけがなかった。




「待てっ! 今、この街の出入りは禁じられている! 即刻立ち去ってもらおう!」




 数人が所持している槍の切っ先を向けてきた。




 だがそこへ――。




「――おいおい、ターナよぉ、その対応はあんまりじゃねえか?」


「は、はあ? 何故俺の名前を……って、お前もしかしてゼーヴかっ!?」


「はっ、もうこの顔を忘れたってのか? 同じ冒険者仲間だってのによぉ!」


「ま、間違いない……ゼーヴだ! お前、どこに行ってたんだ! いきなり消えてみんなが心配してたんだぞ!」


「それはもうおめえらも何となく分かってんだろ?」


「……! まさかお前はいち早く、この訳も分からない地に飛ばされてきたっていうのか?」


「ああ。もうこの世界に一ヶ月以上はいるぜ」


「…………」




 ターナって呼ばれた者だけじゃなく、他の者たちも唖然としてしまっている。




「ジュラフはどこだ? まさかアイツもいねえのか?」


「い、いや、ジュラフはずっと俺たちといた。今は宮殿の中にいるはずだ」


「そっか。見たところ……勝ったんだよな?」


「……ああ。俺たちは帝国に勝った。だが……」


「宰相には逃げられた、か?」


「探しても見つからなかった。まさか奴が『呪導師』と手を組んでやがったなんて……!」




 どうやら結局宰相とやらを討ち取ることはできなかったらしい。




「帝国を落としてからどんだけ時間が経ってんだ?」


「約一月ほどだな」




 ということは、異世界と地球の時間差はあまりないということになる。




「それよりそっちの銀髪は……誰だ?」


「ああ、コイツはハクメンっていって商人だ。まあ、俺の知り合いで危険はねえよ」


「お前がそう言うならそうなのだろうな。そうか、我々だけじゃなく、他の者たちもこの地に飛ばされているようだな。一体この地はどこなんだ? 見たこともない地形で、学者たちも首を捻っていたぞ」


「その話ならコイツがしてくれるさ。そのために連れてきたんだしな」


「そう、なのか?」


「ああ。だから早くジュラフとドラギア王と話してえんだ」


「分かった。兵に案内させよう。……おい」




 ターナが兵に事情を伝え、俺たちを宮殿へと案内してくれるようになった。


 街は広く、宮殿までは歩いたら結構かかるということで、馬車まで用意してくれたのだ。




 おお、馬車に乗るなんて初めてだなぁ。




 とはいっても貴族などが乗るような立派なものではなく、それこそ商人が引くような荷馬車ではあるが。


 それでも俺は馬が引く荷台に乗った経験などないので、軽く感動を覚えている。




 加えて、あちこち破壊の跡はあるものの、日本では滅多にお目にかかれない街の風景に歴史を感じて心が振るう。




「何だかずいぶん楽しそうだな。帝国に来るの初めてなんか?」


「あ、いや、すまない。少し童心に帰ってしまっていたな。恥ずかしい話だが、商人というのもこの世界に来てからなのだ。元の世界では、幼少の頃から俗世から離れてひっそりと暮らしていた」




 またまた出ました。嘘設定。俺本当に詐欺師になれるかもしれない。




「へぇ、なのにこの世界に来て何で商人なんか?」


「生きるためだな。それと私には養っている者たちが存在する。その者たちの食い扶持を稼がないといけぬのだ」


「なるほどなぁ。つまりおめえさんは子持ちだったんか」




 ……は?




「しかもその様子じゃ子だくさんってわけだ。かぁーっ、モテる男ってのはいいねえ! てか何で俺はモテねえんだよぉぉ! 顔か! 顔のせいか! 俺別に不細工じゃねえよなぁ!?」




 いきなり涙目でアホなことを言い始めた。




「気にしなくてもいいですよ。ゼーヴさんはいつもこんな感じにトリップしちゃいますから」




 俺の近くに座っていた兵の一人が、困惑している俺にそっと説明してくれた。




「うがぁぁぁぁっ! 俺だっていつか美人の嫁さんを何人も侍らせてハーレムを作っちゃるぅぅぅぅっ!」




 ハーレムの夢よりも、まずは一人愛する女性を見つけることから始めた方が良いと思うが……。


 そんな感じで、くだらないゼーヴの愚痴を聞いていると、宮殿への入口が見えてきた。




 外壁の中の街、そのさらに外壁に覆われた向こう側に宮殿が立っている。


 壁の周りは崖のような造りで水路が敷かれてあり、正門にかかる橋も跳ね橋になっていて、普段は通れなくしている様子。これではおいそれと侵入できない。さすがは帝王を守る城、防衛力は高いようだ。




 ただすでに連合軍によって制圧されているので、跳ね橋は下ろされていて、門も破壊されたままである。


 そこへ馬車が突っ込んでいき、何の障害もなくすんなりと中へ入ることができた。




 宮殿の敷地内で見回っている『ガーブル』たちは、当然俺たちの姿を見て……いや、ゼーヴを見て驚愕の声を上げている。


 やはりこの男、連合軍の中でも勇名を馳せていたらしい。




 馬車から降りると、兵士に宮殿内へと案内され進んでいく。


 どうやら向かう先は会議室とのこと。現在そこで、今回の転移や、今後この国の運営に関わる政務に関して話し合っているようだ。




 大きな扉の前に立たされた俺とゼーヴ。少し待っていてほしいと兵に言われ、兵だけが扉の中へと入っていく。


 しかしすぐに勢いよく扉が開かれ、そこから一人の人物が姿を見せた。






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