第124話 日本に現れたエルロンド

「ようやく大台に乗ったが、目標まではまだまだ遠いなぁ」




 俺は家のベッドの上に寝そべりながら〝SHOP〟を開いて眺めていた。


 収入も大きいが、支出もかなりあるので、そう簡単には資金は増えない。




 とはいっても一ヶ月で十億なら大したものだと思うが。


 ただこの一ヶ月で、さらに地球の異世界化が進んでいるのか、あちこちでSランクの存在や、異世界フィールドの顕現が見られている。




 中には世界遺産を根城にしているSランクモンスターもいて、国はどうにかしたいがそれどころでもないし、明らかに普通ではないモンスターを無暗に刺激もしたくないだろう。




 今のところはほとんどの国が泣き寝入り状態だということだ。


 実際、アメリカの空軍部隊が、Sランクモンスターと事を構えたようで、一瞬ののちに敗走に追いやられたという。




 アメリカの軍隊をハエのように追っ払ったことで、各国の偉いさんたちは、特に大型のモンスターには手を出さないように国民に通達を放った。




 アレらは手を出して良い存在ではない――。




 それが世界の常識となったのである。




「これから人間はどうなっていくのか……」




 接触した異世界人の中には、スキル持ちは何人が確認することができた。




 しかしいまだに『ヒュロン』や『エルフィン』との遭遇はない。ソルに探し回ってもらっているが、見つかるのは『ガーブル』ばかりだ。




 俺の考え――異世界との融合が起きているのなら、『ガーブル』だけがこちらに来るというわけじゃないはず。実際にヨーフェルやイオルも来ていることから、やはり時間の問題で、次々と異世界人たちがやってくると推察される。




「ただ怖いのは……」




 俺の脳裏に浮かび上がるのは、ある者たちの存在だ。




 いまだそいつらは確認されていないが、そいつらがこの地に現れたら、必ずといっていいほどの混乱を招く。それは間違いないだろう。




 いや、もしかしたらすでにこの地球上のどこかに現れている可能性だってある。




〝――マスター、聞こえるか?〟




 その時、頭の中にヨーフェルの声が響いた。


 人相手では念話は今までできなかったが、この一ヶ月でまた商品がアップロードされ、その中に《念話用きびだんごALL》というのがあったのだ。




 これは相手が人でも念話が使える優れもので、当然購入しヨーフェルやイオルにすぐさま食わせた。だからどこに彼女たちがいても、こうして話をすることが可能になったのである。




〝どうかしたか?〟


〝現在私がいる場所に、突如として巨大な街が出現した〟


〝確か『猿人』たちを連れて北海道のダンジョン攻略に行ってたな。巨大な街が出現って、どういうことだ?〟


〝そのままの意味だ。そしてセングたちが言うには、この街こそ――【大帝国・エルロンド】らしい〟




「何だってっ!?」




 思わず跳ね起きながら大声を張り上げてしまった。


 少し前、この地球に飛ばされてきたゼーヴという『ガーブル』から、【エルロンド】の話を聞いたのだ。




 そこから異世界事情を詳しく知り、現在帝国は他国連合と戦争中だったのである。


 しかしそれも裏で帝国を牛耳っていた宰相を追い詰め、逃がしはしたものの、連合軍が明らかに優勢というか勝ったも同然という話もあった。




 その帝国の街が北海道に……?




〝イズ、イズ、聞こえるか?〟


〝主様、どうかされましたか?〟


〝落ち着いて聞いてくれ。今、ヨーフェルからの情報で、北海道に【エルロンド】が出現したらしい〟


〝!? そう……ですか〟


〝あまり驚かないな。予想はしてたってことか?〟


〝はい。主様の仰る通り、異世界と地球が融合しているのならば、いずれはそういうことも有り得るだろうと想像はしておりましたので。しかし街そのものが現れたのは初めてでございますね〟




 そうなのだ。今まで異世界人たちは現れたが、彼らが住んでいた村や町ごと、というのはあまりなかった。知っているだけでも例の滋賀県の魚人たちだ。




〝様子を……見に行かれるのですね?〟




 どうやら俺の考えはイズには筒抜けのようだ。




〝ああ。この島にも何が起こるか分からんが、何かあったらすぐに連絡してくれ〟


〝承知致しましたわ。お気をつけて行ってらっしゃいませ〟




 俺は次にヨーフェルに、すぐにそちらに向かうと伝えると、シキとともに《テレポートクリスタル》ですぐさま北海道へ飛んだ。




 そしてすぐにヨーフェルと連絡を取り合流し、そして彼女が目にした光景を俺も見る。


 一瞬言葉にできなかった。それだけの驚きがそこにあったから。




 そこは北海道の後志地方の南部にある【羊蹄山】と呼ばれる山。


 標高1898メートルで、富士山によく似た形から『蝦夷富士』とも呼ばれている。とても美しい日本百名山の一つで、多くの人に親しまれている成層火山だ。




 そんな山が、半ばから真横に綺麗に切断されてしまっており、その上に明らかに違和感しか覚えない巨大な外壁に包まれた街が鎮座していた。




「こ、これは……異常な光景だな……」




 山が切断されているのもそうだが、その上にポツンと置かれたように存在する街が、遠目からでは、合成写真でも見せられている気分になる。




 しかしこれは間違いなく起きた現実だ。あの山の上にあるのは、異世界でも知らぬ者がいないとされる帝国の都――【エルロンド】なのだから。




「私も帝国を見るのは初めてだが、まさかこんな形で見ることになるとは……」




 ヨーフェルも想像だにしていなかった光景だろう。


 それにセングたち『猿人』たちも、あまりの衝撃に言葉を失っている。




 俺は今見ている状況を、イズに報告してやると、彼女もまた最初は信じられない様子で絶句していた。


 これから調べて、詳しいことはあとで報告することを約束して念話を切る。




「ヨーフェル、お前たちは仕事終わりか?」


「え? あ、ああ、ダンジョン攻略は終わっている」


「ならセングたちを無人島に返せ」




 予め彼女には《テレポートクリスタル》を持たせている。




「マスターはどうするのだ?」


「私とシキは、あそこに潜入して情報を集める」


「危険ではないか?」


「そのためのファンタジーアイテムがたっぷりとある。問題はない」


「…………シキ殿、マスターを頼む」


「無論。殿はそれがしが守る」




 そうして俺は、ハクメンの姿でシキとともに、【羊蹄山】へと向かった。














 ――【羊蹄山】。




 旅好きの親父とも秋田には来たことがあったが、残念ながらこの山は遠目にしか見たことがなかった。


 確かに『蝦夷富士』と呼ばれてもおかしくないほど、富士山に似通った造形をしている。




「でもまさか、こんなふうに変わり果てた【羊蹄山】を空から見ることになるとはな……」




 最早山とは言えないような光景になっているが、美しい景観が損なわれてしまったのはひどく残念である。




「……む? 殿、お気をつけを。こちらに敵意を向けている者たちがおります」




 シキの忠告により、俺も気を引き締める。


 まあ突然、上空に本がプカプカと浮いていたら警戒するだろう。


 情報では戦争中だった者たちが街の中にいるはずだから。




「……いや、そうか。今度は街ごと住民たちも飛ばされてきたってわけか」




 俺は双眼鏡を使って【エルロンド】の都を見回す。


 周囲は高い外壁に覆われ、北側には宮殿のような荘厳な建物がある。恐らくはあそこに帝王を冠する者が住んでいるのだろう。




 そして異世界の物語でよく描かれるような中世ヨーロッパ風の街並みが広がっている。


 だがあちらこちらの建物が壊れていたり、宮殿だって例外じゃなく破壊の跡が見られた。




 その状況から、本当に戦争中だったことを知る。


 そんな中、外壁に立っている者たちが、こちらに向けて弓矢を構えていたのだ。その者たちは見た目からして『ガーブル』なので、この姿を見せたら少しは警戒を緩めてくれるかもしれない。




 しかしもう一つ、俺には気になったことがあった。


 それは【羊蹄山】に向かう人影である。




 あれは……確かあの時の!?




 その人物は、竹林でダンジョン攻略をしていた時に遭遇したゼーヴだった。


 俺はすぐさまゼーヴのもとへ《ジェットブック》を動かしていく。


 ただ当然俺の接近に気づいたゼーヴが、大剣を構えて臨戦態勢に入った。








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