第121話 偽の伝説

「どうだ? 獣人――『ガーブル』をイメージしてみたんだが」


「美しい……」


「ヨーフェル?」


「……! あ、ああ! その……何ていうか神秘的な美しさを持つ『ガーブル』になったものだな。まるで伝説にある『九尾』のようだ」


「ああ。前にお前からその話を聞いて、せっかくだからと成ってみたんだよ」




 実は異世界には伝説とされている『ガーブル』も存在していて、その中の一つが『九尾の狐』なのだ。 




 別名を『銀狐』といって、神々しいまでの輝きを放つ銀の体毛を持つ獣人である。絶滅したと言われているが、一説には誰も来ない秘境で、僅か数頭だけがひっそりと暮らしているとも噂されているらしい。




「何故わざわざそのような恰好を?」


「日本に現れた異世界のほとんどは『ガーブル』だしな。同じ種族の方が何かと交渉がしやすい。加えて『銀狐』としてなら、向こうが畏怖や憧憬を持って接してくれるかもと思ってな」




 そうすればこちらがイニシアティブを取りやすい。




「なるほど。確かに『ガーブル』の中には、伝説の『銀狐』に憧れている者もいるようだしな。悪くない選択かもしれん」


「名前はそうだな…………ハクメンとでも名乗るか」




 九尾と言えば白面金毛九尾だ。こっちは銀毛だが、しっくりくるのでこの名前にする。




「ハクメン……か。私はマスターと呼べば良いのか?」


「……エルフは『ガーブル』に仕えることもあるんだろ?」


「ああ、主に種族は関係ないしな」


「ならそれで良いぞ。それにエルフが主にするくらいだから、俺のこの姿にも説得力が増すしな」




 あとはキャラ付けだが、どんな感じでいこうか。


 伝説と言われていることからも、少しは威厳のある感じで他と接した方が良いかもしれない。




 何者にも遜ることのない強者としての存在として振る舞おうか。


 自分の中でハクメンというキャラクターを作っていき、それを形にしたあと、いつものように演じることにする。




「……ではヨーフェル、シキ。これから私のことは異世界仲介人のハクメンとして認識するが良い」


「「はっ!」」




 二人が俺の前で跪きながら返事をする。




「一応この姿のことはイズたちにも伝えておこうか。それが終わったらさっそく他の異世界人との接触を試みる」




 いよいよ新しい商売人としての事業を始める。


 これでさらに稼げるかと思うと、思わず頬が緩んでしまうが、決して油断せずに商売に励むつもりだ。




 何せ相手は異世界人。もしくはそいつらと交渉をしたいと願う権力者たちになるだろう。


 特に権力者たちを相手にする時には一層の注意が必要になる。下手をすればこちらが食われかねないから。




 そんな政府関係者相手でも立ち回れるように、何が起こっても動じないようシミュレーションだけは行っておく。




 そうして覚悟をしてから、イズたちにこの姿を驚かれながらも、ちゃんと伝えたあとに、シキとヨーフェルを連れて日本へと向かったのである。














 ソルのお蔭で、どこに異世界人たちがいるか判明したわけだが、俺はまず比較的人口密度が少なく、まだ騒ぎになっていない異世界人たちと接触することにした。


 向かったのは秋田県の鹿角市。そこの国が特別史跡として扱っている縄文時代後期の大型配石遺跡がある。




 環状列石――いわゆるストーンサークルを主体とした、100基以上もの配石遺構の集合体があって、石の下には墓と見られるものも見つかっているのだ。




 余談ではあるが、ここは観光スポットにもなっていて、土器や耳飾り製作体験ができる施設なども完備されているらしい。


 そんな場所に、例の異世界人たちの姿が確認されたのだ。




「――なるほど、アレか」




 俺はヨーフェルとシキとともに、《ジェットブック》に乗りながら、上空から眼下に広がる遺跡を眺めていた。


 普段は観光客でいっぱいなのか知らないが、周りには人間の姿は確認できない。




 いるのは、身を寄せ合って周囲を警戒している異世界人たちだ。


 俺はそんな彼らのもとへ近づいていく。




 当然自分たちに近づいてくる気配に気づいた者たちは、一様にして慌ただしくなる。


 何せ巨大な本がここへ落下してくるのだから。




 しかもその上には、自分たちと同じ人という存在が乗っているのだから驚くのも無理はない。


 すると異世界人たちの中から、一番屈強な男が誰よりも前に出て、その手に持っている槍を構える。


 俺は地上に降りると、一定の距離を保ったまま対話を行うことにした。




 ただし先にヨーフェルに口を開かせたが。




「驚かせてすまない。だがあなたたちも突然見知らぬ場所に飛ばされて困惑していることだろう。我々はその説明と商談に来たのだ」


「? ……ここがどこか知っているのか?」


「ああ、知っている。私の名はヨーフェル・サンブラウン。見ての通り【フェミルの森】に住んでいたエルフだ」


「確かにそのようだが……いや、自己紹介を受けたのなら返すのが礼儀か。俺は……俺たちは『猿のガーブル』だ。俺の名前はセングという。村長を務めてる」




 見た目はまだ三十代後半ほどの若さなのに村長とは大したものだ。


 それにしても猿かぁ。確かにどことなく猿っぽい感じはするが、獣人といえど人としての見た目が濃いので分かりにくい。




「一体ここはどこなんだ? 何か知っているなら教えてくれないか?」




 相手が人間じゃないということもあってか、『ガーブル』たちの警戒心も左程強くはない。


 やはりこの姿でいて良かった。まだ俺は自己紹介も喋ってもいないし、さっきから全員にチラチラ見られてるけど。しかも女性は少し熱っぽい視線を向けている。




 銀髪イケメンだし、やはり獣人だろうが人間だろうがイケメンは得だということだろう。


 ヨーフェルがセングの問いに答えてやると、当然とばかりに戸惑いを見せる。




「ここが……異世界? まさか我々全員が〝光隠し〟にあったというわけか……!?」




 やはりそういう回答に辿り着くのか。




「正直なところは何とも言えない。しかし私も、少し前だが我が主とともにこの世に飛ばされてきた」


「我が主? まさかそっちの後ろの銀髪が? ずいぶんと若そうだが……」




 ようやく自己紹介のタイミングができたようで、俺は出来る限りエルフのマスターとしての威厳を見せつけるように発言する。




「確かに私はまだ若い。少なくとも見た目ではそう見えるだろう。しかし我が眷属に恥じない程度の実力はあると自負しているのだがな」




 現在、俺が着用している紅のローブは、《覇王の外套》といって、着るだけで覇王としての気質を醸し出すことができるというハッタリ用のアイテムなのだ。




 そのため俺の姿を真正面から見ている者には、まるで豪傑な覇王そのもののような風格を感じてしまうのである。




「っ……この覇気……一体何者で……いや、銀の髪に九つの尾だと? ま、まさか……だがそんなわけが……!?」




 するとヨーフェルが彼らに俺が模っている存在を、全員に植え付けるように言葉にする。




「この方こそ、かの伝説の『ガーブル』――『九尾の銀狐ぎんこ』様だ」


「名をハクメンという。好きに呼ぶとよい」


「!? バカな!? 『四色獣ししょくじゅう』ってのは全員おっちんじまったって聞いたぞ! 実際にこの数百年間、一度もその姿は発見されてない!」




 けどそれはいないという証明にもならないよな?




「当然だ。私の存在は権力者たちにとっては劇薬、あるいは猛毒そのもの。故に無用な争いを避けるためにも身を潜めていたのだからな」


「…………ほ、本当にあの『銀狐ぎんこ』様……なんですか?」




 いきなり遜ってきた。どうやら伝説に憧れる『ガーブル』がいるというのは本当のようだ。










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