第122話 ハクメンとして

「私がいくら言葉を尽くすよりも、その目で見て判断するとよい」


「い、いや! この神々しいまでのフォルムに、傅きたくなるような覇気! あなた様は間違いなく『銀狐』様に違いない!」




 セングが跪くと、他の者たちも同時に頭を垂れ始める。




 えぇ……思った以上の反応なんだけども……。




〝殿、それだけ彼らにとって伝説は偉大だということですな。しかしこれは好都合、この状態ならば殿の言は、彼らにとって神託にも近い言葉となりましょうぞ〟




 シキからの言葉により、若干その心酔さに引き気味ではあるが、確かに無駄な言い合いも起こりそうにないのでホッとする。




「別に頭を下げる必要はない。私もまたただの『ガーブル』でしかない。それに先程もヨーフェルが申したであろう。ここには商談に参ったと」


「そ、そういえば……! しかし商談とは一体どういうことでございましょうか?」


「ふむ。ヨーフェル……」


「はっ。ここは私が説明させて頂く」




 こんな感じで王らしき振る舞いを演じてはみているが、本当にこれで良いのだろうか?




 仮に本物の『銀狐』がいたとして、まったく違った感じだったらどうしよう。その時はまあ謝るくらいしかできないが。


 しかしセングの言ったように、数百年間、伝説の『ガーブル』たちは姿を見せていないのは事実らしい。




 絶滅した可能性も高いし、俺が言ったように逃げ隠れしているのも考えられる。どちらにせよ、俗世に出てきていない以上は、これからも出て来ない可能性は非常に高い。


 なら存分にその存在を利用させてもらうだけだ。




「――なるほど。確かにここが異世界というのであれば、周りが敵だらけという危険性もあり、衣食住の確保は絶対不可欠。それを提供して頂けるということですね?」


「うむ。しかし無論、こちらも慈善事業というわけにはいかん。あくまでも商売なのだからな」




 ヨーフェルの言葉に、少し不満そうな表情を浮かべた若者が発言する。




「で、ですがこのような事態になったのです! 皆で手と手を取り合って支え合えば良いのではないでしょうか?」


「こら、よせ!」




 若者に注意を促すセングだが、




「だって長! 『ガーブル』にとって絆は絶対! それが俺たちの誇るべきもんだろう!」


「それは……むぅ」




 絆を持ち出されては反論できないのか、セングは押し黙ってしまう。


 そこへ俺が口を出す。




「青いな、若造」


「!? あ、青いってどういうことだ……ですか!」




 そりゃ怒るよなぁ。俺だってまだまだ青いガキだしさ。




「若い時は貴殿のように勢いで突っ走るのもよかろう。しかしそれではいずれ破綻してしまう。確かに『ガーブル』にとって同種の絆は重んじるべきものであろうな」


「だ、だったら!」


「だがよく考えてみろ。ここで私が無償で貴殿らに衣食住を提供する。……それの何が支え合いなのだ?」


「え……?」


「支え合うという意味を本当に理解しておるのか?」


「えっと……」


「それは互いが助力し合い、平等な関係を構築することを言うのだぞ。貴殿の言う支え合いは、私だけが一方的にデメリットを負っているではないか」


「そ、それは……けど……」


「それに私は別に絆を軽んじているつもりはない。何故ならこうして貴殿らのもとに参ったではないか。それもまた、『ガーブル』としての絆故にだ。もし蔑ろにしているのならば、私は『ヒュロン』のもとへ向かっていてもおかしくはあるまい」




 まあ、そのうち『ヒュロン』が現れたら、奴らに対しても商売はするけどな。しかし今は、『ガーブル』たちを味方に引き込んでおいた方が良いと思ったから行動しているだけだ。




「べ、別に俺たちはあなたの手を借りなくても、その気になったら自分たちで狩りをして生活することだってできる!」




 そうだそうだと言わんばかりに血気盛んそうな若者たちが頷きを見せる。




「確かにそれも可能であろう。しかしこの大地はすでに誰かの領地でもある。森も山も、海も川も、誰かに所有権が存在するのだ」


「そ、そんなバカな……!?」


「そんな中で勝手なことをすれば、当然所有者と衝突することになる。貴殿は無暗に争いたいのか? どことも知れぬ場所で、どことも知れぬ輩と」


「っ……!」




 驚くだろうなぁ。異世界じゃ、そういう権利というのは限られた者しか持っていないだろうし、規模もそれほど大きいわけじゃない。




 しかし日本……いや、地球では、どの土地もそのほとんどが必ずといっていいほど誰かの所有物だ。それが個人なのか、国なのかの差は無論あるが。




「……だ、だったらなおさら俺たちを助けてくれたっていいじゃないか……。何で見返りが必要なんだよ……」




 どうやらこの若者はギブアンドテイクという精神を知らないらしい。




「レッジ、もういいだろう」


「長……」


「この方は、少なくとも一方的に見放すような方ではない。ちゃんと我らが生き残れる術を与えてくれているんだ。それに毎度お前には教えているはずだ。働かざる者食うべからずと。たとえ同じ種族でも、怠け者に与えられる糧などはないんだ」




 おお、さすがは村の長を務めているだけはある。しっかりした常識があって何よりだ。


 注意された若者だけでなく、俺に不信感を持っていた様子の者たちも、セングの言葉が胸に刺さったのか誰も何も言わなくなった。




「ただハクメン様、現在我らに対価として払えるものというのは何でございましょうか? 住んでいた村から離れ、蓄えなどもこの場にはありませぬので」


「そうだな……『ガーブル』という種の多くは基本的には狩猟を主にした生活基盤を整えているはずだ」




 無論イズからの知識ではあるが。……間違ってないよな?




「はい、その通りでございます」




 良かったぁ。もしズレがあったらどうしようって思った。




 彼ら『ガーブル』は狩猟で狩って得た物、肉や皮、骨などを、農耕を主に生活基盤として過ごす『ヒュロン』と交易をして生活しているのだ。




 帝国のやり方や、それに助長する『ヒュロン』が多いせいで、『ガーブル』の中で『ヒュロン』に対する嫌悪感は強いものの、当然話の通じ合う『ヒュロン』もいるし、商売として繋がりを持っている者たちもいる。




 故に『ヒュロン』すべてを嫌っているというわけじゃなく、帝国側の考えを持つ『ヒュロン』かどうか警戒しているといった方が正しいかもしれない。




 いわゆる帝国主義の『ヒュロン』とは敵対しているが、それ以外では持ちつ持たれつの関係を築いているパターンも多いのである。


 とはいっても、初対面ではやはり『ヒュロン』なら警戒されるのは仕方ないことだが。




「先もヨーフェルが説明したと思うが、現状この地球という世界は未曽有の危機が訪れ、我々が住んでいた世界のような環境へと変化しつつある」


「建物や敷地などのダンジョン化に、フィールドや我々などの転移……ですね?」




 物分かりも良いようなので助かる。




「そうだ。そのため貴殿らのような狩猟に特化した者たちの需要は高い」


「……! つまり対価として、狩猟で得たものを望まれると?」




 そう、俺が彼らに望むのは労働力だ。主にはダンジョン探索。そこで手に入るモンスターの素材や《コアの欠片》を集めてもらえれば、その見合う対価を支払ってやることが可能だと伝える。




「……少し、一族と話をする機会がほしいのですが」




 俺は「構わない」と言い、しばらく待つことにした。




「さて、どんな答えを出すのか」


「ヨーフェルは私のやり方に不満はないのか?」


「む? 何故マスターのやり方にケチをつけないといけないのだ?」


「てっきりお前なら困っている者たちを助けるのが当然と口にすると思っていたのだがな」


「確かにそれは美しい行為ではあるが、我々エルフだって昔からこういう交渉事はしてきたのだぞ」




 何かを得るためには何かを支払う。そうしてエルフも自分たちの土地を守り、慈しみ、育ててきたのである。




 情報や技術などを知るために、それに見合う対価を支払い、時には工芸品や採取した素材などを交易に出し糧を得てきた。


 それはどんな世界も種族も同じく行ってきたことであり、俺のやり方も何らおかしなことはないとヨーフェルは言う。




「それにマスターは商売をして富を得る必要があるのだろう? なら私はマスターが満足いくように支持するだけだ」




 ああ、本当に俺は良い従者を持った。これで心置きなく商売人として利益だけを追求することができる。








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